学園最強の女勇者がなぜか俺にだけ懐いてる
王立魔法学園。それは、王国が誇る学術機関であり将来の官僚、軍人を育て上げるエリート育成機関である。
名前に魔法と付いているくせに、魔法以外の勉強もしなくてはいけない詐欺機関である。俺は勉強が嫌いなのだ。
俺の名はシェルト。しがない異世界転生者である。
異世界に転生したという経歴以外は平々凡々で特筆すべきことも何もないただの平民であった。しかし一年ほど前、平民の中から魔法学園に進学することができる『推薦枠』に滑り込み、あれよあれよという間に立派な学生となっていた。
何故俺みたいなやつが推薦されたのかは分からない。平民の中には俺以上に才気あふれた若き芽が沢山いたように感じるのだが、まあなってしまったものは仕方なし。
俺は晴れて学生の身分を手に入れるに至ったのだ。
しかし現実は非情なり。王立魔法学園とは、基本的に貴族や資産家の子どもと言った、権力を持っている家の人間が通うべきところであり平民はごく少数。そんな環境に俺が馴染めるわけもなく、ただ一人孤独だけが友達だった。
だがしかし、俺はめげないしょげない。短いながらも一度は別の人生を歩んできた記憶がある俺にとって、この程度の孤独は既に知っている物だった。
誰とも仲良くできずに、課題提出の日に熱を出して休んだことによって留年した大学生時代を比べればこの程度の孤独は慣れたものだ。
まあそんなわけで、誰かが危害を加えてくるわけでもないこの学園生活は俺にとってはただのヌルゲー。死後の生活を楽しんでいるだけだと考えれば精神的負担も大したことがない。
なんだかんだで学園生活を堪能していた。
俺が思うに、この王立魔法学園というのは前世の大学を真似して作られた物なのではないかと考えている。基本的なシステムが似通っているというのもあるし、初代理事長の名前がガクト・オオハシというのが何よりの理由だ。完全に日本人である。
さて、そんなわけで一人魔法の研究に精を出しながら悠々自適に学生生活を楽しんでいたわけだけれど。
この学校は素晴らしい。俺が孤独であることを見越して部屋まで割り振ってくれるのだからね。実際は事務局に申請して部室を割り当てて貰っただけなんだけど。
制度上は部活を作ることができるのに、部活という概念が一般的ではないあまり最早形骸化して久しいらしいけど、俺はそこに目を付けて学園内に自室を手に入れることができた訳だ。顧問の先生なんていないし。
これで晴れて引きこもりへと昇格した俺はやはり孤独を極めた。
そんなこんなで学年が変わった今日この頃。今年の新入生はどうやら豊作らしいという噂だけを手に入れて、俺は一人部室で魔法の研究をしていた。
この世界の魔法は面白い。基本的に何でもできる。力量さえあればの話だけど。
と言うことで、俺は今魔法を使ったウォシュレットの開発に専念している。やろうと思えば水をケツに噴射すれば良いだけの話なんだけど、それでは浪漫がない。
やはりあの便器の形状と、ボタン一つで手軽に水が出てくるあのトイレを俺は作りたいのだ。
そんなこんなで一人部室でゴロゴロしながらお菓子を貪る。学生としての身分もあるが、俺は俺でなんだかんだ冒険者として日銭を稼いでいたりもするのだ。
怠惰に過ごしながらたまに気になった魔法を習得する。これ以上の娯楽は無いと言って良い。天国があるのなら意外とこういう所だったりするのだろうか。
すると、突然この部屋の扉が開いた。
この部屋に誰かがやってくることなんて今まで無かった俺は人生で一二を争うほどに驚きながら、扉を開けた人物が誰なのかを注視する。
もしかして、こんな自堕落な生活を送っていることがバレて事務局から注意を受けるのだろうかなんて思いながら見ると、そこには学園の制服を身に纏った女子生徒がいた。
恐らく間違って入ってきてしまったのだろう。制服に刻まれている紋章の色は赤。これは色で学年を表すものであり、赤色は今年の新入生の物だ。
「え、えっと……」
新入生の女子生徒は戸惑っているようで、部屋の中を隅から隅まで観察している。
まあ困惑するのも無理はない。ここにあるものは全て俺の記憶の中にある前世の家具の数々だ。机からソファ、小物の数々まで前世の物を参考にして魔法によって再現したものだ。
多少は異世界ナイズしているけれど。
「魔法研究部に何か用事でも?」
俺は扉を開けた少女に一応聞く。まあ、恐らく用事なんてものは存在しないのだろうけど。
「ご、ごめんなさい。ちょっと間違えちゃって」
なんて慌てている女子生徒は正直に言ってかなり可愛い。容姿端麗とはこのことかという感想しか出てこない俺のボキャブラリーの低さを呪うほどである。
「そう。まあ間違いは誰にでもあるし、どうやら新入生のようだからまだ学園に慣れていないのも無理はない」
そんなフォローをしつつも、内心ではこの事態をどうやって収拾しようかななんて考えていた。この部室をこんなにまじまじと見られることがあるとは思わなかったから。趣味全開でちょっと恥ずかしい。
「そう言ってもらえるとありがたいです。と、ところでこの部屋は……?」
おお。まだ会話を続けるのか。
「この部屋?まあ、魔法研究部っていう部活のための部屋。とは言っても、最早俺専用の部屋と化しているんだけどね」
「魔法研究部……?」
「そう。魔法研究部。部活って知ってる?」
「部活……。学園の説明で少し触れられてたような……」
まあその程度の認識だろうね。
多分、初代理事長が学園には部活もないとダメだよね!的なテンションで付け足した制度なのだろう。
