恐ろしい王子様
「あいつ……」
「きゃあっ、見て~! ラヴィアン様よ!」
「セレーナ様も一緒だわ」
文句の一言でも言いたかったが、それよりも先に、ホールの近くから聞こえた歓声にかき消された。
見れば、ラヴィアンがセレーナの手を引きながら歩いている。
「婚約者というものがありながら、あの男……」
私からすればどうだっていいが、アリアの本心がわからないまま、あの男に好き勝手させていいものなのか。
…………。
「まあ、いいか」
とにかく害さえなければ。婚約解消については、アリアが目覚めた時に提案すればいいからな。
問題はアステルだ。今のところ、特にボロを出す気配もないし、そもそもあいつがこの前の飛び降りとアリアの件について関わっていたという証拠はない。
その上、アリアの友人であるアステルを疑うのは忍びないが……。
歩きながらホール入り口の真ん前までやってくると、「そこの生徒」と引き止められた。
「……ん? わたくし?」
「お前以外に誰がいる。エスコートする男子生徒はどこへ行った?」
見れば、入り口の警備なのだろうか。タキシードのような服を身に纏った男がいた。
「エスコートする生徒って必要なんですか?」
「何を言ってるんだ。必要に決まっているだろう」
「……ですが、一人で入場されている方もいらっしゃいますよね? ほら、あちらの方とか」
「その場合、身分証が必要だ。何か家の紋章の入ったものはあるか」
アリアの身分証か。うっかりしていたが、携帯していなかった。代用できそうなものがあったとしても、フェンリルとは先ほど別れたばかりだし……。
この大ホールがある場所は、寮からかなり離れた距離にある。殆どの生徒が馬車で送迎されていて、私もフェンリルに転移魔法で送ってもらった。
「ちなみにこの夜会って、参加しなかったらどうなるんですか?」
「交流会に参加しないのならば、マナー講習の単位を全て落とすことになる。それも全て知らせに書いてあっただろう」
「……」
書いてあったかもしれないが、そんなに詳しく読んでいない。どうせ大した集まりじゃないだろうと舐めていた。
はあ、なぜ単位が行事と結びついているのだ。なんというクソシステム。
私がフリューゲルの総指揮だったら、こんな妙なイベント、即刻廃止にしてやるのに。
「ほら、身分証を見せろ」
うーん、と悩んでいると、「まあ、見て!」と女生徒の声が聞こえた。
「王太子殿下ですわ」
煌びやかな豪勢な馬車から降り立った白い装いをしたその男。空に浮かんでいる月のように静かな表情は、周囲の喧騒など気にも留めていないようだった。
ホールに向かって歩いてきた彼はそのまま紋章の入ったスカーフを警備に見せようとしていた。
が、そんなことをしなくてもいいとばかりに、さっと行く道を開けられていた。
なんと素晴らしいタイミングか。
急いでドレスの裾を持って、「ノ……王太子殿下!」と声をかける。
周囲の人たちも驚いている中、ノアはゆっくりと顔をこちらに向けて、少し目を眇めた。
「御機嫌よう……!」
「アリア・マグライア?」
訝し気にこちらを見るノア。その目つきに全く可愛げがないので、周囲の人間が青ざめていた。
「今宵も月が素敵ですわね。まるで殿下のよう……と! 思いを馳せていたところに、偶然殿下がいらしたので、これは運命かと思い、声をかけさせていただきました、ふふっ」
「……」
何を言っているんだ、こいつは。と言いたげなその顔も、今日も氷の如く冷たくて、笑顔が引き攣る。なんでこんな阿呆なおだて方しかできないんだ、私は。ノア相手に、こんなの効くわけないだろ!
「……夜会が終わったら迎えに来てくれ」
案の定ノアは私を無視して、お付きの人にそう告げると、さらに先に進んでいた。
あ、ちょっと待て! と思い、足を踏み出そうとしたら、警備員の男たちが私の前に立ち塞がる。
「お、お待ちください、王太子殿下! あ、あの殿下はエスコートしている人はいないのですか?」
スタスタ、と階段を上がって。
「いないのであれば、ぜひ、わたくしを……!」
スタスタ、と扉の前へと辿り着くノア。
私の声など全く聞こえてないと言わんばかりに、扉の中へと入ろうとしているノアに、「エスコートしてください、王太子殿下!」と叫んだ。
だめだ、行くな! 頼めそうなのはお前しかいないのに!
「もっ、もしわたくしをエスコートしてくださらないのなら、ヘスティア様の肖像画に何があっても知りませんわよ!」
ぴたっと立ち止まるその足。そうしてこちらを振り返るノアが、「今、なんと言った」とその目を曇らせた。
「だ、だからっ、あなたがわたくしと一緒に、夜会に参加してくださらないのなら……!」
ぱきぱき、と凍る足元。「えっ!? こ、これは……!」と驚きながら足元を見ている警備の男たちを無視して、「アリア・マグライア」とノアは私を睨んでいる。
「言葉は選んだ方が良い」
「……王太子殿下」
余裕の微笑みを見せつけながら、「フリューゲルでの魔法は禁止だって知ってますか?」と付け足した。
「……なんだと」
「殿下も知らないわけではありませんよね? それに、フリューゲル内では外の法は通用しません。いくら殿下が尊いお方でも、私刑を下してしまえばどうなるのでしょう」
勢いのままペラペラと話している私を、ちょうど近くにいた少数の生徒たちは「あれって、アリア・マグライアよね?」と驚いたように見ていた。
「たかだか、大聖女様の肖像画のために。名前が傷ついてもよろしいのですか?」
「たかだか……?」
「まあ? わたくしとしてはどうだっていいことなので、今から聖堂へ行って……」
ふふん、と髪を払っていると、その男が踵を返して、ずんずんとこちらに戻ってきた。
その目からは光が消えている。
纏う空気は冷え切っていて、怒っているのが目に見えてわかった。
「生き急いでるのか、貴様」
「まあ、心配してくださるのですか? でも、安心してくださいまし。殿下がわたくしの頼みをちょこーっと聞いてくだされば、長生きできます」
ふふっ、と微笑む私を見下ろして、ノアはうんざりとした顔をすると、ぐいっと私の手を掴んだ。
これをエスコートというのであれば、この男の単位は即刻なしにした方がいいし、この国の上流階級のマナーは基礎から考え直すべきだ。
「フリューゲルを卒業したら、お前の首を刎ねてやる」
「んま、恐ろしい王子様。そこも素敵ですわよ!」
ほほほ、と笑顔を作ると、ぴりぴりとした目を向けられる。
ノアには悪いが、アリアの単位のためだ。
「何にせよ助かりますわ。今度お詫びに、菓子折りをお渡ししますね」
「……貴様の命が続いていればな。命知らずのマグライア嬢」
ノアに手を引かれたまま、先ほどの警備員たちを横目に見遣る。
ひらっと手を振る私を、ぽかんと見る彼ら。
そして再び前を見ながら、ノアの隣を歩く。
幸先いいんじゃないか?
この調子でさくっと顔を出して、さっさと帰るぞ。
……と、この時の私は呑気に思っていた。
まさか、この夜会があんなことになるとは、
想像だにしなかったから。




