敵との旅路
ロナは、クエンとヤマメを旅の仲間に加えることにした。
立ち上がり、後ろを向く。
「ゼライドさん、ヤマメちゃんとクエンさんに得物を返していただけますか」
「それがロナちゃんの決断なら」
ゼライドは、クエンとヤマメから奪ったハンドガンと単眼鏡と鎖鎌をかかえていた。
彼がクエンとヤマメに近づき、それぞれの武器を手渡しする。
預かっていた弾薬までクエンに返す。
「じゃ、お二人さん。これからゴールまで仲よくやろうや。同じハンガームーンだしな」
ついでゼライドが、ロナに視線を投げる。
「……ところで、さっきクエンさんとの話を聞いて初めて知ったんだけど、ロナちゃんとピックくんってココアんなかのハンガームーンを探してたのか?」
「そうですよ」
ロナが短く答える。
対するゼライドは「へえ」と漏らす。
「……あ、そうそう。ロナちゃんにピックくん。クエンさんとヤマメちゃんが仲間になったとはいえ――ここでみんなと別れたらなんかモヤモヤしそうだから……俺も旅のゴールまで付き合っていいよな?」
「大歓迎です!」
明るく声をはずませるロナ……。
続いてピックが背伸びしながら、ゼライドに目配せする。
「そのぶんのお給料も、ちゃんと払いますよ」
「うれしいぜ」
ゼライドが、にっと笑う。
そしてピックとゼライドをじっと見て、ロナが疑問を口にする。
「すみません。お二人は……わたしの隠す秘密について聞きたいことは、ないんですか」
「話せねえことなんだろ、なら俺はロナちゃんの意思を尊重するよ」
「ゼライドさん……優しいです」
「殺されるほどの秘密だったのでしょう? だったらそんな危険な秘密、身の安全を考えれば聞きたくありません」
「ピックおじさん……なんか、かえって信用できます」
話しつつ、ロナは背後のクエンとヤマメに注意を向けていた。
あえて無防備に会話するところを見せて、ロナは二人の反応を確認したのだ。
ここで、どちらかが再び暗殺のそぶりを見せれば、もう完全にロナは二人を敵と認識しただろう。
が、殺意を一切感じさせることなく――クエンとヤマメは、「仲間に入れてくれてありがとう」と言ったのだった。
♢♢♢
こうして――。
いのちをねらう者とねらわれる者とで構成される、奇妙な一行が誕生した。
なお……予定していた、村への訪問は取りやめになった。
クエンとヤマメを取り込んだ以上、不用意に二人を仲間と接触させるべきではない。
一行はココア・サン・クッキーを目指して、青の空域を進む。
「クエンさん、ちょっと話しません?」
透明なアース・パイに靴音を響かせ、ロナがクエンの隣を歩く。
彼は単眼鏡で前方を見ている。
クエンの片目の視線が、斜め上からロナをつらぬく。
「被害者のあなたが加害者の僕と、どうして平気で話そうとするんです」
「平気ではありません」
ロナは無理に表情を柔らかくしている。
「トラウマを克服したいだけです。あなたを普通の人だと思いたいんですね」
「……なにを話題にします」
「そちらが決めてください」
「話を振った側のセリフらしくありませんね」
少し思考したあと、くたびれた声でクエンが質問をぶつける。
「……では気になるのですが、ロナさんは最善の選択をしたと考えていますか」
「個人的に、もっとも納得のいく選択をしたまでです。拘束したクエンさんとヤマメちゃんを、絶対に人の来ないところに移して放置するという手もありましたけど……さすがにそこまですれば、わたしたちのほうが追われる身になりかねません」
「同様の理由で……殺しもしなかったと」
この瞬間、クエンは単眼鏡を目にあてがったまま、片手でハンドガンを持ち上げた。
三発、撃つ。
遠方でガス・ホイップが、はじける。
「三体……」
撃破されたホイップをロナが数える。
「いや、四体。一つ、貫通しましたね」
「ロナさんの身を守っていたホイップに比べて、強度が低かったのでしょう」
「あるいは、わたしを撃ったときよりも威力の高い弾をさっき使ったとか……?」
「……正解です。僕のハンドガンは、込めた弾丸により性能が変わります。さっき貫通したのは、速さを犠牲にして攻撃力を上げた弾です」
「標的にそこまで明かしていいんですか」
「だいじょうぶですよ。僕の言うことの真偽を確かめるすべをロナさんは持ちません。鵜呑みにしてくれるなら、かえって都合がいいというものです」
それからクエンはハンドガンを懐に戻す。
単眼鏡を当てていないほうの目で……薄紫の髪の少女・ヤマメを見た。
ヤマメは、横に浮かぶパイに出現したガス・ホイップめがけて緑の鎌を投げていた。
彼女の使用する鎖鎌「カマキリ」は、刃物の部分を持たない。
