お人よしの少女
「アリア! お前は何か騒ぎを起こさないとどうかあるのか!?」
「なんだ、アステル! 大きな声出して……びっくりさせるな……」
あれから出来るだけ目立たない様にしようと、学食の隅に移動したところでアステルに遭遇した。
何たる偶然と思いながら、アステル、と声をかけようとしたらいきなり怒られたのだ。
「びっくりしたのはこっちだよ! なんで、ラヴィアンたちと喧嘩してんだ……」
「喧嘩ぁ? そんなものをした覚えはない。あれは……」
上を見上げて、腕を組む。あれは、そうだな。
「ただのマウント合戦だ」
「信じらんねえ……」
唖然とするアステルに、「そうだ、そういえば」と私は話を変えた。
「学園内での魔法の使用は禁止なんだな」
「え? あ、そうだけど……」
「もし破ったりするとどうなる?」
「そりゃあ、罰則があるよ。私闘とかになれば、停学か退学はありえるかな」
「そうか。今度から気を付けないとな」
ノアのやつは聖堂で当たり前の顔で使っていたから、てっきり使用しても良いものかと思っていたが。
王太子が進んで校則違反しているのはどうなんだ。
「呑気なもんだな。……でも待てよ? お前、あの魔獣がいないのに、魔法を使えたってことか?」
「え? あ……まあ、魔獣がいなくたって、わたくし、魔法がたまーに使えるのよ」
うふふ、と微笑むと、アステルは「うーん」と怪しむように腕を組んでいた。
「ところで。あの二人と私の関係は、いつもあんな感じなのか?」
「あんな感じ? 馬鹿言え、あれどころじゃない。今回は土下座をさせられていないし、まだマシな方だ。大概、アリアが居た堪れなくなって立ち去るまで、ずっと……」
「アステル」
名前を呼んだ私をアステルを見て、そうしてぐっと息を呑んでいた。
「お前はその時、何をしてたんだ」
「は、何って……」
「ただ黙って眺めるだけで、助けもしなかったって言うんじゃないだろうな?」
声を張ると、周囲の人間が私たちを見た。「またアリア・マグライア?」と言いたげな視線が突き刺さったがどうだってよかった。
アステルの胸倉を引いて、「アステル!」とその名前を呼ぶ。
「アリアと友人だろう! まさかお前はただ、黙って見てたのか!?」
「! ……そ、それは……」
「はっきりしろ!」
「っ、お前が言ったんだろ! ああいう時に助けるべきじゃないって!」
「は……?」
アリアが?
「お前を助けてしまえば、今度から因縁をつけられるのは俺になる。自分のせいで誰かに迷惑がかかるのは耐えられないから、みんなの見ている前では近づくなって……」
「……」
「ああ、そうだよ。何度も言ってきたよ。自分はいくら傷ついても構わないけど、他の人には悲しい思いなんてしてほしくない。それだけは……」
『それだけは避けたいんです。アステルは大事な友人ですから』
「ってお前が言ったんだ、アリア!」
アステルも大きな声を出したせいで、さらに注目を浴びる。
せっかく学食の端っこまで来たのに、これでは意味がない。
アステルの語るアリアの姿が、容易に想像がつく。
「……お人よしだな、相変わらず」
その胸倉から手を離して、私は皿の上でぐちゃぐちゃになった食べ物を見下ろした。
わかっていたのに。どうして忘れてしまいそうになるんだろう。
「怒鳴って悪かった、アステル」
アリア・マグライアはそういう女だと。
◇
「はい、次の人。パンとシチューを取りに来てください」
私が初めてアリア・マグライアという少女を見た時、彼女はまだ幼い子供だった。
爵位すらもらっていないマグライア家は貧しかったのか、いつも食料を分け与えてもらっている孤児たちの中にいた。
その中でも、多少清潔感があり、髪も他の子たちよりも少しだけ整っていたアリアは目立っていた。
「さあ、どうぞ」
子供の身体には十分な大きさのパンと、温かなシチュー。
若かりしファウナがアリアに食事を分け与えると「ありがとうございます、院長様」と彼女は愛らしく答えた。
このような配給は、教会の敷地内で行われる。
一週間に二度だけ、パンとスープのみの配給だ。
アプロディーテの子供たちへの支援は精力的なものだったが、食材には限りがある。しかし次から次へと腹を空かせる子供達へ、ファウナはその支援をやめなかった。
それでも金の話をすれば馬鹿にならないのは、配給に関わっていない私でもわかった。
だから金銭的に厳しいと判断し教皇がある時、条件を付けくわえた。
『家族全員がアプロディーテを信仰していない場合は、どんな状況であっても配給はしない。もしもそれを行った者は、子供や大人であろうと今後の支援は一切行わないものとする』
その決定が下されてから、子供達全員に食事を受け渡すことが難しくなってしまった。
ファウナも心を痛めながらも、配給活動を止められなかっただけマシだと、目の前の子供たちの支援に向き合うことにしていた。
教会の外で腹を空かせている子供たちを窓から見下ろす。
何が信仰だ。神を信仰しない限り、腹さえ満たされやしないだなんて、そんな馬鹿げた話があるものか。
国からの支援も与えられず、教会からも見捨てられたような扱いをされてしまえば、尚更、神が憎たらしくなるだろう。
今度、教皇が来たら決まりを取っ払うように取り合ってみるか。ファウナには止められたが、魔法で脅せばどうにでもなるだろう。
問題は金だな。配給に関して、国から支援が出れば一番いいのだが……。
