採鉱師(マイナー)同士
「受けて立つよ。俺、今は休憩中だし」
ピックからレクリエーションのさそいを受けたゼライドが――快く、うなずく。
ついで二人は、体育館の外に出る。
歩きながらゼライドは、ピックの背中のブーメランに視線をやった。
「アース・パイのブーメランが二つか。それも相当、上質なパイを使っている」
藍色の髪に片手を置きつつ、値踏みするようにピックを見る。
「……ピックくんも採鉱師なんだろ? 同業者……あるいは商売敵と手合わせくらいしたいよな。自分のレベルを知るために」
「その口ぶり……やはりゼライドさんの本業も、採鉱師でしたか」
ピックは振り返らずに応じる。
「先ほどの会場で、あなたがたはアース・パイもサン・クッキーも配っていましたね。ただしタダで配布するにしては、クッキーやパイの品質がよすぎたんです。よって相当の採鉱師が協力しているのは、すぐにわかりました。おまけにゼライドさんからは、猛者のにおいが漂っていますし。……あ、もちろん、いいにおいですよ」
「……ありがとな」
「まあ、それはさておき、レクリエーションのルールは――」
「――わかってるぜ。俺たち採鉱師の絶対のルールは『先取こそ正義』……これに尽きる」
ゼライドは顔を緩めて静かに笑った。
♢♢♢
そしてピックとゼライドが、体育館の裏に回り込む。
縦が十メートル、横が二十メートルほどのグラウンドがそこにある。
二人はグラウンドで、あらためて向き合う。
ちなみにロナは、ついてきていない。「お二人で決めたことなら、お二人で勝手にやってください」と言って体育館の会場内に残った。
藍色の髪のゼライドと赤毛のピックが、レクリエーションの詳細なルールを話し合う。
「――このグラウンドは砂場に似ている」
ゼライドが片足で、地面をひっかく。
「全体をピックくんと俺で二分割し、お互いに手持ちのサン・クッキーを陣地内にうめる。で、先に相手のクッキーを見つけたほうが勝ち。ただし道具の使用は自由……というのは、どうだ?」
「いいですよ」
あっさりピックが承諾する。
「ここに……『妨害あり』のルールも加えませんか。なおかつ本人が自陣から出るのは禁止で」
「かまわねえが、手加減してほしいなら言ってくれよ」
「ぜひ遠慮なく手心をお加えください、そんな余裕がございますれば」
ピックとゼライドは、くつくつと笑い合う。
まずゼライドが自陣に手持ちのクッキーを隠す。
そのあいだピックは反対側を向いて、まぶたを閉じる。
両手で耳をふさぎ、直立する。
それが終わったら、今度はピックが自分の陣地内にクッキーをうめる。
準備は整った。
いよいよレクリエーションの始まりである。
「では……開始!」
始まりを告げたのは、ピックでもゼライドでもなく、グラウンドを走っていた名も知らぬ壮年の男性。
二人が審判を頼むと、彼は快く引き受けてくれたのだった……。
♢♢♢
レクリエーション開始直後――。
ピックは相手陣地内にブーメランを飛ばした。
右手に赤いオクトパスを、左手に白いスクイードを構え、同時に投てき。
すると、オクトパスがゼライド陣地の中央にとどまって回転を始めた。
一方、スクイードは大きな弧をえがき、オクトパスのまわりを飛ぶ。
どちらのブーメランも低空飛行を続ける。
空気を切るように砂を巻き上げる。
ピックはブーメランでゼライドのクッキーを探すつもりだ。
サン・クッキーは、衝撃を与えることで発光する。
ブーメランが直撃すれば、砂のなかであっても明るさを頼りにすぐ見つけることができる。
「やっぱ飛び道具使いか……」
やや後退し、ゼライドが小さく跳ねる。
「てか、口コミで聞いてるぜ。赤と白のブーメランをあやつる赤毛の採鉱師がいるってな。どうやら、それは……おまえさんのことらしいな」
慌てずゼライドは二つのブーメランを見やり、左上半身のスカーフからスプレー缶のようなものを取り出した。
缶の上部にはダイヤルが付いている。
そこを右手の親指でカチカチと細かく回し、ゼライドは噴射口を斜め下のオクトパスに向けた。
スプレー缶のなかから、青いガスが発射される。
ガスは瞬時に生き物の姿をかたどり――オクトパスに、のしかかった。
ピックは気づいた。
(……ガス・ホイップの使役者か)
赤いブーメラン・オクトパスにおおいかぶさったのは、青みを帯びたエイ型のガス・ホイップ。
オクトパスよりも、ひとまわり大きい。
青いガスを噴出させるその非生物は一定の重さを持つようだ。
のしかかられたことで、オクトパスの回転が緩慢になる……。
ここで、ゼライド陣地に飛ばしていたスクイードがピックの手もとに戻ってきた。
ひとまずピックは、その白いブーメランを回収――。
――しようとした刹那。
ブーメランの裏側から、長い腕が伸びてきた。
スクイードのスピードが乗っているため、高速である。
ピックは後ろに三メートルほど跳んだ。
