王太子殿下の取り巻き
◇
「えっ、あれって……」
「どうしてあの女がノア様と!?」
人選ミスをしたと言ったら、確かにそうかもしれない。
しかし、この選択以外なかっただろうと言われれば、誰も何も言えまい。
隣を見ると、無駄にきらきらと整った顔を、不機嫌に歪ませたノア・ヘイムダルがいる。
「……殿下、わたくし、夜会に参加するのは初めてですの。主に何をされる場所なんでしょう?」
「…………」
「……もしかして」
ずももも、と不機嫌オーラを放っている。イケメンが無駄なことになっているぞ。
「何か不満がおありですか?」
「……わかっているなら、声をかけるな。鬱陶しい」
「でも殿下、わたくし暇です。少しくらいお相手してくださいよ」
顔を覗き込むように言えば、ノアは私をちらっと見た後、はあ、と深い溜息を吐いた。
「人を脅しておいて、よくも平然と……どこまで失礼なやつなんだ」
「まあまあ、せっかくの素敵な夜なのですから無礼講ってことで」
「お前が言う言葉ではない」
「ところで殿下、夜会について教えてくださいな」
ノアはまっすぐと前を向いたまま「……魔力の交換会だ」と静かに答えた。
「魔力の交換会?」
「相手を知るにあったって、魔力に触れるのは手っ取り早い。相性が合えば、婚約相手やビジネスパートナーとして迎え入れる者もいるだろうからな」
そういえばフェンリルが『お見合いも兼ねている』と言っていたが、そういうことか。
「夜会は本来の社交界となんら変わらない。生徒たちに少しでも社会勉強をさせる目的として、行事として取り入れてるんだろう」
「確かに。魔力の調和は、相性を知るには手っ取り早いな……」
呟くように言えば、ノアがこちらを横目に見ていた。
「ん? どうかされましたか」
「……前に言ったかもしれないが、あなたの魔力があの方に似ているのは、聖女候補だからか」
「あの方と言うのは?」
「しらばっくれるな」
ノアは眉根を寄せてこう答えた。
「ヘスティア様だ」
にこっと作っていた笑顔をやめて、「この際だから聞きますけど、殿下って」と続けた。
「なんだ」
「やけにヘスティア様に心酔されていますよね」
目を丸くして固まったノアに、なんだその顔は。と思っていると、彼はその顔を段々と顰めて「それがどうした」と開き直っていた。
「どうしたというかなんというか、あの方の一体何がいいのかと思いまして……」
「また貴様は。ヘスティア様の尊さがわからないとは、愛国心がないのと同義だ」
「いやいや、何を……」
「あの方以上に素晴らしいものなど、この世に存在しない」
いや、いっぱいあるだろう。
例えば、焼き立てのパンの香りは香しくて最高だし。
雨上がりの虹は、見ているだけで心が洗われる。
あれらは私以上の価値があるというのに。
「なんでしょう。殿下って……とてもざ……」
「ざ?」
残念ですね、と言おうとして呑み込む。危ない。
これ以上機嫌を損ねさせて、ここを追い出されるのは非常に困る。
「ざ……斬新なお考えがある方なのですね」
「何を言ってるんだ」
怪訝そうに眉根を寄せたと、ふん、と鼻を鳴らしてノアは私の腕を振り払った。
「とにかく、お前のお守りもここまでだ。中に入れたのだから、あとはひとりでも十分だろう」
「確かに、それもそうですね。ありがとうございました」
礼を言うと、ノアはそのまま踵を返したので「殿下はどちらへ?」と流れのままに訊ねれば「挨拶回りだ」と素っ気なく答えて立ち去ってしまった。
学内行事でも職務を全うせねばならないとは、王太子殿下も大変だな。
まあ、いい。こちらはこちらで、他の生徒たちの顔でも確認しておくか。
アリアには交友関係がほとんどないことはわかっているが、もしかしたら私が出会っていないだけで、顔見知りぐらいはいるかもしれないからな。
ついでに先日の飛び降りについて、何かわかることがあればいいが……。
と。そこまで考えて、アステルの姿が脳裏に浮かぶ。
