二人の処遇
――透明のアース・パイの上でぐるぐる巻きに縛られたクエンが、自分とヤマメを旅の仲間に加えてほしいとロナに言った。
だが……今はヤマメも拘束されているとはいえ、もとから二人はロナを殺そうと動いていた。
よってクエンの申し出は、通常なら一笑に付されるべき行為である。
「……でもヤマメちゃんもクエンさんも、悪いことしたじゃん」
責めるというよりは、なにか考え込むような調子で――ゼライドが言う。
「殺されそうになったロナちゃん……気丈に話してるけど、実際はすごく怖いと思うよ」
ゼライドは目を細め、心配そうな声音と共に言葉を選ぶ。
「はたから見て、『実際に殺されたわけでもないのに、そのくらいで被害者ぶるな』とのたまうヤツもいる。でも体験した本人からすれば、つらいもんだからな。周囲の無理解も含めて……さ。そんなトラウマレベルの二人を仲間にするだなんて、考えられるか? ……なあ、ピックくん」
「わたしはロナさんに雇われている身」
ピックが、淡白に息を漏らす。
ヤマメとクエンの後ろに回り込んで、ただ立っている。
「判断は雇い主に委ねます。クエンさんかヤマメさんが指名手配されていたら、話は別でしたが」
「現行犯では、あるだろ?」
ゼライドは、クエンとヤマメから奪ったハンドガンと単眼鏡と鎖鎌をかかえていた。
その状態で、少し考える。
「うーん。……だけど、確かにこの場で一番大切なのはロナちゃん自身の納得だよな。そもそも俺もピックくんに雇用されてる身……だったらロナちゃんは雇用主の雇用主にあたる。俺は、したっぱの、したっぱってわけだ。ピーピー鳴ける立場じゃねえわ」
「仲間にすること自体は可能です」
ロナは片膝を立てて、しゃがんだ。
「あなたがたが怖い――という思いは否定できませんが、個人的に……嫌いには、なりたくないんです。どこか一生懸命な気持ちだけは、伝わってくるから。……我ながら、おめでたい頭をしていますね」
縛られた二人を見つめ、真剣な面持ちを作る。
「ただ、やはりわたしは天使や聖女のような立派なものではありません。よって聞きます。あなたがたを迎えるわたしたちのメリットと、わたしたちに加わるあなたがたのメリットは、なんですか。前者をヤマメさんが、後者をクエンさんが答えてください」
「そっちの得なんて、わかりきってることじゃん」
高い声を崩さず、ヤマメがロナをにらみつける。
「あたしたちの身柄を警察に渡したところで、無駄なの。警察の上層部にあたしらの仲間がいるから――どのみち釈放よ」
手足を縛られたヤマメが上体をかたむけ、顔だけをロナに近づける。
「あたしらは警察の捜査が村に及ぶのを事前に知ったうえでクエンおじさまを逃がしたんだけど……それも『警察内部に協力者がいたからやれた』と考えれば、納得がいくでしょ?」
「かわいいウソだね、ヤマメちゃん」
自分の片膝に、ほおづえをつき……ロナがほほえむ。
「仮にヤマメちゃんの言うことが本当だとすれば、そんなに必死になってこの場を切り抜ける必要ないもの。どうせ釈放されるんだから」
「そうでもないって」
ヤマメは臆さず言葉を続ける。
「立場上、協力者のお偉いさんも、あたしとクエンおじさまを即座に解放することは難しい。この場合あたしたちは、あんたらに逃げる時間を与えてしまう。それは、なにがなんでも、さけなきゃね」
「だったら、なおさらわたしはヤマメちゃんたちを警察に渡さないと」
「……ただし、そうならない可能性もあんのよ。五分五分ってとこかな……もしかしたらお偉いさんが、立場を無視し、あたしとクエンおじさまをすぐに釈放するかもしれない。こうなれば、あたしたちは充分な人数の仲間を再編成して、再びあんたらを襲う」
「なるほどね」
