隠れ聖女は今日も
魔法学校×最強主人公を書きたくて書きました。ただの趣味です。よろしくお願いします。
「アリア・マグライアが戻って来たって?」
「えっ、アリアってあの時計塔から飛び降りた?」
「まさかあんな高さから飛び降りて、生きてたってこと……?」
「やっぱり聖女候補者は、守護力が違うのかしら」
「何にせよ、彼女が無事でよかったわ」
「そうね、だって聖女候補第一位だもの」
「死んで逃げるなんて、神が許さないわ」
◇◇◇
麗らかな季節。空は晴れ渡り、穏やかな風が花を揺らす。雄大な自然に身を任せ、欠伸をひとつすれば、眠気がさらに襲った。ああ、なんて昼寝にぴったりな陽気だろう。
このまま二度寝してしまうのもいいかもしれない。
……そう思っていたのに。
「ヘスティア様! ヘスティア様! どこに隠れているのですか!? 今日こそ、しっかり時間通りに祈りの儀式に出てもらいますよ!!」
そこは、ガルズ王国にあるアプロディーテ大聖堂の裏庭。今日も年を召した院長が、忙しなく駆け回っている。先日腰が痛いと言っていたばかりなのに、全く精が出る。
私、ヘスティア・アプロディーテは、神殿にある大樹に登り、そんな院長の姿を見下ろしていた。それにしても、毎日毎日飽きもせずよく頑張るものだ。元気なことはいいことだが、もう少し身体を労わったらどうだろうか……。
「ヘスティア様ー! どこへ行ったのですか!? 全く……この国を代表する大聖女様が、どうしてあの様に不精な性格なのでしょう!」
「院長様~~! あちらにヘスティア様らしき影がございました!!」
「なんですって!? 早く捕まえるのよ!」
お行きなさいー! とまるで野良猫探しをしているような彼らを流し見しながら、私はまたひとつ欠伸をした。
恐らく影っていうのは、さっき食堂に置いてきた私そっくりの〝ダミー人形〟のことだろう。
以前も同じ手口を使ったのに、また引っかかるとは……揃いも揃って心配になるな。
「まあ、私が言えたことではないが」
「よっと」と木から降り立つと、魔石のぶら下がったストラがじゃらりと鳴る。銀色にも空色にも輝く真っすぐに伸びた髪を背中側に払い、「何をしようか」と伸びをした。
国同士がいがみ合い、聖女が出向くようないざこざもなければ、魔物が出る季節でもない。そのせいで毎日毎日、神に祈りを捧げるばかりだったがこの平和な生活もいい加減に飽きてきた。
いや正直のんびりだらだらすることは何も悪くないが、これほど変化のない日常はいかがなものだろう。
ああ、昔はよかった。血生臭い日々だったが繋がりを広げ、多くの景色を見ることができたし、今よりもっと自由だった。
せめて、もう少し刺激的な日々が送ることができればなあ……。
「こんなところにいたのですね。ヘスティア様」
「!」
びくぅっと肩を揺らして、恐る恐る後ろを振り返る。淡い桃色の髪をふわりと揺らした愛らしい女性が立っていた。
「アリア! いつ帰って来たんだ?」
「つい先ほど。お久しぶりです」
にっこりと微笑む彼女はマグライア子爵家の長女、アリア・マグライアだ。
幼い頃からの仲である彼女は、数少ない友人の一人である。
「本当に久しぶりだな。フリューゲルに入って以来か? 何か外に出る用事でもあったのか」
「ええ、まあ……それよりもヘスティア様、また祈りの時間をサボろうとしていたんですか?」
「……あはは」
「笑って誤魔化したって無駄ですよ。あなたが聖女としての勉学を時折疎かにしていることは、ファウナ院長にぜーんぶ聞いているんですからね?」
全く、と腰に手を当て、少し頬を膨らませるアリア。
「……ファウナめ、余計なことを」
「ヘスティア様がいけないんですよ。好き勝手して、院長先生たちを困らせて……この国を代表する大聖女様だっていう自覚はあるのですか?」
