魔力演舞
振り返ると、そこには怪訝そうな顔をしたラヴィアンがいた。
エヴァンズの馬鹿息子が、今度は何の用だ。
「ラヴィアン様ではありませんか、ご機嫌麗しゅう」
「……随分と呑気な。お前が王太子殿下と入場されたと会場中で騒ぎになっているというのに」
舌打ち交じりに言われて「ああ」と手のひらを叩いた。
「あなたもそれが気になった類ですか?」
「なんだと?」
「案外、情報に敏感なのですね。あなたが気になったところで、大した問題ではありませんのに」
「大した問題じゃないって、お前は……!」
「あなたの婚約者だと言いたいのですか?」
「今さら?」と追い討ちをかけるように言えば、ラヴィアンは「何」と低い声を私に返した。
「セレーナ様をパートナーに選び、楽しげな時間を過ごしているというのに。一体何故、わたくしにこうも声をかけてくるのでしょう」
「貴様……」
「ほら、また怖い顔。そのような顔をされるのであれば、わたくしに話しかけてこなければいいのに」
「ね? そうでしょう? ラヴィアン様」と続けると、ラヴィアンは鼻で笑いながら「馬鹿げたことを」と続けた。
「嫉妬も大概にしろ」
「…………は?」
「俺をセレーナにとられて恨めしい気持ちがあるから、殿下に取り入り、一緒に入場してきたのだろう。……全くどこまで厚かましい女なのだ」
ちょっと待て。何をどうしたら、そういう解釈になる。
きちんと聞いていたのか? 人の話を。
「俺の婚約者であることすら飽き足らず、寵愛まで受けたいなど……。魔法もまともに扱えない女くせに、自分の立場がまるでわかっていない。恥を知れ」
「申し訳ありません、ラヴィアン様。誰が誰に嫉妬ですって?」
「そんなもの決まっている。お前が、俺とセレーナにだ」
嘘だろ、真面目に言ってるのか? この男……。
「殿下も災難な人だ。お前の我儘に付き合わされるなど……」
「い、いやいや! どうして嫉妬になる!?」
「貴様が気を引きたい理由など、それ以外にないだろう」
当然かのように答えられる。おい、誰か。
「そのドレスだって、どうせいつものように神殿から頂いたものなのだろう。あそこはどうかしてる。何故セレーナではなく、お前ばかり……セレーナがどれほど、苦しい思いをしているかなど知りもしないくせに」
誰でもいい! この、大勘違い男をどうにかしろ!
驚きと呆れの連続で、言葉を失っていると「ラヴィアン様」と横から声をかけられた。
「こんなところにいらしたのですね」
あ、出た。
さらりと、水色の髪を背中に払いながら、ラヴィアンの隣に立ったのはセレーナ・バラムだ。
美しく着飾った彼女は、ごく自然にラヴィアンの腕に手を絡めていた。
「お探ししました。飲み物を取りに行くと言ったっきり戻ってこないものだから」
「セレーナ……」
「……まあ、そこにいるのはアリアさんではありませんか」
目が合うと、セレーナは私に向かってにっこりと微笑んだ。
「とっても綺麗なドレスですね。教会からの贈り物ですか?」
この女も、ラヴィアンと同じく神殿だの教会だの、決めつけて。
「……いいえ。これは、とある殿方がくださったのです」
うふふ、と微笑んで見せると、「何?」とラヴィアンが眉根を寄せた。
「貴様にプレゼントを寄越す男だと……? そのような相手がいるわけがない。まさか、王太子殿下からいただいたとでも……」
「ノア様ではありませんが、同じくこの国で尊いお方ですよ」
わざとらしく名前で呼びつつ、相手が凄い人だと仄めかしておく。
フェンリルもあんな男だが、魔法師としては一流だからな。
「またお前は……そんなに俺の気を……」
「勘違いなさらないでほしいのですが、私は」
腕を組み、にっこりと頬を上げた。
「ラヴィアン様の気など、一ミリも引きたいと思ったことはございません」
欲しければくれてやる。そのような男など。
ラヴィアンの表情が引き攣り、セレーナから微笑みが消える。
すると、「それでは、各学年の代表者は魔力演舞をお願いします!」という声がホール中に響き渡った。
なんだ? とそちらを見れば、魔法魔術を披露する生徒たちの姿が見えた。そういえばクラスの代表者が魔法を披露するんだっけ。
いい機会だ。フリューゲルの生徒たちがどれほどの力を持っているのか見てみるか。
そのままラヴィアンたちから離れようとしたら、急に「ふふ、あはは」とセレーナが笑い出した。
「なんて、面白いお方」
口元を指先で隠しながら「アリアさん」と彼女は続けた。
「わたくし、あなたと一度、魔力を交えてみたいと思っていたの。どうです? わたくしたちも、代表者の元へ行きませんか?」
「は……?」
「魔法が使えるようになったのでしょう? いい機会ではありませんか。聖女候補第一位と第二位同士、魔力演舞を披露するのは。きっと先生方も喜んで、参加を許可されると思いますよ」
セレーナの言葉にラヴィアンも「それはいい」と付け足した。
「貴様がどれほどの力の持ち主か知るいい機会だ。魔力演舞に参加しろ」
「嫌です、と言ったらどうなるのでしょう?」
「お前が何故、聖女候補第一位なのかどうか。さらに疑惑が深まるだけだ」
ふん、と鼻で笑い、ラヴィアンは腕を組んだ。
「魔法もろくに扱えない。貴族としての教養もない。貧民がどのようにして神殿を取り入ったのか」
