不穏なブレスレット
◇
は~~! すっきりすっきり!
してやったりだ。アリアにもあの姿を見せてやりたいくらいだな。
酒でも飲みたい気分になりながら歩いていると、見慣れた赤茶髪の頭が見えた。
……悩んでも仕方ないな。歩を進めて、その背中の後ろで立ち止まる。
「アステル」
名前を呼ぶと、びくっと肩を揺らしてその姿が振り返った。
「え、アリア……?」
「こんなところにいたんだ……ですね。探しましたよ」
にこっと出来るだけ自然と微笑むと、アステルは「あ……ああ」と気まずそうに頷いた。
「そっちは……やけに派手なことしてたな。まさか魔力演舞に参加してるとは思わなかったっていうか……魔獣もいないのに、あんな魔法が使えるだなんて……知らなかったよ。どうして今まで黙ってたんだ?」
「ああ、まあ……」
誤魔化すように頬を掻きながら、アステルの周りを見た。
「そういえば、お前、パートナーはいないのか?」
「ああ、俺は一人で来てるから……」
視線が合わない。やっぱり、早めに言うべきか。『この前は疑ってごめんなさい』と。
「あ、アステル……実は、お前に言いたいことがあって……」
と。そこまで言いかけたその時、胸元にアステルの目の色にも近い、翠色のブローチがついているのに気付いた。翠色の石に向けて、真珠があしらわれているそれは一見美しく輝いて見える。
でも、なんだ。この……。
「そのブローチ」
「ブローチ?」
「それ、どうしたんだ」
「ああ、これは……」
胸元についているブローチを見下ろしながら、アステルは「貰ったんだ」と続けた。
「貰った? 誰に?」
「誰って……それは……」
アステルはそこまで言いかけると、突然「いっ……!」と頭を押さえた。
「アステル!? どうした……」と声をかけるけれど、アステルは頭を押さえたまま「い、いや、なんか急に……」と青ざめながら答える。
すると同時に、「私に触らないでって言ってるでしょう!?」と怒鳴り声が聞こえた。
「きゅ、急にどうしたのよ、クリスティーナ? そんなにカッとするなんて、あなたらしくないわ……」
「うるさいうるさいうるさい!」
あれは……猫目ボブ?
着飾った猫目ボブのすぐ目の前で、いつも前髪を花の髪飾りで押さえているオレンジ髪の令嬢が耳を押さえながら大きな声で叫んでいる。
「あなたは何も知らないからいいでしょうけど、お母様もお父様も口を開けば……お金や結婚のことばかりなのよ。私のことなんてどうだっていいの……」
ぶつぶつと呟きながら、「あー! あー!」と時折叫びながら、床を踏みつけている。
「どうして……どうして、おばあさまは私を置いていってしまったの!? 酷い、酷い酷い酷い、私がいらない子だから、おばあさまは私を見捨てたんだわ!」
「クリスティーナ! 落ち着いてったら!」
「私に触らないでって、言ってるでしょう!?」
「きゃあっ!?」
どんっと思いっきり身体を押された猫目ボブが床に横たわる。一気にざわめきが増して、彼女たちから周囲が距離をとり、一気に空間ができる。
「何してんだ、あいつら……」
アステルが言う。クリスティーナと呼ばれているオレンジ髪の令嬢……確か、アリアがおばあさまのブレスレットを盗んだとか言って、以前、難癖をつけてきた……。
「アステル、あのクリスティーナという女はなんだ」
「え? ああ、あいつはムーア伯爵のご令嬢だよ」
「いつもあんな風に癇癪を起すのか?」
「いや……いつもはハンナの後ろを引っ付いて歩いてる腰巾着みたいなやつで……もう少し気弱なイメージがあるけど……あんな風に叫んでるのは初めて見たな……」
アステルが答えている間にも、「うんざりなのよ! お母様もお父様も、あなたも、みんなみんな!」とクリスティーナは何かを訴えていた。
「誰も私のことなんて必要としてない……ただ、自慢を聞いて、不満を聞いて、思い通りになる駒が欲しいだけ……ストレスの捌け口にして都合よく利用したいだけ……相手は誰だっていいのよ、ただ私が、何も言わないから、扱いやすいから! ちょうどよかったんでしょう!?」
「く、クリスティーナ……」
「は……何よその顔……。びっくりしてるの? いつも素直に従ってたものね。ふふ、ふふふ……思い通りにならなくて、がっかりしてる? 残念に思ってる?」
ゆらりと猫目ボブの前に立つ彼女。パーマのかかった髪。その垂れ下がる髪の毛にいつもの花の髪飾りがついている。そんな彼女の腕にはきらりと黒ずんだブレスレットが嵌められていた。元は金色っぽいのに、何かが変だ。
……なんだ、あの色は。
なんだか、瘴気の色に似ているような……いや、まさか。
「喧嘩? にしては様子がおか……あっ、おい。アリア!」
急いで二人の元に向かう。しかし、ただ事じゃなさそうな二人の周りには段々野次馬が増えていて、なかなか前に進めそうにない。くそ、邪魔だ!
