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とある魔法学校の最強聖女  作者: あしなが
フリューゲル潜入編
4/26

成り代わり大聖女







 ◇


 こうして、ガルズ王国の皇室魔法師であるフェンリルと取引を交わしたのがちょうど五日前の話だ。



「アリア・マグライアが戻って来たって?」

「えっ、アリアってあの時計塔から飛び降りた?」


 私はフリューゲルの門をくぐり、歩を進める。


「まさかあんな高さから飛び降りて、生きてたってこと……?」

「やっぱり聖女候補者は、守護力が違うのかしら」


 ふと顔を上げると、学園のど真ん中には大きく輝く時計塔が見える。魔法石の埋め込まれた時計塔は、由緒正しいとされるフリューゲルを尊重する建造物だ。


 しかし、あれほどの量の魔法石を、一体どのようにして集めたのだろう。私が生まれる以前から、そびえたつ時計塔だ。


「何にせよ、彼女が無事でよかったわ」

「そうね、だって聖女候補第一位だもの」


 それにしても、と耳を澄ませる。こそこそと話す生徒たちに、溜息を吐きかけた、その時。


「死んで逃げるなんて、神が許さないわ」


 ばっと顔を上げる。死んで逃げる? 何故そんな言い方を。


「待って、あそこにいるのって……」

「アリア・マグライア……?」


 いつまで経っても終わることのないこそこそ話に、じろっと周囲を睨もうとすると、「にゃあ」と私の足元に黒猫がすり寄って来た。


 邪魔しやがって、と思いながらその猫を持ち上げれば、「にゃあん」と愛らしく、赤色に光る目を細めた。その右耳に着けた魔具ピアスを見ながら辟易としていたら、


『お顔が怖いですよ、ヘスティア様』


 と、私の耳にもついたピアスから伝わってくる。


 そんな腹が立つ声に舌打ちをしそうになった瞬間、「えっ、アリア!?」と背中側から声が聞こえた。振り向くと、「うわ、マジか! もう登校して大丈夫なのか!?」と赤茶髪の少年が近づいてきた。


「時計塔から飛び降りたって聞いたけど、思ったよりもぴんぴんしてるな?」

「…………」

「やっぱり、あの話はデマだったってことか。ああ、よかった。どいつもこいつもお前のことについて好き放題言うもんだから、腹が立ってさ」

「…………」

「言い返そうかと思ったんだけど、お前がいない現状じゃ、言い返す余地がなくて……って、アリア? 聞いてんのか?」

「……すまない」


 手のひらを上げて、先に謝罪をしておこう。


「お前は誰だ?」


 ストレートに言えば、そいつはかちん、と固まった。一体どうしたんだ、その反応は。


 と思っていると、腕の中にいた猫が軽く私の手を引っ掻いた。同時に『ヘスティア様、素が出ています』という声が聞こえて、はっとしながら、「こほん」と咳ばらいをした。


「申し訳ありませんわ……。それでその、どなたでしょう。わたくし……少々、記憶喪失でして……」


 どうだ! これで〝アリアっぽい〟だろう!?


 うるうるきらきら、上目遣いで言って見せれば、さらに奇妙な顔をしながら、そいつはこう言った。


「え、アリア……マジで言ってるのか? っていうかなんでそんな顔して……気味が悪いぞ……?」

「気味が悪いとはなんだ、アリアは〝こう〟だろう!」


 言い返すとまたも、目を丸くする男。またもや、あ、となりながら、「こう……こう……」と続けた。


「こう、煌々としていて、愛らしいではございませんか……。酷いですわ、気味が悪いだなんて……」


 しくしくと泣くふりをして誤魔化す。無理があるのはわかっていたが、突き通すしかない。私は今〝アリア・マグライア〟としてフリューゲルへ訪れているのだから。


 どうしたものか。あのアリアのふりは、なかなか難しいぞ。




 ――インチキ魔法師の提案は至ってシンプルだった。


「それで、そのユニークな方法とは一体なんだ」

「単刀直入に言えば、あなたがアリア・マグライアに成り代わり、今回の現場となったフリューゲルへ行くのです」

「アリアに成り代わる?」


 頓珍漢なことを言われている。馬鹿馬鹿しい、と私はすぐに首を振った。


「随分とふざけた提案だな。期待して損したぞ」

「ふざけてなどいません。だって、よく考えてもみてください。学園へ行けば、アリア・マグライアについて何かわかるかもしれませんし、真相を突き止めるついでにあなたも自由の身になって、他の聖女候補を探すことだってできるかもしれない」

