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03






「アリアはどこだ……っ!」

「ヘスティア様! こちらです」


 王城の医療機関に辿り着く。ベッドの上に横たわるアリアの姿を見て、私は血の気の引く思いで、すぐさま駆け寄った。


「アリア!」


 周囲にいた医療魔法師を払いのけ、私は彼女の鼓動を確認した。かなり弱いが、きちんと動いている。


「おい、アリア。起きろ!」


 ありったけの魔力を手のひらに集めて治療魔法をその身体にかけると、その身体が仰け反るようにして藻掻いた後、青白い顔が段々と血色を取り戻していった。


 周囲の人間が信じられないと言う顔でこちらを見ている。「すごい、あれが……」「ヘスティア様のお力だ……まさか、生きている内に見ることができるとは」と感動しているようだったが、目には映らなかった。


「お前にはまだやってもらうことがあるんだ、目を覚ませアリア!」


 お前がいなくなったら、今後、誰に聖女の仕事を押し付ければいいのだ。


「私のことを自由にできるのはお前しかいないのに……!」


 翳した手のひらとアリアの身体との間に、バチバチと火花が散る。


「ヘスティア様」

「レビオス……!」


 後ろから、皇室医療機関の最高責任者、レビオス・ウィルソンが私の肩を掴んだ。


「貴様、邪魔をするな!」

「ヘスティア様、落ち着いてください。アリア様はもう……」

「やめろ! まだこいつは、死んでな……」

「もう、十分な治療を施されています!」


 はっとしてアリアを見下ろす。確かに、先ほどよりその胸が大きく上下に動いていた。


「アリア!」


 その顔を覗き込むようにして名前を呼んだが、アリアは一向に目を覚まさない。


「何故、何故だ。治療が十分なら、こいつは何故、目を覚まさない!」

「……それは……」


 気まずそうにレビオスがアリアを見下ろした。その仕草がもどかしくて、いま一度ありったけの治癒魔法をアリアに注ぎ込もうとした時、「目を覚ますことを、拒まれているかもしれませんっ」とレビオスが続けた。


「何……?」

「アリア様は、フリューゲルにある時計塔から身を投げたのだとお聞きしました。本来であれば、肉体が傷ついていてもおかしくないはずなのに、損傷はなく、身体はこの通り、お綺麗なままです。ともすれば、外的なものではなく心因性なものである可能性が……」

「可能性の話ならしない方がマシだ! 何が皇室医療機関だ、立派な名を貰っておいて、何もできやしないくせに! とにかく、こいつが目を覚ますまで……」

「そんなに怒らずとも、アリア・マグライアはいずれ目を覚ましますよ」


 はっとして顔を上げると、室内の入り口近くからこちらを眺める男が一人。


「そんな風に睨まないでください。美しい顔が台無しですよ、ヘスティア様」

「お前は誰だ」


 片側に結った長い黒髪、赤いルビーのように光る宝石眼。装いが黒くて、変わった魔法具がじゃらじゃらと黒色のローブについている。……この男。


「……皇室魔法師だな」

「ご名答。さすがは、我が国きっての大聖女様でございます」


 にっこりと胡散臭い笑顔を向けられて、無性に腹立たしくなった。オーラがおかしい。そんなものは見ればわかるのに、まるで馬鹿にされている気分だった。なんだこの男は。


「何故お前のようなやつがいるのに、アリアの目が覚めていない」

「お前ではなく、フェンリルとお呼びください。大聖女様」

「黙れ。お前こそ人を大聖女などと呼ぶな。インチキ魔法師!」

「おや、あなたのようなお方でもそのようなしかめっ面をなさるのですね。実に興味深いです」

「おいレビオス! 今すぐにこいつを追い出せ!」

「そ、そうは言いますが、ヘスティア様……アリア様がこうして生きておられるのも、こちらのフェンリル様のお陰なのです! もしもフェンリル様がいらっしゃらなければ今頃どうなっていたことか……」