ウエストポーチからフリスビーを取り出し、「腕」にぶつける。
果たして、それは腕ではなく……。
ウミヘビ型のガス・ホイップだった。
ホイップにしては珍しく、その身から噴き出すガスは透明であり視認できない。
フリスビーにはじかれたウミヘビはピック陣地に落下し、砂のなかにもぐった。
ゼライドはこのガス・ホイップを使い、けん制とクッキー探しを同時におこなおうとしているらしい。
いつの間にか彼は、両手にスプレー缶を握っている。
なかにはガスが入っているようだから、スプレー缶ではなくガスボンベと言ってもいいかもしれない。
どうやらエイとウミヘビは、それぞれ違うボンベから出たガス・ホイップであるらしい。
ともあれピックは、戻ってきたスクイードを今度こそ手に取る。
再び相手に投げる……と見せかけて、実際は放たずに投てき直前のモーションを派手にくりかえす。
ピック視点では――ガス・ホイップが自陣に侵入してきた以上、悠長に構えていられない。
ウミヘビ型のホイップは今も地中を移動し、クッキーを探していることだろう。
だからといってそのホイップをピック自身が攻撃しようとすれば、みずから自陣の砂を巻き上げることになる。
そうなれば、クッキーの隠し場所はいずれバレてしまうだろう。
しかもウミヘビ型ホイップのガスは透明。
噴き出すガスで地表の砂が盛り上がる……なんて様子もない。
一方、ゼライドはボンベをつかんだまま、動かない。
手加減をしているのではない。
危険を察知したゆえの不動だ。
ゼライドの攻撃方法をピックは理解した。
次にゼライドがスプレー缶からガス・ホイップを出現させた瞬間、ピックはブーメランかフリスビーでそれを押し返し、相手陣地で爆発させるつもりだった。
が、ゼライドが動かないためピックのその策は通じない。
ではピックはオクトパスに乗るエイ型のホイップを攻撃しないのか……。
現状、これもできない。
すでにエイは相応の重量で安定している。
不意打ちの一発でしりぞけることは不可能。
この状況でピックが選択する行動は――。
満を持して、ピックはスクイードを手放す。
放たれた白いブーメランが、回転しながら自陣の砂に沈む。
「しまった、外してしまいましたか」
「本当はねらいどおりなんだろ、ピックくん!」
ゼライドは、砂のなかを突き進んでくるブーメランめがけてボンベからガスを噴射する。
ダイヤルを回さず発射された「それ」はガス・ホイップにならなかった。
ただ、高圧力の気体として砂をへこませた。
次の瞬間、軽い音が連続した。
下からオクトパスが……のしかかっていたエイごと打ち上げられた。
衝撃を発生させたのは、十枚羽根のスクイードと、十個のフリスビー。
それらが砂のなかから飛び出す。
勢いのままスクイードが、オクトパスやガス・ホイップよりも高く上がる。
(白いブーメランの裏側にフリスビーのもとの玉を仕込んでいたか!)
声に出さず、ゼライドが状況を分析する。
(仕込んだのは、いつだ。ピックくんがブーメランを投げるフリを続けていたときか。そのブーメランに俺自身が刺激を与えたせいで、玉をフリスビーに変化させちまったわけだ。で、玉がフリスビーに変わるときの衝撃が、ブーメランを押し上げた!)
そうゼライドが気づいたときには、すでにピックが動いていた。
追加のフリスビーを投じ、上空に浮いたスクイードを撃ち落とす。
スクイードは真下に向かう。
その方向に、オクトパスが浮いていた。
加えてエイ型の非生物が、オクトパスのさらに下でひっくり返ったまま空中を落ちかけている。
回転するスクイードがオクトパスを上から押す。
赤と白のブーメランが一体となって……エイ型のガス・ホイップに直上からの一撃を与える。
威力をもろに受けたガス・ホイップは、地面に激突した。
さらに二つのブーメランも同じ場所に落下し、ホイップに追撃を食らわせる。
体勢の整わないまま地面とブーメランに挟まれたガス・ホイップは――四分五裂したのちに爆発した。
青いガスがあたりに広がる。
なまじ重量を持つガスだったため、激突から破裂までに時間差があった。
ゼライドの陣地全体で、一瞬にして砂が巻き上がる。
……だがゼライドが先に指差す。
「右奥だ。……俺から見て」
ピックが振り返ると、ウミヘビ型ホイップが砂から顔を出し、光を発する石――サン・クッキーをくわえていた。
「そこまで! 先に相手のクッキーを見つけたゼライドさんの勝利です!」
審判を務めていた男性が、大きく宣言する。
わずかに後れて……。
ゼライドの真後ろで、明るいクッキーが砂と共に舞った。
「ホイップ爆発の衝撃は防げなかったか……。にしても僅差だったな、ピックくん」
「お見事でした、ゼライドさん」
「いやピックくんこそ恐ろしいよ。……俺の戦い方を完全に利用してたし。戦慄を覚えるぜ」
そのあと二人は握手した。
こうして……ピックとゼライドのレクリエーションは終了したのだった。




