第12章:イギリス焦り、日本の手が伸びる
1855年冬、ロンドン。
清への日本の影響が広がり、アジアの勢力図が変動する中、イギリス帝国は危機感に包まれていた。かつてのアジア進出の勢いは失速し、2025年の技術を持つ日本に押されつつあった。一方、日本は大胆にもイギリスの植民地支配に介入し、新たな交渉の網を広げ始めた。
ロンドンの外務省では、清からの報告書が机に山積みになっていた。駐上海領事からの急報が、閣僚たちの顔を曇らせた。
「日本が清の市場を席巻し、我が貿易は半減。自動車と機械が我々の綿製品を駆逐している。日本を止めねば、アジアを失う!」
外務大臣パーマストンは拳を握り潰し、叫んだ。
「武力で対抗しろ! 我が大英帝国の艦隊なら、日本如きを叩き潰せる!」
だが、海軍大臣が首を振った。
「閣下、日本の艦船を見ましたか? 清の港に停泊する『いずも』は、我が最新鋭艦を凌駕します。報告では、空を飛ぶ機械が我が艦隊を一瞬で沈めると…」
テーブルに広げられたスケッチには、海上自衛隊の護衛艦と飛行機が描かれていた。ミサイルの威力、空からの監視能力――イギリスの木造艦と蒸気船では太刀打ちできない。
首相アバディーンが呻いた。
「武力は無理か…経済で対抗するにも、日本の品物が安すぎる。どうすればいいのだ?」
イギリスはアジアでの優位を失いつつあり、打つ手が見つからない焦りが広がった。
一方、日本は次の手を打っていた。外務省の田中と林美咲は、アジアでの影響力拡大をさらに加速させる計画を立てた。
「清は我々の手中にある。次はイギリスの植民地だ。彼らの支配を揺らし、現地勢力を味方に引き込もう」
林の言葉に、田中が頷いた。
「イギリス東インド会社と、現地の反英勢力がターゲットですね。力と利益で懐柔しますよ」
日本は清での成功をモデルに、インドや東南アジアへ使節団を送り込んだ。
1855年末、インドのカルカッタに日本の船が到着。東インド会社の高官、ジェームズ・ハドソンは、日本の使節団に迎えられた。田中が切り出した。
「我々は貴社と取引したい。貴方の綿花と茶を我が国が買い、代わりに自動車と機械を提供します。イギリス本国より良い条件ですよ」
ハドソンは眉をひそめた。
「我々はロンドンの支配下だ。日本如きに取引を求める気か?」
田中は笑い、映像装置を取り出した。清の上海が映し出され、日本の技術で繁栄する街並みが流れた。
「清は我々と組んで欧米を追い出した。貴社が我々に乗れば、ロンドンへの依存が減り、利益が増えますよ」
ハドソンは黙り込んだ。会社は本国の重税に不満を抱いており、日本の提案は魅力的だった。
「…検討する。だが、本国に逆らうのは危険だ」
「危険なら、我々が守りますよ」
田中の言葉に、ハドソンは心が揺らいだ。
日本は東インド会社だけでなく、インドの現地勢力にも接触。マラーター同盟の指導者、ナーナー・サーヒブに使節が訪れた。
「イギリスに虐げられている貴方を助けたい。武器と技術を提供します。共に彼らを追い出しましょう」
ナーナーは日本の飛行機を見て目を輝かせた。
「これがあればイギリスを倒せる! 日本は我が味方か?」
「味方です。貴方が我々と組めば、インドは自由になりますよ」
日本は武器と経済支援を約束し、反英勢力との同盟を模索した。
日本の動きは、東南アジアにも波及した。
シャムでは、日本がイギリスを出し抜き、ゴムと米の交易を拡大。現地王は日本の軍艦を見て、
「イギリスより日本の方が強い。日本と組むぞ」
と決断。ビルマでも、日本がイギリス植民当局に代わり、現地勢力との交渉を始めた。
イギリスはアジア各地で影響力を失い、ロンドンでは閣僚会議が混乱に陥った。
「インドが日本に傾けば、我が帝国は終わりだ! どうにかしろ!」
だが、日本海上自衛隊の艦船がアジアの海を支配し、飛行機が空を監視する状況では、手出しできなかった。
東京で、田中は林に報告した。
「イギリスの植民地が我々に靡きつつあります。清での成功が効きましたね」
林は地図を眺め、笑った。
「イギリスはもうアジアを握れない。次は彼らの本国にプレッシャーをかけようか」
日本の視線は、アジアを超えて欧州に及びつつあった。