「ふん、そんなもの知ったことか。お前らが勝手に言っているだけで、聖女などどうだっていい! 私はもっと自由に暮らしたいんだ!」
「また言ってるんですか? もう聞き飽きましたよ、その自由大好き話」
ああ言えばこう言う。アリアは口調こそ柔らかいが口うるさい。
しかし、啓示を受けることのできる貴重な聖女候補なので、あまり無下にはできない。
この国の人間の中で、聖女が務まる素質のある人間はごく僅かしかいない。特異な魔力量を持つアリアはその中でも第一位の存在だ。
言い返したい言葉は山ほどあるが、私が自由を得るためにはアリアをただの候補ではなく立派な聖女に育てる必要がある。だから、あまり機嫌を損ねてしまうのもよくない。
いつかこの聖堂をアリアに明け渡して、私は晴れて自由の身を得る。……という計画を遂行するためには、慎重に丁寧な付き合い方をしていかねば。
おだて抜けば、きっとアリアも聖女修行に力を入れてくれるはずだ。
「これ以上院長先生を困らせてはだめですよ? 弱き者を助けるのが、あなたのお役目なのですから……」
「勝手に決めつけるな。私は私が助けたい気分の時に目の前の者を助けるだけで、見知らぬ者をおいそれと救いたいわけではない。なのに、どいつもこいつも私の力を軽視して……」
「誰も軽視なんかしていないですよ。あなたほどのお方をどう軽視しろと言うのですか。国中の人が憧れを抱いているというのに……」
「そのような憧憬など瞬きの間に過ぎない! 私は、私のことをきちんと見てくれる人々の元でのんびり過ごすことができればそれでいいのだ」
「きちんと見てくれる人々、ですか。それならよかったです。ここの人たちは、あなたのことをきちーんと見てくださっていますから。ね? ファウナ院長?」
「え、ファウナ?」
「はい、アリア様」
アリアがにっこりと私の背後に微笑みかけた次の瞬間、がしっと何者かに羽交い絞めされる。ま、まさか……と恐る恐る後ろを振り返ると、ゴゴゴゴ……と顔に影を落とした、笑顔の院長氏がいた。
「ふぁ、ファウナ!? いつの間に!」
「ああ、本当によかったです。アリア様のお蔭で、日が落ちる前にヘスティア様を無事に捕えることができました。今日はゆっくりと夕食の準備ができそうです」
「まあまあ、それはよかった。皆がお腹を空かせてしまっては聖職者としてのお仕事もままならないでしょうから。他に私にできることがあれば遠慮なく言ってくださいね」
「アリア様、なんとお優しい。アリア様がこの聖堂へ来てくだされば、わたくし共も安心して職務を全うできるのですが……」
「うむ、そうだな。私も同じことを思っていた。アリア、この国の聖職界隈はお前に全てやる。だから、私を今すぐ自由にしてくれ!」
「全くヘスティア様ったら、よくありませんよ。聖職界隈などという言い方は」
「それを言うなら、聖女を貶めるのもよくないことだ」
すぐ返すと、「誰も貶めておりませんが」とアリアはあっけらかんと答えた。その太々しさ、まさに聖女にぴったりではないか。「いいから交代しろ! お前が聖女をやれ!」と騒ぎ立てる私に、アリアは全く、と片眉を上げた。
「少しは素直になったらいいのに……」
「私が素直じゃなかったことなどない」
「はいはい、そうですね。ではファウナ院長。また祈りが終わった頃に伺いますから、お話はその時にお願いしますね」
「あ、待てアリア!」
「かしこまりました。……それではヘスティア様」
ぐっと院長氏の力が強くなる。ひくっと喉を鳴らして、後ろを振り返った。
「楽しい楽しい祈りの時間ですよ」
「う、うそをつくな、やめろ……頼む……」
離してくれー! と叫ぶ私を無視して、それからみっちり六時間ほど祈りの儀式ために拘束された。