第1章:我が艦隊、未知の巨塔に囲まれる
1853年7月8日。
東洋の果て、鎖国の島国「日本」へ向けて、我が艦隊は浦賀沖に到着した。
マシュー・カルブレース・ペリー、アメリカ海軍提督。私の使命は明白だ。野蛮で閉ざされたこの国に文明の光をもたらし、米国との通商を確立すること。蒸気船サスケハナを旗艦に、ミシシッピ、サラトガ、プリマスを従えた我が黒船艦隊は、威厳と力を以てこの任務を果たすはずだった。
だが――何だ、これは?
「提督! 前方に巨大な…塔が見えます!」
甲板で叫ぶ水兵の声に、私は双眼鏡を手に取った。そして見た。そこに広がる光景は、我が生涯で最も不可解で恐ろしいものだった。
日本の海岸線にそびえ立つのは、鉄とガラスでできた異様な塔々だ。数十階、いや、百階を超えるかもしれぬその高さは、まるで天を突く剣のよう。港には木造の和船ではなく、鋼鉄製の巨船が並び、その中には我がサスケハナを遥かに凌ぐ大きさのものもある。そして、空には奇妙な機械が飛び交い、けたたましい轟音を響かせている。
「こ、これは…日本ではないのか?」
私の声が震えた。確かに地図上の位置は日本だ。だが、情報ではこの国は鎖国を続け、弓矢と刀で武装した武士が支配する後進国のはず。それが、目の前に広がるのは、我が国のニューヨークすら超える繁栄と技術の都だ。
「提督、敵艦が接近中です!」
副官のトンプソンが慌てて報告してきた。見ると、海面を滑るように進む鋼鉄の船がこちらに向かっている。だが、その速度と静けさは異常だ。蒸気機関の黒煙すら上がっていない。
「全艦、戦闘準備! 主砲を構えろ!」
私が命じると、艦隊は一斉に動き出した。だが、次の瞬間、その鋼鉄船から大音量の声が響き渡った。英語だ。しかも、驚くほど流暢で洗練されている。
「こちらは日本海上自衛隊、イージス艦『あたご』。貴艦隊は日本領海内にいます。武器を下ろし、意図を明確にしてください。繰り返します、武器を下ろしてください」
「自衛隊? イージス艦?」
私は言葉の意味を理解できず、ただ呆然と立ち尽くした。見ると、その「あたご」とやらの船体には、見たこともない装置が並び、甲板には奇妙な筒――おそらく大砲の類――がこちらを向いている。だが、その威圧感は我が艦隊の火力を遥かに超えていると、本能が告げていた。
「提督、どうしますか?」
トンプソンの声に、私は一瞬迷った。戦うか? いや、無謀だ。この未知の力の前で、我が黒船など木の葉のようにひねり潰されるだろう。交渉しかない。
「信号旗を上げろ。『我々は平和的使節である。貴国と対話したい』と伝えろ」
私の命令に、艦隊は慌ただしく動き出した。だが、心の中では別の疑問が渦巻いていた。
――この国は、いったい何だ? 日本が一夜にしてこうも変わるはずがない。神の仕業か、それとも我々が知らぬ間に別の世界へ迷い込んだのか?
やがて、「あたご」から小さな舟が下ろされ、数人の男が近づいてきた。彼らの服装は奇妙だ。黒い布の服に、首に紐を巻いている。武士の甲冑や着物とはまるで別物だ。
先頭の男が英語で話しかけてきた。
「私は日本外務省の田中と申します。貴方がペリー提督ですね? 状況は複雑ですが、ようこそ日本へ。とりあえず、上陸して話しましょう」
「日本外務省…だと?」
私は目を疑った。鎖国国家に「外務省」などあるはずがない。だが、彼の落ち着いた態度と、その背後に広がる異様な都市の光景は、私に選択の余地を与えなかった。
「よし、上陸する。だが、全員武装を解くな。万が一の備えは怠るな」
私は決意を固めた。この謎の国「日本」が何者であれ、私、マシュー・ペリーは退かぬ。たとえそれが、どんな力を持つ土地であってもだ。