再び村へ……?
藍色の髪の青年ゼライドを旅の仲間として雇ったピックとロナ――。
大きなリュックを新たに背負い、ゼライドが二人に同行する。
三人は、クエンの案内した例の村に進路を向ける。
ゼライドによると、来た道を引き返すよりも近いルートがあるらしい。
町を出たあと世界地図を広げて、彼が説明してくれた。
「しばらく青の空域をこっち方向に進むんだ」
地図上に指をすべらせつつ、ルートをたどる。
「……すると関所を通過せずに無の空域に入ることができる。そこから飛び続ければ、村の裏側の地面に直接着地可能だよ。この場合、三日で着けるぜ」
それからゼライドは、ロナの頭からつま先までをじっくり見た。
「ふーん、スカートの下はタイツか……」
「わたしの服装が気になるんですか?」
「そうだよ。タイツってのは、なかなかいいね。ピックくんもだけどさ、しばらく肌は、なるべく出さないようにしようや」
どうもゼライドには、なにか考えがあるようだ。
ロナはうなずく。
「――では、これからは長袖がよさそうですね」
♢♢♢
ピックもロナもゼライドも、ガラスのようなアース・パイを歩き、パイからパイに跳び、出現したガス・ホイップを片付けながら村を目指す。
――この流れは、ゼライドが加わったこと以外、今までどおり。
移動のさなかにロナが問う。
「ところでゼライドさんは、ガス・ホイップを集めたりしないんですか。なんかそういう様子がまったく見られませんけど。……ボンベに詰めたホイップたちを使役してるんですよね?」
「使役というか、『鋳型』をとるんだよ。ここらへんのガス・ホイップはすでにコンプリートしてる。サンマ型とかな。その型でガスを固めてホイップを再現し、毎度、使い捨てるのさ。非生物とはいえ、我ながら残酷だよ」
……その日は途中に宿がなかったので、三人は公道のアース・パイの裏側に移り、野営する。
野営は、道の裏側に移動しておこなうのがマナーである。
ピックはウエストポーチから、圧縮可能な寝袋を引っ張り出す。
ゼライドはリュックから道具を取り出し、簡易テントを設営する。
ロナは、背負っていた風車タイタンの軸の柱を左右にひらく。
すると柱自体がちょっとした小部屋のように大きくなった。
このなかに入ったロナは、内側から出入り口を閉めた。
鍵をかけて一人で眠った。
♢♢♢
――とくに困難もなく。
ピックとロナとゼライドが三人で旅を始めて二日がたった。
その日の昼。
見知った顔が道の奥からこちらに走ってくるのが……見えた。
正確には。
今ピックたちが進んでいるアース・パイの道の途切れ――その奥の空中に浮かぶ別のアース・パイの上から、見知った男がこちらのパイに向かってきている。
確かに視認する前に、ロナは身震いした。
遠目に見ても……やせぎすで長身のその体格が誰のものか、わかった。
先日ロナを殺そうとした壮年男性――。
正体はクエンで、間違いない。
ロナは身震いを押さえつつ、ゆっくり呼吸する。
(まるで通行人が向こうから……やってくるときみたい。目的の人物とこんなかたちで突然会うなんて……! でも、なんで彼がここに。村にいるものだと思ってたけど……)
さりげなくロナは肩肘でゼライドを小突く。
向こうから走ってくる彼が問題の人物クエンである――と伝えたのだ。
汗をにじませたクエンが、三人のいるパイに跳んで着地する。
駆け抜ける。
クエンは一瞥もせず、ロナたちのそばを通り過ぎた。
そのとき、上着の背中のエンブレムが見えた。
ゼライドがクエンに声をかける。
「おおい、おまえさんもハンガームーンだよな!」
このゼライドの声かけが響いたとき、クエンは振り向いた。
すでにクエンは、ハンドガンを構えていた。
振り向きざまに、その銃口が弾をはき出す。
発射の際の音はない。
クエンはハンドガンを持っていないほうの手で単眼鏡を握り、片目にあてがっていた。
さけぶゼライド――。
「危なっ!」
刹那の攻防だった。
……ゼライドは左上半身のスカーフからスプレー缶を出していた。
缶の上部のダイヤルを一回だけ動かし、中身のガスを噴射した。
すると巨大なクリオネ型のガス・ホイップが出現する。
放たれた弾丸はクリオネの体に命中し、ぼよんと跳ね返った。
「おまえさんの情報はすでに聞いてるっての」
威圧的にならない程度に、力強く声を出す。
「今、ロナちゃんをねらったな。俺はゼライドってんだ。話をしようか、クエンさん」
直後、あっさりとクリオネのかたちが破裂する。
すでにクエンは背を向け、逃げ始めていた。
しかし赤いブーメラン・オクトパスに乗ったピックが彼の前に回り込み、退路をふさぐ。
クエンは瞬時に走る方向を転換し、アース・パイの裏側に逃げようとした。
が、この瞬間――。
野球ボール大の石が飛んできて、クエンの足に直撃した。
ゼライドの横に立つロナが、タイタンとヒモで連結する石「ポニー」を投げたのだ。
