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第4章:提督、東京で文明を味わう

1853年7月10日、東京。

私は、マシュー・カルブレース・ペリー、アメリカ海軍提督として、この不可思議な日本との交渉を終えた。CPTPPなる自由貿易協定に署名し、我が国の未来をこの異様な国に委ねてしまった。疲れ果てた私は、外務省の田中にこう告げた。

「貴国の要求は呑んだ。せめて、この国の実態をこの目で見たい」

田中は笑顔で頷き、こう言った。

「提督、良い選択です。東京を案内しますよ。少しリラックスしてください」

こうして、私の「東京探訪」が始まった。


田中に連れられ、「駅」と呼ばれる場所へ向かった。そこには、鉄の長い箱――彼らは「電車」と呼ぶ――が轟音と共に滑り込んできた。

「これに乗るのか?」

私が躊躇すると、田中は笑いながら私を押し込んだ。

扉が閉まり、電車が動き出すと、私は目を丸くした。船よりも速く、馬車よりも滑らかだ。だが、車内は人で溢れ、まるで魚の群れのよう。

「貴国はこんな狭苦しい場所で平気なのか?」

「これが日常ですよ。東京の人口は1300万人ですから」

1300万人だと? 我が国の総人口がやっと2000万を超えたばかりだ。この一都市だけでその半分以上とは、驚くべき繁栄だ。


次に田中が連れて行ったのは、「コンビニ」と呼ばれる小さな店。木造の小屋かと思えば、中には色とりどりの品物が並んでいる。

「提督、お腹空きませんか? おにぎりでもどうです?」

田中が差し出したのは、海苔に包まれた米の塊だ。私は怪訝な顔で受け取り、一口かじった。

「これは…美味い!」

米の甘さと海苔の風味が絶妙で、船旅の干し肉とは比べ物にならない。

「これが1個150円、つまり我々の通貨で約1ドルです。庶民でも買えますよ」

1ドルでこんな食事が? 我が国の労働者が1日働いてようやく稼ぐ額だ。この国の豊かさに、私は言葉を失った。

さらに、田中が「カップラーメン」とやらを勧め、店内の湯を注いでくれた。3分待つと、湯気と共に香ばしい匂いが立ち上る。

「これは…麺か? 魔法ではないのか?」

私がスープを啜ると、田中は笑いながら言った。

「ただのインスタント食品です。提督、気に入りました?」

私は頷いた。こんな便利な食事があれば、艦隊の補給も楽になるだろう。


続いて訪れたのは、「秋葉原」という場所。田中曰く、「日本の文化が詰まった街」だ。

街に着くと、色鮮やかな看板に奇妙な絵が描かれている。少女が大きな目でこちらを見ているのだ。

「これは何だ? 肖像画か?」

「アニメのキャラクターです。日本の娯楽ですよ」

田中が連れて行った店には、「フィギュア」と呼ばれる小さな人形や、「漫画」と呼ばれる絵本が山積みだ。私は一冊手に取り、開いてみた。

「戦いの場面か? だが、この女は何故半裸なのだ?」

「提督、それはファンサービスってやつです」

田中の説明に、私は首を振った。武士の国を想像していたが、この日本は想像を超える奇妙さだ。

店を出ると、奇妙な服を着た若者が「コスプレ」とやらで踊っている。私は思わず笑ってしまった。

「貴国の若者は自由だな。我が国では考えられぬ」


最後に田中が提案したのは、「カラオケ」という娯楽だ。小さな部屋に通され、光る箱に歌詞が映し出される。

「提督、歌ってみませんか? アメリカの曲もありますよ」

私が選んだのは「スウィート・ホーム・アラバマ」。田中が機械を操作すると、音楽が流れ始めた。私はマイクを手に持ち、歌い出した。

「ビッグ・ホイールズ・キープ・オン・ターニング♪」

声が部屋に響き、田中が拍手する。

「提督、良い声ですね!」

私は照れつつも、歌い終えた後に笑った。

「我が艦隊でも歌うが、こんな道具はない。貴国は楽しむ術を知っているな」


夜になり、田中と東京タワーの展望台に登った。眼下に広がる光の海を見ながら、私は呟いた。

「この国は、我が想像を超えた。力も、暮らしも、楽しみもだ。貴国との協定は、正しかったかもしれぬ」

田中が微笑んで答えた。

「提督、楽しんでくれて良かったです。日本は貴方の国と友好的にやっていきたいですよ」

私は頷いた。交渉で立場を失った屈辱は、この体験で少し癒された気がした。

――この国を敵に回さず、味方にできれば、アメリカの未来も明るいかもしれぬ。

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