アリアの友人
◇
とは言ったが、まさか。魔獣の姿でくるとはな。しかもこのピアスを通して、私が大声で言葉を返せないからと言いたい放題だ。フリューゲルから外へ出たら、覚えておけよ。このインチキ魔法師め。
「にゃあん」
にゃあんじゃない、いちいち可愛い声を出すな!
首根っこを掴みながら、じいっと睨んでいると「っていうかアリア」と隣にいた男が首を傾げていた。
「お前って、そんな魔獣つれてたっけ? しかもなんだ」
背中を屈めて、彼は言う。
「よわそー」
ついでに、ははっと笑う少年に私は目を輝かせた。いいぞ! もっと言え! 貶せ!
心の中で応援していると、私の手の中にいたそいつは、ざしゅっと少年の頬を引っ掻いた。
「いってえ!?」
「にゃあん」
白々しく鳴いているそいつをさらに上へと持ち上げて、私は眉を吊り上げた。
「馬鹿! 何をしているフェンリル!」
「フェンリル?」
引っ掻かれた頬を押さえながら少年が片眉を上げた。
「まさか、その猫の名前か?」
「……あ、ああ。まあ、そうですね。一応……」
「おいおい、いくらなんでもそれはないだろ」
「? どういうことだ」
「そんな偉大な名前、その躾の悪い猫につけるようなものじゃないってことだよ」
「……は?」
偉大な名前、だと?
「千年に一度の大天才と呼ばれる、この国、随一の魔法師、フェンリル・ダンタリオンと同じ名前だぞ? マジでないだろ」
「……なんだって?」
「それにしたって、すごいよな。あんなに強くて優しくて頭までいいのに、見た目まで超絶麗しいんだから。人気が凄まじいのも当然というか」
「……」
こ、こいつが……?
ぎくしゃくとその猫を見れば、「にゃあん」とまたぶりっこしていた。
『そうなんです、わたしは人気者なんです』
と、ドヤ顔で言っている声まで聞こえて来た。もっと謙遜しろ!
「まあ、美しいといえば、ティア様には勝てないけど」
「……ティア?」
ティアって、まさか。
そう思った瞬間、建物の方から鐘の音が鳴った。
「あ、やべ! 時間がない。アリア、寮には用がないなら早く行くぞ」
「ちょっと待て……と言っていますわ~」
「それにしてもアリア、さっきから、なんでそんな変な口調なんだ?」
やっぱり気味が悪そうに首を傾げるその男の隣に並ぶ。
「だぁから、記憶喪失だと言っていますわ」
「……お前、本当にあのお人よしアリアか?」
「お人よし? やはりフリューゲルでもそうだったのか」
「え? それって、どういう……」
首を傾げる男に「いや、こっちの話です」と話を流した。
「ところで少年。あとで、ヘスティア・アプロディーテの肖像画が飾ってある場所を教えてほしいですわ」
「フリューゲル聖堂? 行って何するんだ?」
「ちょっと、わた……聖女様の肖像画に用があって」
不思議そうにする男に、「さ、教室まで連れて案内してくださいな」と笑顔で切り替えれば、「やっぱり変だ」とおかしな顔で見られた。
◇
「ここが俺たちの使っている、教室だけど……本当に覚えていないのか?」
少年に案内されてアリアが通っていたフリューゲルの教室へ辿り着くと、私の腕の中にいたフェンリルが軽く藻掻いた。
『ヘスティア様、いよいよ本格的に、アリア・マグライアになり切らないと、あとで痛い目を見るかも知れませんよ』
「はっ、誰に向かって言っている」
「え? アリアにだけど……」
あ、と。首を傾げる男を見上げながら、「ああ、えと」と笑顔をにっこりと作った。
「あなた、名前はなんでしたっけ?」
「え、俺?」
今さら? と言いたげな顔が不満そうだ。
「アステル・ストーム……だけど」
「ストーム?」
ストーム家は確か、穏健派の侯爵家か。アリアも、なかなかいい相手を友人にしているのだな。
「アリア?」
「なんでもない。これからよろしく、アステル」
「……違和感しかないけど、記憶に障害があるなら仕方ないか」
「まあ、よろしく」ともう諦めたようにアステルは告げると、教室の扉に手をかけた。
「フリューゲルに戻って来れたのも、それのお陰だろうしな」
「え……」
「お前からしたら、不幸中の幸いというか」
呟くようにして続けるので、「おい、アステル」と続けた。
「どういう意味だ」
眉根を寄せると、アステルは「え?」と当たり前の顔で私を振り返った。
「その状態なら、何を言われても傷つかないだろって話だよ」
「…………」
「それから」
少し考えるようにしてアステルは、再び教室の扉に向き合った。
「教室に入ったら、いつも通り話しかけないからな」
「は……」
両開きの扉を、片方だけ開けて入っていく。いつも通りって、どういうことだ……。
『何か事情でもありそうですね』
「わかっている」
しかし、不幸中の幸いって……。
あまり良い予感はしないな。
アステルの後を追うようにして、足を踏み入れた瞬間、ざわついてた空気が、さあっと引くように静かになった。
歓迎とは言えない雰囲気に、『挨拶でもした方がいいか?』と心の中で告げれば、『アリア・マグライアなら大人しくしているでしょう』とフェンリルが遠回しにやめておけと言っていた。