仲間として
ピックとゼライドはレクリエーションを終えたあと、体育館のなかに戻った。
現在の体育館は貸し切り状態。
ハンガームーンという組織が……衣服やアース・パイなどを人々に無料配布する会場として利用している。
そのすみっこの壁に、金髪の少女が背を預けていた。
ゼライドが少女に近づき、声をかける。
「よっ、ロナちゃん。今しがたピックくんとガチで勝負してきたよ」
「……ゼライドさん」
金髪の少女ロナが、ゼライドの汗のにおいをかぎながら言葉を返す。
「勝ったのは、どっちです」
「俺」
「……意外ですね、ピックおじさん、負けたんですか」
ロナが目を丸くする。
「なにか賭けていました? 罰ゲームとかは?」
「いいや、そういうのは……ないな。ピックくんとなにをしたかというと――」
ゼライドがロナに、ピックとのレクリエーションの一部始終を説明する。
……話を聞き終わって、ロナが感想を述べる。
「お二人で白熱したんですね。でも思うんですが……最初にゼライドさんがピックさんの陣地に高圧力のガスを噴射すれば楽勝だったのでは」
「どうだろうな。ピックくんの戦術に確証が持てない序盤でそんなことをしたら、思わぬ方法で反撃を食らっていたかもしれない」
ぎこちなく笑い、ゼライドが自身のほおをかく。
「……とにかく、ルール上は勝ったけど、俺としてはピックくんに敗北した気分なんだよ。土壇場で『ヌライア』がクッキーを見つけてくれたから、よかったが……幸運に恵まれてなきゃ、俺の負けだったろうな」
ヌライアとは、ゼライドがボンベから出したウミヘビ型のガス・ホイップの名前らしい。
二人のレクリエーション後、ヌライアは回収されることなく破裂していた……。
ロナと話したあとゼライドは会場内を回る。
ハンガームーンの仲間たちに声をかけたり、パイなどを受け取る老若男女に挨拶したりしていた。
そして赤毛の青年ピックは沈黙し――ロナの近くにたたずむ。
例のエンブレムを付けたハンガームーンの面々を見ている。
♢♢♢
……ココア・サン・クッキーから届く光の量が減り、外が暗くなる。
あたりの家や店からは、通常のサン・クッキーの出す光が漏れる。
この時間帯になって、会場の後始末を終えたゼライドが体育館から出てきた。
ついで体育館のすぐ外に立つ二つの人影を見つける。
「……ん? ピックくんにロナちゃんじゃないか」
赤毛の青年と金髪の少女を目に入れて、ゼライドが気さくに話しかける。
「てっきり、もう帰ったかと思ってたよ。……で、きょう俺たちの活動を見学して得るものは、あったかな」
「少なくともわたしは……」
ロナが、相手の目をしっかり見て返答する。
「今まで、あなたがたの組織の一部しか見ていなかったのだとわかりました」
「それだけでも、案内した意味があったと思う」
質問に答えたロナに、ゼライドは柔らかく笑む。
「ただ――二人が俺を待ってたってことは、ほかにもなんか伝えたいこと、あるんだろ。たぶん昼に料理店で話していたことと関わるんだろうが……。なんにせよ、別の場所に移ろうか」
この提案に従い――。
ピックとロナはゼライドと共に、道のはしにある「あずまや」に入る。
そこはガラスで囲われており、音が漏れる心配はない。
あずまやの天井からはサン・クッキーの光がおりて屋根の下のテーブルとベンチを照らしている。
ぼんやりと暗くなった足もとのガラス状のアース・パイ。
その下の水槽と魚影をちらりと目にやり、ピックが切り出す。
「……ゼライドさん、こうしてわたしたちと話す場を設けていただき、感謝いたします。ところでゼライドさんは『クエンさん』という人物をご存じですか。やせぎすで長身の壮年男性です。わたしたちが会ったとき、彼の上着の背中にはハンガームーンのエンブレムがえがかれていました」
「クエン? ……クエンねえ。いや、聞き覚えはないな」
あずまやのベンチに腰を下ろし、ゼライドは首をかたむける。
「だけどどうして……今、聞いたんだ。もっと早くに言ってくれれば、会場に集まったみんなにも確認できたのに」
「あなたを……とくに信用したくなったからです」
ロナが、ベンチの前のテーブルに片手を置く。
「ゼライドさんの人柄を探る時間は充分にありましたが、ほかのかたについては違います。また、ピックさんとのレクリエーションにより、ゼライドさんの『武器』は判明しました。万一のことがあっても対処しやすいと踏んだんです」
「……ハンガームーンとしての俺に、なんか依頼でもあんの? そのクエンさん絡みで」
「なぜかクエンさんは、わたしを殺そうとしたんです。もちろん被害に遭った件は、すでに警察に知らせてあります。ともかく、そのことについてゼライドさんに心当たりがないかと……」
「……そうか、気の毒にな、ロナちゃん」
クエンが、申し訳なさそうに言う。
「だが、さっきも言ったとおり俺はクエンさんとやらを知らない。それに……ハンガームーンという組織に人殺しの教えはない。とはいえ俺らの仲間がそんなことをするなんて嫌だな。いつ、どこで殺されかけたんだ」
