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とある魔法学校の成り代わり聖女  作者: あしなが
飛び降り事件編

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目に見えているもの






「なんで……」

「なんでって、こっちのセリフだよ」


 アステルはそう言いながら、私に向かって歩いてくる。


「もう授業も始まりそうなのに。お前が音楽室に入るのが見えたから、何してんだってなったんだ」

「それは……」

「ん?」

「お前にも言えることだろ、アステル」


 そこまで言うとぴたりと立ち止まって、アステルは「おい、なんだよ」と笑った。


「そんな怖い顔して。早く行かないと授業に遅れるぞ」

「……今、この窓から生徒が一人落ちて、騒ぎになっている」

「……え?」

「何か、心当たりはあるか」


 こちらを見て目を見張ったアステルは「そう、なのか」と少し動揺したように告げた。


「悪い……俺、全然知らなくて……大丈夫なのか? その生徒は」

「先生たちが対応してるところだ。恐らく平気だろう」


 アステルはその言葉を受けて、少し安堵しつつも複雑そうに「そうか……」と頷いた。


 妙な反応をするなと思っていると「てか」とアステルはいつものような声音で言葉を続けた。


「そこの窓から落ちたんだとしたら、尚更、アリアはどうしてここにいるんだよ?」


 確かに、アステルからしたら今の私が怪しく映るのも当然だ。


「……私は、確認がしたいことがあってここに来たんだ。落ちるにあたって、何か証拠でも掴めれば、アリアが記憶を失ってしまったことについて、何かヒントがあるんじゃないかと思ったから」


 そう思いながら、視線を窓へ向ければレースカーテンが揺れていた。


「ヒントって……なんでお前のことと、そこから落ちた生徒のことを重ねて……」

「罪を犯した者が、現場に戻ってくる理由はいくつかある」


 遮りながら、再びアステルに視線を戻す。


「証拠隠滅に失敗していないか。被害者がどうなっているのか。不安材料を一つ一つ潰したい衝動に駆られて、再び現場に戻ってくる。少しでも安心を得るために」


 アステルの顔から、少しずつ表情が消えていく。


「アステル・ストーム」


 笑顔、焦り、動揺、恐怖、困惑。


「今一度聞くが」


 その何もかもがなくなり、ただ。


「お前、何か心当たりはないか」


 ただ、私を見つめていた。


 ほんの数秒の間を空けたあと、アステルは口を開いた。


「……はっ。いきなりなんだよ、アリア。まさか、人を疑ってんのか?」

「……」

「訳がわからないだろ、俺はたまたまお前を見かけてここに来ただけなのに。大体、その生徒が落ちたっていうのは原因がわからないんだよな? それなのに、ちょっと顔を覗かせた俺を疑うっていうのは、いくらなんでも浅はかすぎねえ? つか失礼だろ」