この国の皇室はろくでもないからな、と。
配給所を見下ろしていた窓から離れようとした時。
「……いいのか……?」
「でも、お姉ちゃんの分が……っ」
配給所から離れた、教会の茂み。
そこには配給所にすら入れず、支援を受けられなかった子供たちがいた。
「いいの。じつはわたし全然お腹がすいてないんだ。だからもらってくれる? もしも残しちゃったら院長先生に悪いし……ね?」
あれは確か……と、今一度窓の縁に頬杖を突いて、その姿を眺める。
「あ、ありがとう。アリア!」
「ありがとうっ」
「ううん。ほら、早く食べて。見つかる前に」
兄妹がパンとスープを受け取り、涙を流しながら食べている。
その姿を穏やかな気持ちで眺めている少女。
子供たちがそれらを食べ終わると、「二人ともここでパンとスープを食べたことは、みんなに内緒だからね」と忠告しつつ、「早く行って」と少女は彼らを逃がしていた。
人のいい娘だな、とその様子を眺めていると。
少女がいなくなってすぐ。
「やったね兄ちゃん、兄ちゃんの言う通りだ!」と先ほどの兄妹の妹が言った。
「言ったろ? アリアは馬鹿だから、騙しやすいんだよ」
「でもお姉ちゃん、本当にお腹すいてなかったのかな?」
「気にすんなよ。あいつん家、いま父親が仕事みつかっていい感じなんだって! どうせ俺たちなんかよりも良いもん食ってるよ。むしろ、こんなところに飯を貰いにくるのだっておかしいんだ」
「そうなんだ、じゃあ平気だね!」
「おう。だからまた次の配給日にも、アリアのところへいこうぜ!」
「うん! でも正直、パンとスープだけじゃ全然足りないね……」
「まだ空も明るいし、他のところで飯を調達しようぜ」
嬉々と会話を交わす兄妹を見て、あのクソガキども……、と思うが、二人の瘦せ細った身体を見ると怒る気も失せてしまう。
水すら浴びられていないのか、肌は砂や土で黒く汚れている。その姿を見るに、腹を空かせているのは事実だろうし彼らがあのようなことをしてしまうのは、少なからず親のせいもあるだろう。……まあ、大人だったら容赦しないが。
「あら、まあ。もう食べたんですか?」
配給所からはファウナの驚いた声が聞こえた。
「はい。院長先生、今日も美味しい食事をありがとうございました」
少女は笑顔で答えて、スープの入っていた紙皿を渡す。
ファウナはそれを不思議そうに受け取っていた。
配給所から離れて、また先ほどの茂みまでやってくる。きっと帰りはその場所を通った方が、家から近いのかもしれない。
じいっと見下ろしていたら、少女がはあ、と息を吐いた。
「お腹すいたなぁ……」
お腹を押さえながら、石ころを爪先で蹴る。
自業自得だな、と思った次の瞬間、はっとしたように首を振っていた。
「あっ、だめよアリア! わたしはお腹なんてすいてないの! だから大丈夫! 気にしちゃだめ!」
拳を握って、「平気よ! お腹が空いたら水を飲めばいいんだから!」と続けている。
でもすぐにお腹の音が鳴ったのか、またお腹を押さえていた。
自分だって腹が減っているのに……。
何故、他の者に分け与えたのだ。他人に慈悲を施すほど余裕なんてないだろうに。
シンプルに疑問だった。自分が大変な状況で、他人を助ける理由がいまいちわからない。
「だめだめ。わたしはあと三日、我慢すればまたもらえるけど……あの子たちは違うもん」
…………。
「こまったら助け合うって、院長先生が言ってたもん……」
そんな言葉、真に受けてどうするのだ。ファウナもファウナだが、あの子もあの子だ。
あの様にお人よしでは馬鹿を見る。そう教えるべきだと言うのに。
はあ、と溜息を吐きながらふと横を見ると、机の隅にビスケットがいくつか置いてあることを思い出した。……全く、世話の焼ける。
指を動かし、風の精霊に任せそのビスケットを窓の外へと動かした。
ひらひらと葉が落ちるように、ビスケットを舞わせ、そうして少女の頭の上にこつり、と落とした。
「えっ……」
そしてその子の小さな手のひらに、数枚のビスケットが重なるようにして乗る。
びっくりしているのか、固まった少女が、ばっ! とこちらを見上げた。
はっとして私も条件反射で身を隠してしまう。
い、いやいや、私は何故隠れてしまったんだ。
無駄にドキドキしながら、いま一度、窓の外をそっと覗き込めば、「うわあ……!」と少女は嬉しそうな声を上げていた。
「すごい、ビスケットだ! こんな近くで見たの、はじめて!」
ふわりと風が少女の髪を揺らす。桃色の、優しい色をした髪だった。
今一度、私のいる方を見る。
「こんなに高価なものをよいのですか!?」
レースカーテンに隠れている私の姿など、向こうから見えてないはずなのに。
大体、ビスケットなど、そんなに価値のあるものではないというのに……。
「ありがとう、天使様!」
「…………」
「大事に大事に食べますっ!」
素直な笑顔とともに、金色に輝く目が木陰の中で揺れている。
ああ、泣いているのか。
たかだかビスケット数枚に。
「……大事にせずとも、すぐに食べたらいいのに」
馬鹿だな。
涙するくらいなら、パンもスープも自分で食べてしまえばよかったのに。
他人の苦しみなど、放っておけばいいのに。
そうやって人は成長し、自身の欲を満たすのに。
お人よしはただただ損をすると、あの娘に誰か教えてやらないか。
純粋無垢では、すぐに壊れてしまうだろう。
こんな世界では。




