組織の一員ゼライド
青の空域の町で料理店に入ったロナとピック。
そこで二人は、藍色の髪をした青年に話しかけられた。
どうも彼は「ハンガームーン」と関係があるらしい。
ピックとロナが求めているハンガームーンとは違うハンガームーンのようだが……。
男はピックたちのテーブル席に移動し、ゼライドと名乗った。
先ほどから酒を飲んでいたらしく、大きなジョッキを持っている。
年齢は二十三だそうだ。
藍色の髪はボサボサだが……鬱陶しい感じは、ない。
筋肉質で、両腕には太い血管が浮き出ている。
左上半身をマントのようなスカーフでおおっている。
ピックとロナも彼に名前を伝え、食事のかたわら本題に移る。
ロナが、ピックの横に座っているゼライドにおそるおそる聞く。
「……ゼライドさんは、ハンガームーンという組合の一員なんですよね」
「組合じゃねえ」
軽い調子で、ゼライドは首を横に振る。
「組織だ。……後れ毛の素敵なお嬢ちゃん」
ついでゼライドは、ジョッキから酒をあおる。
――なお、この世界の酒にアルコールは含まれていない。
摂取するとわずかな酩酊感が生じるのみで、依存症を引き起こすこともない。
ジョッキをかたむけたあとゼライドが、はきはきとした口調で言葉を続ける。
「ただし組織っつっても、トップはいないよ。『それ、組織って言えないのでは?』ってツッコミは、なしな!」
彼が声を抑えて笑う。
「俺たちハンガームーンは、ある思いによってつながった仲間みたいなもんだ」
「さぞ素晴らしい思いなのでしょうね」
「皮肉に聞こえるぜ、ロナちゃん。……けど、よそからすれば、うさんくさいのも否定できないか。その思いってのが、『すべてをみんなで分け合おう』だからな」
「独り占めはよくないという話ですか」
ロナが社交辞令のように答える。
「尊い考えですね」
「だろ?」
少々含みのあるロナの口ぶりを、ゼライドは意図的にスルーした。
「これが組織の一員たるあかしさ」
そう言ってジョッキをテーブルに置いたゼライドは、スカーフにおおわれていない右肩をロナとピックに向けた。
上着の肩に、例のコミカルな大口の天体と厳かなロゴのエンブレムが縫いつけてある。
ゼライドは二人へと交互にエンブレムを見せて、誇らしげにうなずく。
「ちょっと、ややこしいよな。星の中心にあるココア・サン・クッキー……その内部に存在するとされる『ハンガームーン』と俺たちの組織は、同じ名前なんだから」
左手で右肩のエンブレムをゆっくり、なでる。
「組織名としてのハンガームーンは『飢えた月』という意味を持つ。そして俺たちの『すべてをみんなで分け合おう』という理念は、ずっと過去に起源を有している。大昔に人類が住んでいた星の名前が『地球』で、その衛星が『月』と呼ばれていたのはピックくんもロナちゃんもご存じだろう。……かつて存在したロストテクノロジーによって宇宙に進出した当時の人々は、月を分け合ったという」
「ああ……」
ピックが思い出したようにつぶやく。
「領有権を巡って各国の代表が対立していたとき、ある国の代表が、皮をむいた真ん丸キウイをテーブルに置いて国の数だけ切り分けたとか。いわゆる『キウイカットの決断』と呼ばれる出来事ですね。……『このように月も分けよ』と彼あるいは彼女は提案したのでしたか」
「そうだ、ピックくん! 勉強家だな。だが反論もあった!」
ゼライドは顔を綻ばせ、ピックのほうに身を乗り出す。
「キウイをカットした人に、『大国と小国に分配される面積が同じなのは不平等だ、うちにもっとよこせ』と某国代表は述べたんだ。それに対する切り返しが……」
「……キウイカットのかたは『むしろ、より小さな国に充分な土地と資源を保障してこそ各国は対等たりえるのではないか』と返したのですよね」
「おお、ピックくん! わかってるじゃないか、痛快だよな! リンゴやメロンでなく、キウイってとこが、また、しびれるんだ」
手をたたいてゼライドは喜んだあと、再びジョッキを豪快にかたむけた。
「なんにせよ、その『キウイカットの決断』にならって俺たちハンガームーンは活動している。分け合うことって大切だよな。もちろん、度を超さない範囲で……だけど」
「本当に素晴らしいお考えです」
ゼライドに、ピックは微笑を送る。
「ついては、ゼライドさんたちの活動を見学させていただいても?」
「お、うれしいねえ!」
