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とある魔法学校の最強聖女  作者: あしなが
プロローグ
2/30

最後に見た彼女




 やっと聖堂の外へ出た頃には夜空に月が浮かんでいて、私はげそっとした顔で柱に寄りかかった。


 くそ、体力や魔力がいくら有り余っているからって、何も正座をさせて祈りをする必要はなかっただろう。足が死ぬほど痺れていて、ろくに歩けやしない。聖女の忍耐力が誰しも優れていると思うなよ!


「こんな不当な扱いを受けるなんて……。聖女の定義を見直すべきだ……」

「ヘスティア様、今、お祈りを終えたのですか。随分早かったですね」


 ちょうどどこかへ行くところだったのか。たまたま通りかかったアリアが私へ向かって声をかけた。出たな、諸悪の根源め。


「早かったぁ? 遅かったの間違いだろ! 日ももう暮れているし、私は夕飯だってまだ食べていない!」

「それはあなたがいつまでも逃げ回っていたからでしょう?」


 本を抱えたアリアが、やれやれと首を振った。うぐっと口を噤みそうになったが、ん? とその手に抱える本を見た。


「お前、それ。フリューゲルの教科書か?」


 フリューゲルとは、アリアが通っている魔法学校で、あらゆる貴族や魔法師を目指す者たちが通っている場所である。


「あ……はい、ちょっと。上手く解けない魔法式がありまして……」


 そっと本を背中に隠すアリアに、「全く」と腕を組む。


「そんなもの、私が直々に教えると言っているだろう。お前の魔力量は私でも認めているのだ。使い方を覚えればこの国随一の魔法師になれる筈だ。だから、さっさとフリューゲルを辞めて聖堂に来い」

「え、嫌ですよ」

「どうして」

「だって、ヘスティア様ったら、教えるのが下手なんですもの」

「なっ、なんだと! アリア、お前。この私から直々に指導してもらえることがどれほどありがたいことかわかっているのか!?」

「わかっていますよ。でも、ヘスティア様に頼ってばかりじゃいられませんから。それにあなた、私がここへ来たら、さっさと知識とその役割を渡して、今度こそここから逃げるつもりですよね?」

「……………………いやいや、まさか」

「間が長すぎます」


 じっと睨むように言われて、顔を逸らそうとすれば「本当、誤魔化すのが下手なんですから」と笑われた。


 その、くすりと穏やかに微笑む姿まさしく慈愛に満ちていて、アリアこそ聖女の名に相応しく見える。


 だから、「本当にお前がやればいいのに」と心から告げれば、アリアは黄金に輝く大きな目をぱちくりとさせた。


「常々そうおっしゃってくださいますが、何故、そのようなことを言うのですか?」

「だって、アリアのような愛らしい人間なら皆が愛すだろうと思うから」

「それを言うなら、ヘスティア様だって十分なほど美しく愛らしいですよ? フリューゲルには肖像画だってありますし、生徒たちにも大人気なんです。ティア様って愛称で慕われているというのに」

「うげ、その話はやめてくれ。それを聞いてから、何度フリューゲルに忍び込んで肖像画を燃やそうと考えたか。お前は知らないだろう」

「まあ、そうはおっしゃらず。それほど皆に愛されているということですよ、自覚してくださいな」

「やめろ、そのようなことを言われても、私はずっとこのままこの国で聖女を続けるつもりはない。さっさと引退させろ!」


 ふんと言い切ると、「私に言われましても」とアリアは全く困った様子もなく、首を傾げていた。


「……まあ、いい。それで、お前は今日、何しにここへやってきたのだ」

「先月、アケト地方で山火事があったでしょう? あの辺りに住む人々は農作を仕事にしている住人が多いから職を失った人も多いみたいで……。だから一時的で構わないから、何かいい働き口を紹介してほしいって院長先生に相談していたんです」

「ああ、そういえばもう先月の話か。変異の魔獣が暴れたのは」


 アケトは辺境の地にあるが、比較的穏やかな気候だから魔獣が出るのは珍しい。


「それで、先日、ちょうど良い働き口があるって連絡してもらったんです。今日はそのお話を聞きに来たところで……」

「ご苦労なことだな。お前からしたら、そんなことしてもなんの得にもならんだろうに」

「こういったものは損得勘定で動くわけではないのですよ、ヘスティア様」

「うんうん、すばらしい善行だな。アリア、やっぱりお前の方が聖女は向いているよ」


 頷いていれば、アリアは「私は」と静かに言葉を続けた。


「ヘスティア様が向いていると思いますけどね。だって、逃げ出したい投げ出したいという割に、お役目はきちんとしますし」

「それは、ファウナがうるさいから……」

「アケト地方にも出向いたのでしょう? 魔獣を人知れず追い払い、一晩祝福の祈りを捧げていたそうじゃないですか」


 ファウナめ……アリアに全て喋ったな。


「……何のことやら」


 口笛を吹くようにして顔を背ければ、アリアはくすりと微笑んで、「ヘスティア様」と私の名を呼んだ。


「あなたは何の変哲もない日常を嫌うでしょうが」


 ちらりと横目に彼女を見れば、ふわりと夜風が彼女の髪を揺らす。月明かりが、その輪郭を柔らかく縁取り、やはり美しいなと改めて思わされた。


「あなたがこの国の聖女であることが、私たち民の笑顔の源だっていうことをお忘れなく」


 微笑むアリアに、ふん、と再び顔を逸らす。


 全くなんだ、そんな無責任なことばかり言って。皆もこれほどああだこうだ文句を言っている聖女など、願い下げだろうに。


「好き勝手言って」

「そりゃあ、好き勝手言いますよ」


 本当に、この娘は。


「私はこれからの生涯、ヘスティア様を信仰していくつもりですから」


 そんな風に言っていたくせに。





「――ヘスティア様、ヘスティア様! 大変です! いますぐ皇室の医療機関にいらしてください!」

「どうしたファウナ、そんなに慌てて。というよりも、何故私が皇室の医療機関に行かねばな……」 


 何故、あの日、お前は。


「アリア様が運び込まれたみたいなのです!!」

「何? アリアが?」

「それがその……」

「なんだ、早く言え」

「フリューゲルにある時計塔から飛び降りを図られたと」

「……は?」


 あの日、自らの命を傷つけたんだ。



「それは、一体どういうことだ」









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