「やはり噂通り」とその口が動く。周囲の生徒たちも、私たちへと目を向けていた。
「教皇たちに身体でも売ったんだろう」
「……なんだと」
「悔しいのか? ならば、セレーナと一緒に魔力演舞に参加して、聖女候補一位と認めたくなるほどの力を、ここにいる生徒たちの前で見せてみろ」
周囲に目を向けると、多くの生徒たちがひそひそとこちらを見ている。
「ほら何も言い返せないみたい。やっぱり、あの噂は本当だったのよ」
「どうりでおかしいと思ったわ」
この者たちに、アリアのことを認めさせるのは簡単だ。聖女候補第一位として、黙らせることは魔力演舞をせずともできるだろう。
だが、そんなことをしてしまえば退学だって免れないだろうしやり過ぎてしまえば、ノアのように怪しむ者も出るだろう。
再び前を見る。こちらを高圧的な態度で見るラヴィアンと嘲笑するセレーナを見ていると、どうにも腹に据えかねる。
……まあ、いい。悩んでも仕方がない。合法的にこいつらを黙らせる方法があるなら参加すべきだ。
「どうした。アリア・マグライア。返事も出来ないほど、自信がないとでも……」
「いいですよ」
お前たちが下に見ていた人間が、どれほどの力を持っているのか。
「そこまで見たいと言うのであれば、ともに魔力演舞をいたしましょう」
その目で見て、確かめるがいい。
「ねえ、セレーナ様」
微笑みながら彼女を見据えると、セレーナは「ええ。そうね」と私を睨むようにして頷き、魔力演舞が行われているホールの中心部へと歩を進めた。
「それでは先生方には話を通しておきますので、後ほど中央に来てください。くれぐれも」
彼女の水色の髪が靡く。
「後悔なさいませんよう」
横目でこちらを見たあと、セレーナは先を歩いていく。その後に続いて、ラヴィアンが「逃げるなよ」と歩いて行った。
全く……。
「いちいち面倒なやつらだな」
呆れながら、今度こそアステルの元へ行こうとしたが、すでに姿が見えなくなっていた。
全く。最悪だ、と思った次の瞬間。
ぞくりと背筋に悪寒が走り、後ろを振り返る。けれど誰かがこちらを見ていることはなく、私は首を傾げるばかりだった。
なんだ、今の……?
◇
「まあまあ、聖女候補第一位と第二位のあなたたちが、魔力演舞に参加してくれるなんて! 本日は素敵な夜会となりそうね」
「よろしくお願いします、ヒルダ先生」
頭を下げたセレーナに、にっこり頷いた白髪の女性は私へと顔を向けた。少し年を召しているからか、私たちを見る表情は穏やかなものだった。
「アリアさん、もう身体の調子は平気? あなたが大変な目に遭ったと聞いて、私をはじめ、先生たちは皆さん、心配されていたんですよ。無事に戻ってきてくれてよかったわ」
みんなが心配、ね。と横目に周囲を見ると、やはり歓迎とは言い難い眼差しを向けられている。これに気づいていないわけがないだろうに。
気遣っているのか。それとも、〝聖女候補第一位〟の機嫌を損なわないようにしているのか。いずれにしても、心からの言葉とは思えないが。
「アリアさん?」
「ああ……はい。もう身体は平気です。ご心配をおかけしました」
頭を下げると、ヒルダと呼ばれていた先生は、「それで、二人は魔力演舞のルールをご存知かしら」と続けた。
「自身が持ち得る限りの魔法技術を活かして、見ている人たちをどれだけ魅了させることができるかを競い合う、いわゆる力自慢というところなのですが」
ヒルダは手のひらで軽く水の玉を出した後、そのままふわりと宙へ浮かし、軽い水の竜巻を起こした。
「魔法とはすなわち想像力です。例えば、このような竜巻が、たちまち水色の飴へと変化することだってあります」
竜巻から飛んできた水色の玉が、私の目の前で止まる。ぱしっと手のひらで受け止めると、それは丸い飴玉になっていた。
「この演舞では、己の限界を決めず、あなた方がもたらす奇跡で人々に希望を抱かせてください。ただし、攻撃的な魔法や誰かを傷つける行為は禁止です。それ以外は自由なので、のびのびと行ってください」
そして飛び散った飴玉は生徒たちの頭上へ向かうと、そのままくす玉が開くようにして色とりどりの紙吹雪を吹かせた。わあ、と感嘆の声を上げる生徒たちはその様子を見上げている。
「技術、美しさ、魅力、総合的な観点から、他のクラス代表者の方々も含めて、一番を決めさせていただきますのでよろしくお願いしますね」
ヒルダは目尻にしわを寄せて、私たちに微笑みかける。……ふうん、なかなかいいじゃないか。大した魔法だ。
それに、こういうサプライズ的な魔法は嫌いじゃない。
くす玉になる前にぎゅっと手のひらで潰していた飴玉を口の中に放り込むと「あ、言い忘れていましたが」とヒルダは続けた。
「そちら一応、食用の飴玉ではありますが、口の中で弾けることがあるので」
「ん? ……ぶふっ!?」
「ご注意ください……と言いたかったのですが、少々遅かったですね……」
あはは、と申し訳なさそうに笑うヒルダを見ながら、遅すぎだ! と私は口元を押さえていた。
「それでは、皆さん。今夜の魔力演舞は、フリューゲルの歴史の中でも特別なものとなるでしょう」
生徒たちを見回して、ヒルダは私とセレーナを見る。
「聖女候補者様、第一位、アリア・マグライア。第二位、セレーナ・バラム。両者の魔力演舞を始めます!」