「なんだと……?」


 睨むようにフェンリルを見ると、そのインチキ魔法師はにこにこと微笑んでいた。


「信じてください。アリア・マグライアは、目を覚ましますよ」

「信じられるほど、私はお前のことを知らない」

「でしたら、わたしではなく、彼女を信じてください」


 手のひらを差し出すようにして、アリアを指し示す。


「ふざけてるのか、言葉遊びなどしてるわけじゃないんだぞ」

「あなたこそ。目を覚ませ、と勝手なことを言うのに、彼女の勝手を許すこともできないのですか?」


 小首を傾げるような仕草が腹立たしい。細くなる目元、薄っすら微笑む口元が、こちらを嘲笑しているようで、胃がむかむかとした。


「あなたは案外、小さい器をお持ちなのですね」

「なんだと……!」

「落ち着いてください、お二人とも!」


 レビオスが慌てて私たちの間へ入る。それでも睨む私を、フェンリルは馬鹿にしたような顔で見つめると「〝精霊の光(ルシフェルス)〟」と呟きアリアの全身を光らせた。


「いかがでしょう、ヘスティア様。こちらを見れば、異常がないことはあなたにもわかるでしょう」


 精霊の光は身体のどこかに異常のある場合、その部位を黒く光らせることができるが、本当に異常がない場合は白い光で包まれる。アリアの身体は柔らかな白に輝くだけだった。


「……心因性だというのなら、その原因は何かわからないのか」

「そこまではさすがに。彼女の心の中を覗いてみないことには」


 皇室魔法師のくせに、役立たずめ。


「皇室魔法師のくせに、役立たずめと思いました?」

「おい、レビオス。アリアが目を覚まさない心当たりはないか?」

「無視」


 誰かの役に立つことばかり考えていたアリアはよく皇室医療機関を訪れていた。そこの最高責任者であるレビオスなら、何か心当たりでもありそうだが。


「……お役に立てず、申し訳ございませんが……わたしにも原因は。……あ、ですが」

「なんだ」

「アリア様が最近、魔法について悩んでいるという話をわたしに漏らしたことが……」

「アリアが? フリューゲルで学べる程度の魔法に躓くことがあるのか、あいつ」

「聖女候補第一位と言っても、彼女も学生ですからね。しかし、複雑な式に基づいた魔法陣を描きたいがお手上げだと言っていて……詳しくは話してくれませんでした」

「魔法陣?」


 首を傾げながら、横たわるアリアを見る。


『お前、それ。フリューゲルの教科書か?』

『あ……はい、ちょっと。上手く解けない魔法式がありまして……』


「あの時……」

「聖女第一位候補が描けない複雑な魔法陣ですか。知識は足らずとも、魔力量は十分な彼女が描けないとなると……学生が扱える範囲内のものとは思えないですねえ」


 横からフェンリルが口を挟んでくる。なんだこいつ。お前とは喋っていないのに。


 いらっとしながら、そいつを見れば、「アリア・マグライアのことについて、調べれば、原因がすぐにわかりそうなものですが」と続けるので、「は?」と眉根を寄せた。


「アリアのことを調べる? あいつのことはもうわかっているのに、この上で何を調べるというのだ」

「フリューゲルのことについてですよ」


 意気揚々と答えられた気がして、さらに苛立ちが増した。一発殴りたい気持ちを抑えて、「フリューゲルの……?」と私は首を傾げた。


「だって、彼女のことをあなたは知っているつもりでも、家庭での彼女や学校生活での彼女については何も知らないでしょう? 交友関係や恋人がいるかなど……」

「そ……んなこと知らずとも、私とアリアの仲だぞ? 隠しごとなど、あるはずが……」

「ないと言えるでしょうか? だって」


 腕組をした手で、思案するように軽く顎下に触れている。人を小馬鹿にしたような態度が本当に腹立たしい。


「アリア・マグライアが自殺を図った理由すら、あなたはわからないというのに」

「なっ、自殺と決めつけるな! アリアはな! その辺の草花でも摘むことを惜しむようなお人よしで命を尊ぶやつだ! そんな人間が、自分のことを蔑ろにするはずが……」

「そう思うのであれば、調べてはいかがでしょう」

「何?」

「アリア・マグライアがこのように至った経緯をご自身で確かめてみては、と提案しているのです」


 フェンリルの言葉に、私は「お前」と目を眇めた。


「誰かがアリアを突き落としたと言いたいのか?」

「……さあ。それを判断するのはあなたの自由ではありますが、原因を突き止めるくらい、してみてはいかがでしょう」


 そいつの手のひらが、横たわるアリアを指す。まるで健やかに眠っている、その姿。本当に呑気なもので、笑えてくる。


「彼女が、あなたの大切な友人だというのであれば」


 挑発されている気分だった。その証拠に、レビオスがハラハラと私たちのことを交互に見ていた。


「そんなに睨まないでください。自らなのか、それとも他者によるものなのか。調査し原因がわかれば、今後のアリア・マグライアのメンタルケアにもおのずと役に立つことでしょう。それに彼女をあなたの後任にしたいのであれば、なおさら知っておくべきことだと思いませんか?」

「…………」


 一理ある。しかし、裏があるように感じる。この男、何か企んでいないか。


「ヘスティア様」


 フェンリルが静かに私の名を呼ぶ。


「あなたが、アリア・マグライアについて知りたいことがあるなら手を貸しましょう」

「誰がお前の手など……」

「おや、そうですか? よろしければ、とびっきりユニークな方法をお教えしようと思っていたのに」


 ふん、と顔を逸らした私に、フェンリルが続けた。私の耳がぴくりと動く。


「ユニーク?」

「ええ。退屈な日々を吹き飛ばすようなドキドキする方法で、アリア・マグライアのことを調べるんです」

「……」

「ですが、あなたの気が進まないようであれば、仕方がありません。彼女が目を覚ますまで辛抱強く……」

「おい、インチキ魔法師」


 ゆっくりとフェンリルへと目を向ける。目が合うと、フェンリルは口元に笑みを湛えたまま首を傾げた。


「そこまで言うなら、いいだろう。お前のその提案する、ユニークでドキドキするわくわくな方法で、アリアの身辺を探ってやる」

「わくわくな、とはわたしは一言も言っていませんが」


 フェンリルがそう付け足しながら「そして、ご提案していながら大変恐縮ですが」と続けた。


「楽しい方法を提供する代わりに、わたしの願いを一つ聞き入れてくださいませんか」

「願いだと?」

「はい。今回の提案に関する、とても重要なことなので」


 通りで胡散臭いと思った。こいつ、本来の目的はこれだな?


 じっと見つめると、フェンリルは表情一つ崩さずにこにこと笑っている。


「まあいい。……だが、つまらん提案だったら、すぐに塵と化してやるからな。覚えておけよ」

「はい。肝に銘じておきます」


 私の言葉にきらきらと笑顔で答えるフェンリル。レビオスは青い顔でそのやり取りを見ているばかりだった。





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