第24章:日本、南米の心を掴む
1858年秋、南米大陸。
欧州で日本派諸国が繁栄し、反日本派が衰退する中、日本は次の舞台として南米に進出した。2025年の技術と経済力を武器に、各国に大規模な支援を申し出ることで、南米諸国を日本とアメリカの勢力下に引き込む計画が始まった。アメリカとの同盟を背景に、日本は南米を新たな味方に変えていく。
東京で、外務省の林美咲大臣と田中が新たな戦略を立てていた。
「欧州の日本派は固まった。次は南米だよ。アメリカと組んで、大陸を我々のものにしよう」
林が地図を指すと、田中が頷いた。
「南米は欧米に搾取されてきた。大規模な支援で心を掴み、日本とアメリカの味方に引き込みますよ」
1858年9月、海上自衛隊の艦船と飛行機を伴った使節団が南米へ出航。船には自動車、機械、医療品、食料が積まれ、支援の準備が整った。
ブラジル
リオデジャネイロに日本の船が到着。皇帝ペドロ2世に、田中が支援を申し出た。
「貴国はコーヒーとゴムで欧米に搾取されてきた。我々が支援します。機械と医療品で貴国を豊かにし、インフラも整備しますよ」
ペドロ2世は日本の「トラクター」と「戦闘機」を見て驚き、
「これほどの支援なら、欧米より日本の方が頼りになる! 受け入れよう!」
と応じた。日本はブラジルに工場を建設し、道路を舗装。市民は「カップラーメン」に感激し、
「日本のおかげで腹が減らない! アメリカと日本万歳だ!」
と歓迎した。
アルゼンチン
ブエノスアイレスでは、日本の使節が大統領フスト・ホセ・デ・ウルキーサに接触。
「貴国の牛肉と小麦を我々が買い、自動車と技術を提供します。貧困から貴国を救いますよ」
ウルキーサは日本の「ホンダ」のトラックに目を輝かせ、
「欧米は我々を貧しくした。日本とアメリカなら未来がある!」
と決断。日本は港を整備し、医療施設を建設。市民は、
「日本の薬で病が治った! 日本とアメリカについていくぜ!」
と支持を表明した。
ペルー
リマに到着した日本は、大統領ラモン・カスティーリャに支援を提案。
「貴国の銅と銀を我々が買い、インフラと教育を支援します。欧米の支配から解放しますよ」
カスティーリャは日本の「ラジオ」と飛行機に驚嘆し、
「これほどの力なら、日本とアメリカが我が救いだ!」
と同意。日本は鉄道を敷き、学校を設立。ペルーの若者は、
「日本のおかげで仕事がある! 欧米よりずっと良い!」
と喜んだ。
チリ、コロンビア、パナマ
チリでは銅山に日本の機械が導入され、コロンビアではコーヒー農園が近代化。パナマには日本の港湾施設が建設され、各国首脳が次々と日本の支援を受け入れた。市民たちは、
「日本とアメリカが我々を救ってくれた! もう欧米はいらねえ!」
と叫び、南米全体が日米に傾いた。
日本の大規模支援は、南米諸国を急速に変えた。
「トヨタ」や「ホンダ」の車両が農産物や鉱物を運び、輸出が急増。日本の企業が工場を建て、雇用が生まれた。市民は「スターバックス」や「寿司」を楽しみ、経済が成長した。
アメリカの後押しで、日本の武器と艦船が南米に配備され、欧米への防衛力が向上。道路、鉄道、港が整備され、物流が効率化した。ブラジルの将軍は、
「日本の戦闘機があれば、もう欧米を恐れねえ!」
と胸を張った。
日本の「アニメ」や「J-POP」が若者に広がり、パナマの市場では、
「日本の歌が最高だ! アメリカと日本についていくぜ!」
と盛り上がった。南米は日米の勢力下に入り、欧米の影響が消えていった。
ロンドンでは、南米の離反にイギリス政府が絶望した。
「南米まで日本とアメリカに奪われた…我が帝国は本当に終わりだ!」
フランスもパリで嘆いた。
「中南米が日米についた。我々に何が残るんだ?」
スペインやポルトガルも同様に、南米の喪失に打ちのめされ、なすすべなかった。
東京で、田中は林に報告した。
「南米が我々の支援で日米につきました。アメリカ大陸は完全に我々のものですね」
林は地図を眺め、笑った。
「アジア、アフリカ、アメリカ、南米…次は欧州の反日本派にトドメを刺すか、世界の残りを固めるかだね」
ワシントンでは、ペリーが大統領に進言した。
「南米が我々と日本についた。俺の開国がここまで来たんだ!」
ブキャナンは頷き、
「日本との同盟は我が国の未来だ。世界を握ろう!」
と意気込んだ。