ゼライドは、テーブルに置いてあるペーパーナプキンで口をぬぐう。
「このあと、ちょうど俺らで集まるとこだったんだ。ピックくんもロナちゃんも来なよ」
「あの……」
目を細め、ロナがゼライドに警戒心を見せる。
「ご厚意には感謝しますが、ゼライドさんは、どうしてそこまで親身になっているんですか。料理店で隣のテーブル席に座っただけのわたしたちに……」
「ちゃんとしてるね、ロナちゃん。俺の言ったことも鵜呑みにしていないようだし感心だ。……ただ俺は、すべてを分け合いたいだけさ。そして分け合えるのは、かたちあるものに限らない」
ゼライドは自身の顔をなでてみせ、ニヤリと笑う。
「情報だって、みんなで分け合うものだろう?」
♢♢♢
ロナもピックもゼライドに対し、例の村やクエンについての話題をまだ切り出さなかった。
ゼライドとクエンたちが同じハンガームーンという組織に属するならば、ゼライドもまたロナたちをおとしいれる可能性がある。
現在ゼライドの立場がわからない以上、こちら側から不必要に情報を開示すべきではない。
とはいえ向こうの組織の情報が今は少なすぎるので、ここは彼を利用する……。
(九割九分は、「いい人」でいい。残り一パーセントで悪知恵を働かせろ)
ロナは、今は亡き老父の「生きる秘けつ」を心で唱えた。
♢♢♢
料理店をあとにし、ゼライドはピックとロナを目的地まで先導する。
ガラス状のアース・パイを踏んでいく。
地面の下の水槽に泳ぐ魚たちを眺めながら……二人はゼライドに続く。
道中、ロナは……体格のあるゼライドとやせぎすのクエンの背中を脳内で重ね合わせていた。
(似ても似つかない。本当に二人は同じ組織のメンバーなんだろうか)
そうしてゼライドに案内されたのは、町営の体育館だった。
ゼライドと彼の仲間たちが、きょう一日お金を払って借りているらしい。
体育館のなかは、老若男女でにぎわっていた。
ゼライドと同じくハンガームーンのエンブレムを付けた人々が、ここを訪れた人に衣服などを配っている。
平板なアース・パイや丸いサン・クッキー、クギ状のハンガーを配布する者たちも確認できる。
ここに来た老若男女に、タダで譲っているようだ。
ハンガームーンの面々は嫌味のない心からの笑顔で、みなに接している。
活動自体は、ありふれた慈善行為。
ただ……会場のすみっこで見学していたロナは気づいた。
普通なら、もらう側が、あげる側に感謝を伝える。
しかしこの場では、服やパイを譲渡する側の人が、受け取った人に「ありがとう」と言っているのだ。
いや、正確には両者が同時にお礼の言葉を発している。
ゼライドが自分の仕事を終えたあと、ロナのそばに近づいてきた。
「どうかな、ロナちゃん。感想は?」
「少し不可解ですね。なにかを交換したわけでもないのに、相互にお礼を言うなんて」
「彼らと俺らとは、一方的であっては……ならないんだよ。感謝さえ切り分けなきゃな」
ゼライドが、ロナの右隣の壁に寄りかかる。
「パイもクッキーも、みんなでシェアするんだ。偽善と言えば偽善だが、『偽善でいい』なんて言葉に逃げず、一生、よりよい分け方を探していくんだ」
「もう一つ気づいたんですが、配布する服にハンガームーンのエンブレムは付いていませんね」
「……俺は俺たちの思いを誇る。けれど『すべてをみんなで分け合おう』なんて考えも絶対の正義じゃないし、誰にも押しつけちゃだめなんだ。――自分の持つものを『分け合おう』と言うのはいいけれど、相手の所有物を指して『分け合え』と命令するのは、なんか……かっこわりーだろ?」
「それが組織、ハンガームーンの総意でしょうか」
「いんや、俺の勝手な解釈さ」
屈託のない笑みを見せる藍色の髪の青年ゼライド……。
彼を横目で見ながら、ロナは確信した。
(ゼライドさんに裏はない。組織としてのハンガームーンにも、いろいろな人がいるんだ……。トップがいないなら極端な思想の統一もないだろうし、当然と言えば当然なのかな。わたしを殺そうとしたクエンさんは少数派で、ゼライドさんたちのような善良な人のほうが多数派なんだろうな……)
とはいえロナは彼らを全面的に信用したのではない。
信用したいと思ったにすぎない。
ここで――会場を回っていたピックも、すみっこに来た。
ロナの隣にいるゼライドに話しかける。
「ゼライドさん。レクリエーション、しませんか」