しかし同名の昆虫の腕を模したその武器は、パワーとスピードとリーチを共存させ、容易に敵を粉砕していく……。
サンマやサザエのかたちをしたホイップを払ったとき、ヤマメは声をかけられた。
「――クエンさんと行動を共にしていただけのことは、ありますね」
「あんた……ピックくんって言うんだっけ」
微笑を張り付けた赤毛の青年に目をやり、ヤマメは鎌の動きをとめる。
「正直、ロナとゼライドくんに比べて、あんただけ、なんかよくわかんない。口コミで、ピックという腕利きの採鉱師のウワサは聞いていたけどさ……金をためるだけの無目的なヤツって印象をあたしは受けたんだよね。雇われたとかそんな表向きの理由はどうでもいい……本当はなんのためにロナに同行してんの?」
「ロナさんには、すでに伝えています。これは、自分をつなぎとめるものの正体を知るための旅です」
「その答えが、ハンガームーンに――あたしらの組織じゃなくて、ココア・サン・クッキー内部の、星全体を固定するハンガーにあるって期待してんの?」
「はい」
ピックはウエストポーチに指をすべらせつつ、ぽつりと言う。
「どうも、わたしの過去も関わっているように思います」
「なにかなー」
「わたしは一人の採鉱師に育てられました。その前は孤児で、商品でした」
「ふーん……『白の空域』にでも、いたん?」
ヤマメは自分の枝毛をいじる。
「あそこ、今でも治安が最悪だし」
「どこにいたのかは、わかりません。外が見えない場所に、かけられていたので」
「……かけられていた?」
「かの商人たちは、ハンガーに――物質をその場にとどめるクギ型の鉱物ではなく――衣服をかけるほうのハンガーに、人をつるしていたんですよ……ちょうど、こんな格好になります」
言ってピックは、二の腕を左右に伸ばした。
ついで肘から手首までを真下に垂らす。
「このハンガーは人を下げるのに特化しており、二の腕を引っかけるフックを付けていました。そんなハンガーにかけられれば、みんな身動きがとれなくなります。そのうえで商人たちは、『商品』をハンガーラックに引っかけていくのです。わたしのときは、ぎゅうぎゅうづめでしたよ」
「あ、読めちゃった」
自分の過去と重ね合わせつつ、ヤマメが推測を述べる。
「そのあと、ピックくんを育てることになる採鉱師の王子さまが現れて、そのゴミ商人どもをぶち殺したってオチかー」
「外れです。彼は王子さまという年でもありませんでしたし」
ピックは力を抜き、左右にひらいていた腕を元の状態に戻す。
「わたしは採鉱師に買われたにすぎません。ちょうど都合のいい弟子がほしかったとか言ってましたが、まあほとんど憐憫のためでしょうね。わたしも師匠のそういうところに腹が立って……さんざん落札者の彼を『おじさん』と呼んでやりましたよ」
「はあ? ……罵倒するなら、ほかにあるでしょ」
「嫌がらせになると考えたんです。商品時代のわたしが例の商人たちを『おじさん』と呼んだとき、彼らはムチでたたいてきましたから……わたしを買った師匠にも有効と思ってしまったのです」
「でもどんなに『おじさん』と言っても、優しくされちゃったってわけ?」
「……おかげでそれなりの採鉱師になれましたので、生活には困りません。ともあれ、彼に買われる前にわたしは『ハンガー』にかけられ……しかも、『ムーン』とも呼称されていました。今は亡き地球の衛星『月』は……居場所を失った人間に対する隠語として適当です。これまた合わせて『ハンガームーン』ですよ」
「そういった名前の一致も、あんたが実際のハンガームーンを探す理由なんだ?」
「ええ。ヤマメさん、クエンさん、ゼライドさん……同名の組織に属するあなたたちと旅をするというのも、どこか神秘的な符合を感じます。わたしは『実物のハンガームーン』と対面し、『かつて自分を縛り上げたハンガームーン』から解放されたくもあるのです」
ここまで聞いて、ヤマメは黙った。
……ちなみに。
そんなピックとヤマメの会話に耳をそばだてる者もあった。ロナである。
(今、わかった。ピックおじさんが前に言っていた「男の価値は、自分をおじさんと呼ぶ人間を尊重できるかによって決まる」という持論は、育ての親の影響なんだ)
とはいえロナの心情は複雑だった。
ピックが自分の過去のことを、ヤマメにあっさり話したからである。
ロナ自身はピックの過去を、まったく知らなかった。
(いや……ピックさんとわたしは雇用関係だから、最初から仕事に関係ない話なんてほとんどしないか。そもそも、わたし自身が素性を隠してるわけだし……。これでヤマメちゃんにヤキモチ焼くのもお門違いだなあ……)