「おい、お前たち退けろ! 早くしないと……」
あのブレスレットは危険だ。下手したら……
「可哀想なハンナ。あなたに従ってたのは、あなたの家に恐れてただけで……別に」
「く、クリスティーナ……」
「あなた自身に対してではないわ」
ブレスレットから微かに漏れ出る黒い靄が、クリスティーナの身体を渦巻いていく。
あれは瘴気だ……誰も気づいてないのか?
皆、彼女たちのやり取りに注目しているだけで、ブレスレットや靄を見ている様子がない。
あのブレスレットを壊さないと、大変なことになる。
「だから、心の中で、ずぅっと思ってたの。あなたが、私みたいに、誰からも期待されず、駒のように扱われてしまえばいいのにって……そうしたら、きっとあなたも、私みたいに消えたくなるはずよ……」
ぶつぶつと続ける彼女に、友人たちだろう。猫目ボブに手を貸しながら、声をかけている令嬢たちがいた。
「クリスティーナ、落ち着いて……一体どうしちゃったの?」
「体調が優れないのでしたら、早めに休んだ方が……」
彼女の周りを囲もうとした。その瞬間、ブレスレットから漏れ出ていた瘴気が一気に勢いを増して、飛び出した。まずい……!
「え……?」
「何、この影……」
彼女たちが顔を上げた瞬間、黒い靄が一気に頭上に覆いかぶさろうとしていた。
「っおい! 逃げろ! そこから離れるんだ!」
叫ぶように言うと、何人かの生徒たちが私を見る。
くそ、ここからあのブレスレットに向けて魔法を放てば、きっと他の生徒たちも巻き込んでしまうだろう。
「何? アリア・マグライア?」
「また何か騒ぎを起こしてるの?」
騒めく周囲。彼女たちから、ノアが気づいたようにこちらを見た。
私がよりも彼女たちの近い場所にいるノアに、「ノア!」と叫べば、その眉がぴくっと動いた。
「頼む! その女のブレスレットをとってくれ!」
何を言っているんだ、とばかりに眉根を寄せるノアに注視していれば、嫌がらせとばかりに誰かが私に足を掛けようとした。
あ、と転びそうになると、「アリア!」と後ろから腕を取られる。
「どうしたんだよ、急に走り出して! 危ないだろ!」
「アステル!」
「アリアさん!? 一体どうされたんですか!?」
ヒルダが私に向かって声をかけてきたので、「ヒルダ先生」とその顔を見た。
「今すぐに生徒たちをここから退避させてください! アステル、お前、風の魔法が得意だったよな!? 跳ぶから、一気に向こう側に向けて風で私の背中を押してくれ!」
「えっ……? は?」
足の裏に空気のクッションを作って、飛び上がった私に「あっ、ちょっ……!?」とアステルが困惑したように顔を上げていた。生徒たちの頭の高さまで飛び上がった私を、「アリアさん!?」と驚く顔でヒルダが見上げている。
「マジで勝手なことばっか……! 〝破魔風〟!」
アステルが急いで呪文を唱えると、私の背中を突風が押した。突風に「きゃあっ!」と悲鳴が上がる。背中が反れるようにして、猫目ボブのところまで飛ぶと、近くにいたノアが「なっ!?」と驚きつつも、私の身体を上手く抱き留めた。
「思ったよりも勢いがすごかったな……」
身体を離しながら、ノアを見上げると、その顔は困惑しているようで。
「ありがとう、ノア! ナイスキャッチ!」
「……」
笑顔で言えば、かちん、と頭にきたのか、ぺしっと手を叩くようにして離された。