やはり、一度きちんと話し合うべきか。とはいえ、証拠と言う証拠があるわけではない。元より、この話題にアステルが取り合ってくれるかどうかもわからない。
うーん。と悩んでいると、ぐうっとお腹が鳴った。
仕方ない、腹が減ってはなんとやらだ。
「ひとまず飯でも食べるか!」
うきうきで歩き出そうとしたその時、「ちょっと!」と大きい声が背中側から聞こえた。
振り返ると、綺麗に着飾った猫目ボブが物凄い形相でこちらを睨んでいた。彼女の周囲には、同じように着飾った友人たちが何人かいる。
一体なんだ、と思いつつ、別に名前を呼ばれたわけじゃないからと、今一度前を向いて歩き出そうとしたら「待ちなさい、あなたよ! アリア・マグライア!」と名前を呼ばれた。
「……あらまあ、どうされたんですか」
「あらまあ、じゃないわよ。あなた、王太子殿下とどのようなご関係なの!」
「そうよ! パートナーとして入場されたって、一体どういうことなの!?」
猫目ボブの隣で、オレンジ色の髪の女も叫んでいる。
どういうことって……。
「気になるのですか?」
「あ、たりまえではありませんか! 王太子殿下はみんなのものなのに……」
首を傾げると、しゅんとした顔をしたオレンジ髪の女の隣から「あなた」と猫目ボブが続けた。
「自分の立場がわかっているの?」
「というと?」
「ただでさえ貧乏な子爵令嬢だっていうのに……聖女候補第一位というだけで、ノア様に取り入るだなんて、厚かましいにも程があるって言ってるのよ!」
「本当に」「一体、どういうつもりなのかしら」と猫目ボブの周囲にいる女の子たちも次々と口を開いていく。
よくよく見ると、その顔ぶれは、魔力学の課題時にノアに向かって黄色い声援を向けていた女子たちばかりだった。
「大体、婚約者がいる身で……」
「ラヴィアン様がお可哀想……」
などと勝手なことを言っている彼女たちに視線を配った後、猫目ボブは「これでわかったかしら?」と私に向かって鋭い視線を向けた。
「王太子殿下は、あなたが気安く声をかけていい人ではないということが……」
「わかりましたよ。あなた方の言い分は」
呑気な声音で答えると、彼女たちは困惑したような表情でこちらを見た。
「ですが……それって王太子殿下がおっしゃっていたんですか?」
「は……?」
「だって、殿下が本気で嫌がっていたのなら」
にっこりと微笑みながら、頬に手を当てる。
「最初から、私を隣になど並ばせないと思いますが」
まあ、嫌がってはいたけど。……だとしても、パートナーとして夜会の参加を許可したのは、いずれにせよノアだ。
「なんですって……?」
「ですから、もしも不満があるなら直接ノアに……」
あ、間違えた。心の中でノアと呼んでいたから、つい。
口に手のひらを当てて「こほん、王太子殿下に言ってはいかがでしょう?」と言えば、「あんたのような女が、ノア様を呼び捨てにするなんて……」とわなわなと彼女たちは肩を震わせていた。
その中でも、オレンジ頭の女が私に向かってつかつかと歩み寄ると「身の程を弁えなさいよ、このっ」と私に向かって手を振り上げた。
止めるか、避けるか。まあスッキリするなら、殴らせてもやってもいいな。
など、いろいろと思考を巡らせた瞬間、ぱしっと誰かがそれを防いだ。
手を取られた彼女は「えっ」という顔をしながら、顔を上げる。
続けてその視線の先を追うと、深い藍を思わせるような髪の毛の下。深淵を思わせるような藍が、こちらを見下ろしていた。
「アリア、大丈夫?」
声をかけられて、私は「え……」と声を零す。
この男は、誰だ。
眉根を寄せると、男は今し方叩こうとしてきた女を見て「きみも」と穏やかな声で続けた。
「誰かを叩くと手が痛くなるよ。せっかく綺麗な手なんだから、大事にしてあげて」
「っ」
キラキラと無駄なエフェクトを身に纏っているその男。
そんな彼にじっと見下ろされて、かあっと赤くなる彼女は「も、申し訳ありません!」と慌てて謝罪し、手を引いていた。