ロナが微笑をやめ、真顔になる。
「そっちに転べばわたしは死ぬ。絶対に仲間と連絡をとらせないよう、わたしたちはヤマメちゃんとクエンさんを監視しておかなければならないと」
「まあね……それが、あたしらを旅の仲間にする、そっち側のメリットってわけ。お互いに五分五分の賭けは、嫌でしょ? ロナちゃんにしてみれば、いのちに関わることだしさ」
「とりあえず、わかった……。じゃあ次は」
しゃがんだままロナは立てる膝を替え――ヤマメの隣に視線を移す。
「クエンさんの番です」
ぐるぐる巻きの、ほとんど、うつ伏せの彼をロナが見下ろす。
「でも、そちらが旅の仲間になるメリットについては、ヤマメちゃんが説明してくれたようなものですね。クエンさんたちも変な賭けに身を委ねず、こちらのそばに張り付いて、確実にわたしを殺せる機会を探りたいのでしょう」
「訂正しましょうか」
少しだけ目をとじ、クエンが堂々と声を発する。
「道中において、僕はあなたを殺しません。ヤマメにも殺させません」
「……さんざんわたしを殺そうとしていたクエンさんが、どうしてそんなことを言うんです」
「ここで『隙あらば殺す』という態度を出せば、ロナさんは絶対に我々を仲間に加えないと思うからです。……だから、やむなく」
クエンは、ロナの黒い瞳から目を離さなかった。
「とはいえ道中を消化したあとのゴール……ココア内のハンガームーンにたどり着いた場合は、再び『隙あらば殺す』が有効になります」
「やっぱり、そのハンガームーン絡みですか」
ほとんどまばたきせず、ロナもクエンと目を合わせ続ける。
「クエンさんは、そのときが来たら即座にわたしを射殺できるよう、ずっとそばにいたいんですね。ただし当然、そのときはわたしも抵抗しますよ」
「わかっています」
「……そこは互いに了解している状況ですね。でも、まだ不安です」
ここでロナは、沈黙するピックとゼライドのほうを一瞬見た。
そしてすぐに、クエンの顔に視線を戻す。
「仲間になったら、ゴールに着くまでわたしたちの旅の妨害をしないこと。この条件も飲んでください」
「約束します」
クエンはあごを動かし、地面の透明なアース・パイをこすった。
「……しかし口約束ですよ。どうやって我々にその条件を守らせます」
「クエンさんとヤマメちゃん……二人のうちのどちらかが途中で怪しい動きをした場合、苦肉の策ですが……わたしは、あなたがたが流出させたくないであろう例の秘密を、ピックさんとゼライドさんに話します」
「それは都合が悪いですね。第二のあなたが誕生しかねない」
ロナがここまで駆け引きができるとは思っていなかったのだろう――。
だいぶ意外そうな顔をして、クエンが口もとをゆがめる。
「とはいえ、お二人がロナさんの言葉を信じるでしょうか」
「わたしがそういう立場であるのは、あなたも知ってのとおりです。だからこそ、たかが十代の小娘の……息の根をとめようと頑張っていたはずです」
「そうですか。では、もう一つ……仲間になるうえで聞きたいことがあります」
「どうぞ」
「ロナさんは、自身の持つ情報を政府に知らせないのですか」
ぴしゃりとクエンが言い放つ。
「一般人に伝えないのは理解できます。パニックになる可能性があるからです。しかし政府相手ならそんな心配もないでしょう」
「現状できません。詳細は伏せますが……政府には、わたしの敵がいます」
ここでロナは……クエンとヤマメの後ろに立つピックを見上げる。
「ピックおじさん。クエンさんとヤマメちゃんのロープを切ってあげてください。わたしは二人を旅の連れにすると決めました」
「かしこまりました」
なんの文句も言わず、ピックはしゃがんだ。
ブーメランでロープを断ち、クエンとヤマメを解放する。




