ショートカット・ホール
金髪の少女ロナ、赤毛の青年ピック、藍色の髪の青年ゼライド、白髪の交じった黒髪の壮年クエン、薄い紫色の髪の少女ヤマメ――以上五名は共に旅を進めていた。
当面の目的地は、世界の中心に浮かぶ超巨大岩石ココア・サン・クッキーである。
とくにロナは、そのココア・クッキー内にあるとされる「ハンガームーン」を求めている。
「んーと。俺たちがこれから進むルートを確認するけど――」
ガラス状の道を歩きながら、朗らかな笑顔のゼライドがほかの四人を見回す。
「今いる青の空域を出て、赤の空域に入ってから……ココアに続く関所に向かうって流れでいいんだよな」
「はい」
ロナが質問に答える。
ルートについては、以前ピックと確認済みである。
「現在は赤の空域を目指しています」
「なるほどね……それじゃ、みんなに提案するよ」
ゼライドが、気合いを入れるように片腕を回す。
「ちょっとショトカしないか?」
♢♢♢
赤の空域に入る際にショートカットするというゼライドの提案を、ほかの四人は受け入れた。
ショートカットのために、トンネルを使う。
現在五人のいる青の空域と、赤の空域とのあいだには――大きなアース・パイが浮く。
青の空域に多く見られるガラス状のパイではない。
岩石を主成分とする大きな山の形状をしており、通常はそこを迂回して両空域を行き来する。
だが山にはトンネルが存在し、ここを通り抜けるのもルートの一つ。
トンネルを使用すれば、二、三日かかる道程を半日程度に短縮できる。
ロナたち一行は、このトンネルを抜けるつもりだ。
ただしトンネルの利用者は、ほとんどいない。
強力なガス・ホイップが大量に出現するからだ。
いったん五人は、トンネル入り口から六キロほど離れた村に宿る。
この村には警察署があった。
そこでロナは、「以前に警察に届けた『無の空域の村で殺されそうになった件』ですが、あれについては相手との和解が成立しましたので、もうだいじょうぶです」と伝えた。
警察は、基本的に全空域で共通の組織である。
空域間で情報のやりとりを定期的におこなう。
今回ロナが伝えた意思も例外なく、ほかの空域の警察に知らされる。
被害者のロナが許しており、またクエンたちが実際に罪なき人を殺したわけでもなかったので、警察もロナの言葉をあっさりみとめた。
これで、クエンたちが指名手配される可能性はなくなった。
♢♢♢
翌日。
ロナやピックたちはココア・サン・クッキーの光が届くと同時に起き、トンネルに向かった。
浮かぶアース・パイの公道を進むごとに、大きな山の形状が見えてくる。
山の表面に植物はまったく生えておらず、どちらかというと巨大な岩だ。
そしてロナたちは、ガラス状のアース・パイから岩肌に跳び移る。
少し坂をのぼったところに、入り口の穴があいていた。
この先が、赤の空域に続くトンネルになっている。
しかし入る前にゼライドが忠告した。
「崩落するかもしれねえから、トンネル内であんまり派手な攻撃すんなよ。ガス・ホイップを無駄に刺激するのも、だめだからな」
ロナとピック、クエンとヤマメがゼライドの言葉にうなずき、トンネルの入り口に足を踏み入れる。
はぐれないよう五人は一列縦隊に並ぶ。
奥に進むに従って、光が薄くなる。
手持ちのサン・クッキーをたたいて、あかりを用意することも可能だが……ロナたちは、左右の壁面に取り付けられたクッキーの表面を押していく。
クッキーに衝撃を与えるたび、光がともる。
トンネル自体は、岩で固められている。
その青の混じった岩石の表面を、サン・クッキーが照らす。
一応……ロナは得物の野球ボール大の石「ポニー」のクッキー部分を刺激し、照明とする。
「みなさん……伝えておきますが、このトンネルにはボス・ガス・ホイップがいます」
先頭を歩く彼女が、振り向かずに話す。
「きのう宿った村で討伐依頼が出されていました。ウツボ型です。わたしも狩りたいところですが、今回の目的はあくまで赤の空域に到達すること。敵の詳しい情報もわかりませんし、遭遇したら全力で逃げましょう」
「それの討伐依頼なら、あたしも見たよー。報酬もすごかったね」
一列縦隊の三番目の位置から、ヤマメが高い声を反響させる。