 アステルが、さらに近くまで歩いてきて立ち止まる。


「それに、俺を疑うならお前だって怪しすぎ。ヒントがどうの言ってたけど、それが本当かどうかも疑わしいのに」

「……確かに、お前目線はそうだな」

「だろ? 全く……なんだよその探偵ごっこ」


 呆れたようにアステルが言う。


「アリア。お前、本当に変だよ。人を疑う前に、自分の行動を顧みた方が良いんじゃねえの」

「……」


 じっと見上げる私を見下ろし、アステルは「ひとまず、関係ないのなら授業に行くぞ」と続けた。


『……ヘスティア様、どうしますか』


 フェンリルが訊ねてくる。


「……そうだな、行こう」


 頷きながら、アステルの隣に並ぶ。足元にいるフェンリルには『しばらく、アステルの観察をする』と答えた。


『観察ですか。アステル・ストームが何かを隠しているとお思いで?』

『そう思わない方がおかしいだろ。……しかし、案外平然と、しらを切るんだな』


 疑わなかったわけではないが、こういう時に思い知る。


 見ているものが全てではないのだと。


『アリア・マグライアに扮したあなたがその様に思うのは少々皮肉ですね』

『お前こそ、そうやって人に嫌味を言っていないとどうかある身体なのか』


 言い合いをしながら教室に辿り着くと、騒然としていた教室が私の存在に気づき、しんっと静かになった。


「……来たわよ」

「今日の飛び降りがあった現場にいたんですって」

「しかもその生徒に何かしようとしてたらしいわ!」

「まあ、恐ろしい……」

「先日は、ラヴィアン様やセレーナ様に……」

「聞いたわ。本当に酷い話よね」


 はあ、またか。


『飽きないのか、こいつら』

『まあ今のところ、話題の中心には必ずあなたがいますからね』

『どれも不可抗力のようなものだろう』


 やれやれと思いながら適当に椅子に座ろうとすれば、「本当に目立ちたがり屋で困りますわね」と彼らの中心にいる猫目ボブが、冷めた目をこちらに向けていた。


「そんな方と同じクラスだなんて嫌になるわ」

「ええ、本当に」


 腰を下ろしながら、うんざりしつつも頷く。


「噂話で忙しないあなた方と、同じクラスだなんて憂鬱でしかないです」

「なんですって……?」

「だから互いにメリットはないですし、わたくしに構わないでくださいまし」


 しっしっと手を払えば、猫目ボブが顔を真っ赤にしていた。


「あなたねえ……!」

「それともなんですか? やたらとわたくしを目の敵にして……本当は仲良くしたいんですか?」


 腕を組みながら彼女たちを見遣れば、苛立った様子の猫目ボブと目が合った。


「まあ、構いませんけど……あなた方のそのちっぽけなプライドが許すなら」


 にっこりと微笑んで見せれば、猫目ボブは、かっと顔を赤くして、「何、ふざけたことを……誰があんたなんかと!」と言っていたが、そこからは無視をした。


 ちら、とアステルを見れば、少しこちらを気にしつつも別の人間と話をしていた。


『……アステルは、アリアのことについて何か知っていると思うか』

『さあ。ただ、予想の範疇でお話してもいいのであれば、何も知らないわけではなさそうな感じもします』


 フェンリルは私の腰辺りにちょこんと座りながら、『ですが訊ねたとしても、彼自身が本人アリアであるあなたにそれを自白するかは不明です』と告げた。


 その頭を軽く撫でると、フェンリルは気持ちよさそうに目を細めた。


『だとすれば、別人に成りすまして話を聞けばいいのか』

『簡単には言いますが、信頼たる人物にならなければ、彼は口を開かないのでは』

『信頼たる人物か……』


 うーん、と頬杖をつくと、膝の上にぽふ、とその毛玉が顎を乗せた。


『それにしてもゴッドハンドですね。猫を扱いなれている』


 腑抜けているフェンリルに気づいて、ぱっと手を離す。私としたことが、あまりの触り心地の良さに自然と撫でていたがこいつは本物の猫ではなかった。


『おい、勝手に人の膝で寝ようとするな』

『許してくださいよ。眠気が襲ってきたのです』


 くあ、と軽くあくびをするそいつの首根っこを掴もうとしたとき、「みなさぁん、お待たせしました~」とくたくたに疲れた顔をしたユーリッヒが教室に入ってきた。


 あの生徒の処置は終わったのだろう。そう思いながら視線を向ける私に、ユーリッヒは視線を合わせて、へらりと笑っていた。


『どうやら、処置は上手くいったようですね』

『みたいだな。それにしたって慌ただしい男だ』


 魔法の扱いはそんな感じはしないのに。


「え~、それでは皆さん。本日は授業を始める前に、今週末に行われる夜会についてご連絡します」


 ユーリッヒが眼鏡をかけ直しながら、持っていたプリントをふわっと風で浮かせて、皆の前に配っていた。


 私の目の前にもやってきたその紙には、『フリューゲル夜間合同交流会』と書かれていた。


「今年も行われます夜間合同交流会、通称夜会についてですが、それぞれクラス代表が魔法を披露することになります。代表に選ばれた方は、本日の全授業終了後に講堂へお集まりください」


 話を聞きながら、プリントを見ていると。


「皆さん、ドレスの用意は出来ていますか?」

「わたくし、マダム・ザラのところで仕立てていただきましたわ」

「まあ、それはすごい! あのマダム・ザラですか!? もう予約は取れないと言うのに」


 などと盛り上がる生徒たちの会話が耳に入ってきた。


『ドレスだと?』

『持っていないのですか?』

『そんなもの持ってきているわけないだろ。必要だとも思っていなかったしな』


 私の荷物に無いのはもちろんだが、アリアのクローゼットにもそれらしい物はなかった。


 大体、アリアの場合、私服ですら一着しか持っていなかった。


 いくら倹約家だとしても、あの質素さには無理がある。娘が聖女候補に選ばれている以上、神殿や教会から何かしらの恩恵を受けているはずだが……。


 寮の部屋の様子を見るに、アリアは家からの援助を全く受けられていないように思えた。


『……フェンリル、マグライアの家について何か知っていることはあるか』

『マグライアですか? あまり気に留めたことがありませんね。大きな集まりなどには来ず、必要以上に目立たず息を潜めている印象です。言われてみれば、得体が知れない感じはしますが、あまりに取るに足らないとも言えます』

『……ますます訳がわからないな』


 もし、アリアが目を覚ましてくれさえすれば、全てがわかるのか。……いや、あの子のことだ。素直に言葉にしてくれるとも限らない。


「……全く、なんなんだ」


 ただ、笑顔で過ごしてくれればいいだけなのに。


 何がそれほど、あの子を邪魔しているのだろう。


『……大きなことなど、望んでいないだろうに』

『……』


 するとふと、すり、と手のひらにフェンリルの鼻先が当たった。


 思わず視線を落とすと、私の手を持ち上げるようにして顔を埋めている。


『ヘスティア様。このわたしをもっと撫でてくだされば、あなたにとびっきりのプレゼントを用意して差し上げますよ』

『……なんだそれは。普通に撫でてくれと言えばいいだろ。別に交換条件などいらないぞ』


 やれやれ、と思いながら、その頭を撫でながら、再びプリントに視線を落とす。


 夜間合同交流会か……。










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