「クエンさん。どうしてわたしをねらうのか、説明してください!」
なにも答えず、クエンはガラス状のパイの上に転倒した。
♢♢♢
転んだクエンはピックに縛りあげられ、正座になった。
「また捕まってしまいましたね、クエンさん」
ピックが微笑し、彼の頭を優しくなでた。
だんまりを続けるクエンのもとに、ゼライドとロナが近づく。
ひとまずクエンを道の裏に移し、身体検査をおこなう。
弾薬の入った袋が、いくつか出てくる。
……一丁のハンドガン以外、ほかに武器は持っていないようだ。
現在、周辺に人はいない。
ゼライドは地面に腰を下ろし、ロナは中腰になり、ピックは立ったままクエンを見据える。
「このあと警察に突き出すべきだとは思いますが……」
あごに指をすべらせつつ、ピックが声を低くする。
「一番わかりやすい疑問を解決しましょうか。――どうして今、クエンさんが道の先から現れたのか」
「俺が裏で知らせたわけじゃないからな」
ゼライドが首をかたむけてピックを見上げる。
「ハンガームーンの仲間たちにも、ロナちゃんやピックくんのことを漏らしていない」
「わかっていますよ、ゼライドさん。クエンさんがなんらかの方法によって事前にわたしたちの動向を察知していたなら、姿を現す前に遠くからロナさんを狙撃したはずです。おそらく……先ほどすれ違ったときに初めてクエンさんは、はっきりとロナさんの存在に気づいたのです。それで突発的に引き金に指をかけたのでしょう」
「……となれば、考えられる原因は『あれ』ですね」
ロナが自身の後れ毛を片手でいじる。
クエンの単眼鏡とハンドガンをもう片方の手に持った状態で……。
「数日前わたしは警察に、クエンさんに殺されそうになったことを伝えました。その警察が村に調査に来たわけですね。それで村のみなさんは土地の裏面からクエンさんを逃がした。だから、ちょうど村に行こうとしていたわたしたちと……クエンさん当人が折悪しく、いえ折よく鉢合わせした……こんなところじゃないですか?」
反応しないクエンの代わりに、ピックとゼライドが首肯する。
おおむねロナの言うとおりで間違いないだろう――と二人は言っているようだ。
そしてクエンにゼライドがすり寄り、上着の右肩のエンブレムを前に出す。
「なあ、俺たちハンガームーンのエンブレムつけてるから同じ組織の仲間だよな? そんな仲間の俺になら、話せることもあるんじゃないか。個人的に俺は、クエンさんがロナちゃんを殺す理由なんてないと思うんだ。大金つかまされて暗殺依頼されたってんなら、やめるのも手じゃね。そこの赤毛のピックくんが、より高い報酬を支払ってくれるかもよ?」
「……悪いけど、僕は君に対しても、なに一つしゃべらない」
ようやくクエンが、しゃべった……。
やはり、くたびれた声だが――どこか明確な意思が溶け込んでいる言葉でもある。
このクエンのセリフを聞いて、「ゼライドさんは、おこるのでは」とロナは予想した。
しかしゼライドは自身の髪を小気味よくたたき、クエンの首に腕を回した。
「やっと口をひらいてくれたな。いい声、してんじゃん」
「……クエンさん」
ゼライドのスキンシップにも動じないクエンを見つめ、ロナが言う。
「わたしを殺す理由を隠すなら、もう無理に教えてくれなくても、かまいません。これから仮説を述べます。あなたの反応を見て、正解かを判断します」
中腰の姿勢から頭を落とし、ロナがしゃがむ。
「口封じ……ですね」
――彼女の言葉を聞いても、クエンは無反応だった。
「……過剰なまでに動揺を抑える態度こそが、『正解』である証拠ですよ。やっぱり、わたしがねらわれる理由なんて、ほかに考えられませんし」
言葉に出さずにロナは思う。
(来たる巨大隕石の直撃から星を守るために、世界を固定するハンガームーンを発見するのがわたしの目的。その使命を託してくれた父によると……巨大隕石に関する情報が外部に漏れた可能性があるとのことだった。……漏れた情報およびわたしがその情報をかかえていることがクエンさんたちに伝わったとして、たとえばあんな小娘がその情報をうまくあつかいきれるわけがないと彼らが考えたなら、暗殺しようとするのも、うなずける……)
心のなかで確認したあと、クエンに対して言葉を続ける。
「心配しなくても、わたしは誰にも……信用できる人にさえ、わたしのかかえる秘密を漏らしていません。これから先も、よほどのことがない限り、話しません。万一流出すれば、世間がパニックになる内容であるのは、わかっています」
しかし、クエンは沈黙したまま。
さらに次の瞬間……聞き慣れない声がロナたちの耳に入る。
「――だったら、あんたらさあ……」
どこからともなく、ロナのものではない女の高い声がその場に響いたのだ。
「――あんたらの都合でココア内のハンガームーンを探すのも、やめてくんない?」
挑発的で、とても張りのある声を聞き――ロナたちはあたりを見回した。