……本来ならガス・ホイップを引き寄せる可能性があるので、あまり会話をすべきではない。
ただし……最低限の言葉を交わしておかないと、不安になるのだ。
そんな不気味な雰囲気のガスが、トンネル内部に籠もっている。
精神衛生上、ある程度の会話は必要だろう。
なお、呼吸で体に悪影響が出ないよう――。
ゼライドが、新鮮で安全なガスを周囲に供給し続けている。
♢♢♢
……トンネル内で出現するガス・ホイップには、ウミヘビも交じっていた。
「この種類が、俺のヌライアの鋳型なんだよな」
縦隊の四番目に位置するゼライドが、いとおしそうに……。
そのウミヘビ型のガス・ホイップを踏み潰した。
彼の躊躇ない行動に気づいて、すぐ前にいるヤマメが顔をゆがめる。
「こっわ……ゼライドくんって実はサイコなの?」
「生き物には生き物に対する愛し方があるように、ガス・ホイップにはガス・ホイップに対する愛し方があるだけさ」
「むしろガス・ホイップに親を殺されたと言われたほうが、まだ納得できるんだけど」
「え、ヤマメちゃん、よくわかったね。確かに俺、両親をガス・ホイップのせいで亡くしてんだよ」
声にかげりを含ませず、ゼライドが語る。
「ヤツらに空気を奪われて父母は死んだ。だけど二人を殺したのは当の二人が大事にかわいがっていたホイップだったから……俺は彼らへの憎しみを愛情に転換するしかなかったわけだ。愛をもってホイップたちを使い捨てにし、踏みにじるんだ」
「そ、そうだったの。……怖いとかサイコとか言って、ごめんね」
意外にも、あっさり謝るヤマメであった。
さて、彼らの進んでいるトンネルは元々空域間の移動をスムーズにするためのもの……。
その用途に合わせ、できるだけ、まっすぐ掘られている。
しかし肝心の……山をかかえるアース・パイの地盤は一様ではない。
ゆがんだアース・パイが複雑に組み合わさって、できている。
この影響により、トンネルは直線の軌跡をえがけない。
パイのゆがみに応じてトンネルは、上下左右に無秩序に曲がる。
その都度、重力の方向も変化する。
また、主要な通路とは別に……トンネル壁面のところどころに穴があいているのを確認できる。
横道にそれるそれらの穴は人工のものではない。
地形がひずんだり、ガス・ホイップに掘られたりして生じた空間だ。
トンネルの主要通路の壁面には一定間隔でサン・クッキーが配置されているわけだが……それはトンネルの通過者が横道に迷わないための標でもあるのだ。
ロナたちは迷わず――ガス・ホイップにも手こずらず、歩を進める。
(……あれ?)
歩きつつ、ロナが心で首をかしげる。
(強力なホイップがたくさん出てくると聞いたから警戒してたけど、全然平気だ。いや、そのウワサもウソじゃなかったんだろう。だけどピックおじさんにゼライドさん、クエンさんに、ヤマメちゃん……これだけ強いメンバーがそろえば、楽勝になるかあ)
一列縦隊の最後尾のピックが、背後から迫りくる敵をことごとくブーメランで落とし。
後ろから二番目のゼライドが、ボンベから出したガス・ホイップをあたりに向かわせて全体のサポート。
中心のヤマメが、二つの緑の鎖鎌を前後に飛ばして攻撃と防御の役割をにない。
前から二番目のクエンが、単眼鏡で前方の敵をいち早く察知してすかさず狙撃。
先頭のロナが、風車タイタンによる広範囲攻撃と石のポニーによるピンポイント打撃で確実に道をひらく。
(わたしも、ピックさんたちと旅を始めて……腕を上げたんだ。なんか、うれしい)
ある程度進んだあとで、通路の表面の岩石が変化を見せ始める。
変化しているのは、岩の色だ。
入り口付近では青色ばかりが目立っていたが、今は赤色も混ざっている。
「色が徐々に変わってきています。どうやら道のりの半分を終えたようですね」
誰よりも早く、ロナはトンネルの岩の変化に言及した。
「地理的には、もうわたしたちは赤の空域に入ったことになるでしょう」
――が。
ロナが安堵のため息をつこうとした瞬間。
全員が気づいた。
……通路の横にあいた穴から「なにか」がこちらを見ていることに。
あたりのサン・クッキーに照らされ、それが光る。
穴のなかに……球体がある。
大きな白い丸の内側に、やや大きな黒い丸が浮かぶ。
間違いなく――。
それは、巨大な目玉だった。




