第11章：清の民、日本に染まる
1855年冬、清王朝、各地。
日本との協定から1年余り。2025年の技術と経済力を持つ日本は、清の市場を席巻し、その影響は単なる交易を超えて、社会の根底を揺さぶり始めた。伝統とプライドを重んじる清が、日本の風に飲み込まれていく様子は、まるで巨龍が新たな鱗に覆われるかのようだった。
清の農村では、日本の「トラクター」が急速に普及した。広東の農民、陳福は、木製の鍬を捨て、トラクターを手にこう叫んだ。
「これ1台で牛10頭分だ！ 田植えが半日で終わるなんて、日本様々だぜ！」
収穫量が倍増し、余った米や綿花が日本へ輸出されるようになった。農民の収入は増えたが、伝統的な農法を知る老農夫は困惑した。
「機械に頼るなんて、祖先が泣いてるよ…」
それでも、若者たちはトラクターを乗り回し、「日本式農業」を競うように取り入れた。
都市部では、日本の「カップラーメン」が庶民の食卓に浸透。北京の露店で働く娘、小蘭は、湯をかけたラーメンを啜りながら笑った。
「3分で腹が膨れるなんて、まるで魔法だ！ 日本人は頭いいなあ」
価格は安く、労働者階級の間で爆発的に売れた。伝統的な粥や饅頭を作る時間が減り、市場では「日本の食い物が清をダメにする！」と嘆く声も上がったが、庶民の支持は止まらなかった。
さらに、日本の医療品がアヘン中毒者を救った。上海の病院では、日本の薬で回復した男が涙を流した。
「イギリスのアヘンで死にそうだったのに、日本のおかげで生き返った…」
医師たちは日本の薬を「仙丹（神の薬）」と呼び、伝統的な漢方医は仕事を奪われつつあった。
清の重鎮、李鴻章は日本の利益に浴し、生活が一変した。上海の彼の屋敷には、「トヨタ」の自動車が5台並び、家族は日本の「ラジオ」で音楽を楽しんだ。
「日本との交易は我が財を増やし、清を強くする。欧米より頼りになるぞ」
彼は日本の機械を地方に広め、その手数料で私腹を肥やした。部下にも「日本と組めば出世する」と吹き込み、官僚たちの忠誠を日本に傾かせた。
地方でも同様の動きが。杭州の知事、劉安は日本の「織機」を導入し、絹の生産を倍増。輸出で得た利益の一部を懐に入れ、
「日本のおかげで俺は金持ちだ。もっと取引を増やせ！」
と部下に命じた。官僚たちは日本の技術を採用する競争に走り、伝統的な手工業を軽視するようになった。
だが、こうした動きに保守派の高官、琦善は激怒した。
「日本如きに魂を売るのか！ 清の誇りはどこへ行った？」
しかし、彼の声は、経済的誘惑に負けた官僚たちの前では小さかった。
上海や広州では、日本の「自動車」が馬車を駆逐し、道路が拡張された。だが、狭い路地に慣れた住民は困惑。
「馬車がなくなって歩くのも怖いよ！ 日本は何でも変える気か？」
商店街では、日本の「電卓」が帳簿を簡略化し、商人たちが驚嘆した一方、従来のそろばん職人は失業。
「俺の技術が鉄の箱に負けたなんて…」
都市部では近代化が進んだが、失業者や伝統派の不満が溜まり始めた。
日本の影響は教育にも及んだ。北京の学校では、日本の「教科書」が導入され、科学や数学が教えられた。若者たちは「ラジオ」で日本の音楽を聴き、
「清は遅れてる。日本みたいになりたい！」
と憧れを抱いた。伝統的な儒教教育を重んじる老教師は嘆いたが、若者たちの心は日本に奪われつつあった。
庶民の間では、日本への評価が分かれた。農民や労働者は生活が楽になり、
「日本のおかげで腹が減らない。欧米よりずっと良い！」
と支持。一方、伝統を愛する者や失業者は、
「日本は我が文化を壊す悪魔だ！」
と反発。街角では、日本の商品を褒める若者と、それを罵る老人が口論する場面も増えた。
朝廷では、咸豊帝が日本の医療品で健康を保ちつつ、葛藤していた。
「日本は我が民を救い、富をもたらす。だが、清の魂を奪う気か？」
李鴻章は進言した。
「陛下、日本は我々の味方です。欧米を追い出す力になりますよ」
だが、保守派の声も根強く、朝廷は一枚岩ではなかった。
東京で、田中は林に報告した。
「清の民は我々の技術に夢中、高官は金で動く。社会は我々に染まりました。アジアはもう我々のものですよ」
林は笑い、地図を指した。
「清がこうなら、次はどこでもいけるね。世界が我々を待ってるよ」
