きみに聞きたいこと
「……あっ……アリアさん!?」
ゆっくりと顔をそちらに向けると、血の気の引いたヒルダがいた。
アリア、と呼ばれているところを見ると、私の姿はきちんとアリアの姿になっているようだった。
異空間が崩れる前に、すぐにピアスを付けておいてよかった。
もしもヘスティアのままここに姿を現してしまっていたら、私はもうフリューゲルに留まることはできないだろうから。
横目に見た大ホールの中はがらんどうになっていて、生徒を皆、無事に避難させた後のようだった。
「その恰好は……一体、中で何が……」
顔面蒼白なヒルダが私の元へ駆け寄ってくる。
「……先生、話は後です。ひとまず、あちらにいるクリスティーナ・ムーアと、ノ……王太子殿下の治療を大至急お願いします」
私に言われて、クリスティーナとノアに目を向けたヒルダがはっと口を押さえた。
特にクリスティーナの姿は酷い有様だ。私も治療してやりたいが、どんなに優れた魔法であっても身体の再生はできない。
それに、疲れがどっと身体に圧し掛かっている感じもする。さすがに二体の悪魔を相手にするのは疲れたな。
「先生方! 至急、治癒魔法を扱える方は集まってください!」
ヒルダの掛け声に離れた場所から、ユーリッヒも「アリアさん!」と駆けつけてくる。
「っ、大丈夫だったんですか……!? 偽魔具に取り込まれたと聞いたんですが……!」
「先生……すみません。もしよければ残りの倒れてる生徒たちを見てもらえますか。あっちの倒れてる令嬢たちに外傷はないと思うので、ハンナ・スコットと……」
横たわったままのアステルに嫌な予感がして、走ってそちらへ向かう。
口元に手をかざす。ひとまず呼吸は確認できたが、何もかもが浅く、今にも息絶えてしまいそうだった。
脈を測るためにとった手からも、体温がどんどんと落ちているのが伝わってきていた。
「ひとまず、そちらの生徒をお願いします! 何かあれば、すぐに呼びますので」
「あ……わ、わかりましたっ」
ユーリッヒが急いで頷きながら、猫目ボブたちの元へ駆け寄った。
最悪だ。確かに、外傷だけでいえばクリスティーナやノアは酷いものだが、もしかしたら一番、重症なのは。
「アステル……おい、聞こえるか?」
身体を揺すっても、目が覚めそうにない。偽魔具がついている位置があまりにも悪かった。よりにもよって心臓に近い位置に……しかもナベリウスが憑いていた偽魔具だ。
色がなくなっていく肌。唇さえ青ざめていく。
ナベリウスに魔力を吸われ過ぎたのだ。
命とは違い、生成されるものとはいえ大量に失えば、命を削る。
これは……もしかしたら、誰よりも酷いことにならかもしれない。
瞬間、アリアの姿が明滅して、背中がひやりとした。
「……お前には、まだ聞かなきゃいけないことがあるんだ」
ブローチのことや、アリアのこと。
……お前が私の姿を見るとき、度々申し訳ない顔をしていたことに、私が気づいていないと思ったのか。
「お前まで、目を覚まさなくなったら許さないからな」
胸元を開いて、肌へ直に触れる。
「アステル」
一か八か、やってみるしかない。
「お前、他人の魔力を入れられたことはあるか」
返事は当たり前だがない。
こんなに疲れているのに、最後の最後にこんな大仕事をさせるとは。
一生、私に忠誠を誓ってくれないと割に合わないからな。
「……耐えろよ」
す、っと息を吸うと、髪が逆立つようにして、ふわりと靡いた。
そうして、吸い上げた息を吐き出すようにアステルの身体に魔力を注ぎ込む。
すると、真っ青だった顔が段々と血色を取り戻し、弱々しかった呼吸が段々と息苦しそうに深くなった。
眉根が寄る。汗が滲み、「っ、ぅ、く……っ」と喉の奥から苦しそうな呻き声を上げていていく。
「う、ぐ……ぁっ!」
魔力には相性がある。私の力が馴染まない限り、アステルが目を覚ますことは殆どゼロに近い。
アリアのように原因不明で眠り続けるわけではなく、明確な死が、この者を一生、暗闇に閉じ込めるだろう。
「う、あ゛あぁっ!」
指をぴく、と動かし床を掻くようにして動いたあと、私の手首を掴み、呻き声を上げていく。
「耐えろ……耐えるんだ、アステル」
神聖力とはこういう時に厄介だと思う。
魔力に似ているが、繊細で鋭く、相性の良くない者が触れてしまえば、身を裂くような痛みが伴う。
私の魔力には、神聖力が必然的に混ざっている。
だから、耐えてもらうしかない。苦しくとも。
頼む。
アリアはまだ起きていないんだ。
「頼むから、死なないでくれ」
あの子の友人を、死なせるわけにはいかないんだ。