「……何、自由だと?」

「あなたほどの人が、毎日毎日、ただ神に祈るばかりでは退屈でしょう?」

「ふぇ、フェンリル様! いくらなんでもお言葉すぎるかと……!」


 レビオスが慌てたように口を挟んできたが、私は「お前……」とフェンリルの顔をじいっと覗き込んだ。


「よくわかっているじゃないか」

「そうでしょう? 案外、わたしはあなたにとって良き理解者になれると思いませんか」

「そうは思わないが、なかなか良い意見だな」


 即答しながら、私は一度考えるようにして腕を組んだ。


「ふむ、気に入った。その提案受け入れよう。……しかし、私は変化魔法に関しては、些か苦手だ」

「おや、そうなのですか。大聖女様には使えないものなどないと思いましたが」

「いいか? この世に完璧などは存在しない」

「……と、言いますと?」

「生きとし生けるもの。完ぺきではないから成長し、日々学びを得ることができる。完璧とはつまり主観の中でしか存在しておらず、自己判断により完成するものなのだ。よって、私が変化魔法について多少の苦手意識があったとしても、それは私の向上心による判断に過ぎない」

「苦手な魔法について、そんなに回りくどく、よく自身を正当化した言い訳が述べることができますね。さすが大聖女様と言っておくべきでしょうか」

「貴様、この生意気な口を今すぐ餅みたいに引き伸ばしたっていいんだぞ?」


 ぐにんっと頬を引っ張れば思ったよりも伸びた。インチキ魔法師のにこやかに澄ました綺麗な顔が横に伸びているのは、なかなかに滑稽だった。


 ぷっと笑った瞬間、手を、ぺチンッ!! と思いっきり払われた。こ、こいつ、今、私の手を叩いたな!?


「……もう、ヘスティア様。そんなクソガ……子供のようなことは、おやめください。普通に痛いので」

「今クソガキって言いかけなかったか? 言いかけたよな? 貴様、仮にも私が大聖女ということ忘れていないだろうな?」

「まあ、あなたが変化魔法を苦手でも構いませんよ。それに関してはわたしがどうにかしましょう」


 フェンリルが指を鳴らした瞬間、私の髪がアリアと同じピンク色へと変化した。「ほら、いかがですか」と全身鏡を指差されて、「あっ」と声を上げた。


 私は顔に手のひらを当てた。


「アリアだ」


 アリアと同じ顔になっている。


「見た目に関してはわたしが可能な限りお手伝いをしましょう。問題は中身ではありますが、今回の事故の後遺症で記憶障害だとでも言えば、多少の違和感もなんとでもなるでしょう」

「インチキ魔法師……お前」

「はい」

「天才だな! 1ミリほど見直したぞ! それでいこう」

「1ミリ……」


 ぼそりと呟くフェンリルに、レビオスが「フェンリル様」と心配そうに告げていたが「いい」と首を振った。


「それで、インチキ」

「魔法師でもなくなったのですか、わたしは」

「お前の願いとはなんだ」


 不意打ちをくらったように、フェンリルは一瞬だけ顔を真顔に戻すと、「……わたしを」と続けた。


「あなたと共に、学園へ連れていってください」

「え……」


 そんなことでいいのか? と心配になる私よりも先に、「ええ」と笑顔で告げた。


「それだけで構いません」


 その怪しげな笑みを見た後、ふと横たわるアリアへ視線を移す。すやすやと眠りこけているようにも見える、愛らしい少女。


 絶対にお前がこうなってしまった原因を突き止めてやる。


「……わかった。共に行こう、フリューゲルへ」






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