「四日前、無の空域で。青の空域に近いところに隠れた村があって、その奥の沼地で」
「確かなんだな?」
ゼライドは、ロナの隣に座るピックに視線を移す。
……うなずくピックを確かめ、ゼライドは腕を組む。
「その村なら知ってるよ。二、三回、パイや服を届けに行ったから。裏側に、でけえ墓が一個あるとこだろ?」
――ロナとピックが、同時に「そうですよ」と返事をする。
「二人とも、見たのか。村人たちはハンガームーンのメンバーだ。彼らは村からほとんど出ねえけど……普通に笑顔のまぶしい、いい人たちだったな。つっても、俺もみんなの名前を聞いたわけじゃねえから、もしかしたら、そのなかにクエンさんがいたのかもな」
ここでゼライドは腕をほどき、ロナとピックを交互に見る。
「……で、二人とも、俺になにを求めるんだ」
ボサボサの髪を軽くたたく。
(俺も意地が悪いな。二人は……村と、クエンさんという人の調査を頼みたいんだろう。だがこっちから察したみたいに「村に行って事実を確認してくる」と言うのは違う。これでは向こうの意志が薄い。ピックくんとロナちゃんのほうから伝えてくれない限り、俺は協力しない。俺は人の意志をもシェアしたいんだ)
そのように考えるゼライド。
彼に向けられた、ロナとピックの言葉は――。
「わたしたちと一緒に、旅をしませんか」
「旅?」
二人の同時に発した言葉を聞いて、ゼライドが目をぱちくりさせる。
「……今、完全にハモったな。事前に打ち合わせをしていたとしか思えねえぜ。いや、いいんだ、いいんだ。そんぐらいのほうが話しがいがある。――しかし二人とも、俺を村に行かせるつもりじゃ……ないのか」
「もちろん、それも含みます」
ピックは、まばたきをほとんどせずに……落ち着いたトーンの声を出す。
「道中で、ゼライドさんと一緒に村を訪ねたいと思っています。ロナさんが被害に遭ったからには、わたしとロナさんだけでノコノコ再訪するわけにも、いきません。村の人たちと同じ組織に属するゼライドさんが一緒なら、ややこしいことには、なりづらいでしょう」
「旅の仲間として……俺と、村を訪れるんだな。でもピックくんとロナちゃんに同行する理由が俺には、ねえけど。二人のことは好きだが、それとこれとは分けて考えるもんだ。村の調査なら、俺一人でいいわけだし」
「クエンさんは、かなり戦い慣れているようです」
天井に取り付けられたサン・クッキーをちらりと見て、ロナが言う。
「ハンドガンを自在に使いこなしていました。万が一クエンさんと交戦する場合……三人一緒のほうが心強いんです」
「なんで、わざわざ危険かもしれない場所にもう一度……行くんだ」
「現状、クエンさんがわたしを殺そうとした動機が不明です。なにもわからないまま、この状態を放置するほうが危険と判断しました」
「ふーん……どうしよっか。なるだけ力に、なりてえけど」
そんなゼライドの逡巡を取り払ったのは――。
ピックの次のひと言だった。
「――もちろんタダ働きでは、ありません。わたしが報酬を支払いますよ」
「ピックくんが?」
ゼライドが少しだけ身を乗り出す。
「いくらだ」
「……ひとまず一か月、遊んで暮らせるくらいの額を」
そう言ってピックはウエストポーチから、なにやら紙を取り出した。
それに数字を記入し、印鑑を押す。
「あらゆる空域の銀行で使用できる小切手です。どうぞ」
「どれどれ……うわ!」
あずまやのなかで、ゼライドの大声が響く。
「ピックくん、こんなに出してくれんの? ……これなら次の配布会でも充分なものを用意できる」
「今お渡しした小切手は村までの代金です。それ以上、付き合ってくだされば……上乗せします」
「逆に怖くもなるな……」
「少しでもわたしたちに不信感をいだいた場合は、依頼を放棄していただいてかまいません。その場合でも、小切手は差し上げます」
「いやその場合は、さすがに返すって」
ついでゼライドは、小切手をポケットに収める。
「……まあ俺も村は気になるし、別にいっか。これからしばらくはピックくんに雇われよう」
「ハンガームーンのみなさまがたとは、離れるんですか」
テーブルに置いていた手をひっこめ、ロナが問う。
ゼライドは、ふうと吐息を漏らす。
「仕向けた側が、そんなことを言うもんじゃないぜ、ロナちゃん。俺たちハンガームーンは互いに束縛しない関係だし、これから新たな場所でいろんな出会いを経験するのも悪くないさ。……お金に釣られた俺が言っても、かっこは、つかねえけど」
「いえ。わたしも金銭でピックさんを雇う身です。……ちょっと支払い、とどこおってますけど」
「へー。確かにタダの仲間って感じでもないもんな。ともあれ、とりあえず村まで俺はおまえさんたちに付き合う。そのあとは、ノリで」
そしてゼライドは、自身の胸を一回たたいた。
「じゃ、形式的な挨拶も済ませておくかな。俺の名前はゼライド。職業は採鉱師で、本業とは別にハンガームーンって組織の一員。よろしくな、ロナちゃん、ピックくん」