「まあ課外活動みたいなものだよ。別に好き勝手出来るわけじゃないけど、学園側に活動内容を提示して認められればある程度の資金と部屋を斡旋してくれる」
今考えると結構破格な条件で部屋と予算を割り当ててくれたものだ。と思ったが、そもそも部自体の母数が少ないから基準も緩くなっているのかもしれない。
そんなことを考えながら俺のこの部屋について目の前の美少女に説明していると、彼女はへーと聞いているのかいないのか分からない返事をしながら、やはりこの部屋を見つめていた。
「あ、あの……。失礼ですけど、お名前は……」
「名前?俺の名前はシェルトだよ。ただのシェルト。平民だからね、苗字は無いんだ」
「へ、平民……」
「そうだよ。ただの平民さ。だけど、この学園じゃ立場による区別は付けないようにって言われているからね。俺の方が先輩なわけだし、敬語は使わないよ?」
例え相手がどんな大貴族だろうが、それこそ王族だろうがこの学園では立場による違いはない。という大義名分を得ているので俺は貴族にタメ口を使っている。
いや、別に敬語を使うのが嫌という訳ではない。しかし、俺は貴族相手にタメ口を言える機会が今世でこの四年間くらいしか存在しないのではないかということに思い至ったんだよ。
平民と貴族が建前上は平等に扱われる世界にいるんだから、こんな貴重な機会を逃すわけにはいかないよね。まあ、タメ口きける相手もいないんだけど。
「い、いえ。私も平民ですから……」
「あれ、そうだったの?」
てっきりお貴族様かと思ったんだけど。
「あの、もしよろしければ私もこの部活に入れて貰えないでしょうか……」
「えっ!?」
「だ、だめ……ですか?」
「いや、ダメじゃないけど」
こんな何をしているのか分からないような部活に入りたいと!?いやー結構変わり者だね。
「そうですか!よかった!」
「……いいけど、一体何を見てこの部活に入りたいなんて酔狂なことを……?」
入りたいというのならばこちらから拒否することは無い。見る限り良い人そうだし、何より可愛い。こんな美少女と2人で活動できるのであれば俺は歓迎する。
しかし、活動内容すらまともに話していないのに即断即決で入ると言ってしまってもよいのだろうかという疑問は尽きない。
「これからよろしくお願いします。先輩!」
この時、俺は知らなかった。目の前にいる女子生徒が、人類最高峰と言われる実力を持つ勇者であることを。
そして、彼女を受け入れたことによって様々な受難が俺を襲うことになると言うことを。
☆
啓示の日、勇気ある者が示され、その勇気を以て世を平穏に導くであろう。
啓示の日、智慧ある者が現れ、その叡智を以て世を照らすであろう。
啓示の日、聖なる者は選定され、その慈愛を以て世を包むであろう。
啓示の日、力ある者は覚醒し、武を以て悪を打ち砕くであろう。
啓示の日、導く者は立ち上がり、その知見を以て世を先導するであろう。
五大英雄。この王国に伝わる五人の英雄とその後継者のことを指す。啓示の日と呼ばれる、預言者が神から言の葉を頂くその日に誕生する大英雄だ。
勇気ある者『勇者』
智慧ある者『賢者』
聖なる者『聖女/聖人』
力ある者『剣聖』
上に立つ者『聖王』
王国の人間であれば誰だって知っている。皆が憧れる英雄たちだ。いつか訪れる啓示の日、五人の英雄はその身体に聖痕を宿し、英雄としての力に覚醒する。
これはお伽噺でも何でもなく、れっきとした事実であり、王国が今に至るまで栄華を極めてきた最たる要因である。
こんなことは、ただの村娘である私だって知っている。王国の基本的な神話の一つだ。それと同時に、私には関係のないことだと思っていた。
かつて実際に存在し、いずれ誕生するかもしれない英雄様。だけど、まさか自分が当人になるなんて、誰が予想できたことなのだろうか。
啓示の日は五年前のある日、唐突に訪れた。
預言者マリエルが神からの啓示を受け取ったと、王国中にその知らせが走った。ある人は喜んだ。王国が再び活気を取り戻すと。ある人は悟った。この一大イベントに乗じて、商売を行おうと。
辺境の村娘だった私にもその知らせはようやく届き、その日は村中大騒ぎ。祭りだ、記念日だと普段は貯蔵しているお肉やお酒を蔵から放出し、飲んで食べての無礼講となった。
その日のことは今でも覚えている。当時は幼かった私は、何が起こったのかよく分からずに、でも美味しいものがたくさん食べれると喜んだ記憶がある。
『これから二年以内に、五人の英雄は誕生するであろう』
まさか、預言者が受け取ったこの啓示が、私の身に降りかかるとはこの時は思いもしなかった。
それから二年も経たずして、私の村は魔物の被害に遭った。付近の山に狂暴な魔物がやってきたらしく、住処を追われた比較的弱い魔物たちが村へと降りてきたのだ。
しかし、私たちだって辺境に住んでいる人間だった。魔物が降りてきたときの対処法くらいは心得ている。だけど、その時は運悪く私の弟が村の外に出てしまっていた。
まずい。と思った。
魔物が山から下ってきているこんな時に、村の外に遊びに行っている弟がどんな目に遭うか。そんなことは考えなくても分かった。この時だろうか、私の中に変な直感を感じ、一目散に弟を探しに走ってしまったのだ。
周りの人の静止を振り切り、私は一目散に弟を探しに出かけた。
両親を幼い時に無くし、肉親と呼べる人間は最早弟一人のみ。私にとって大切だった弟を助けるためならば、命なんて惜しくなかった。
そうして、しばらくしてから弟を見つけた。案の定、魔物と出会っていて一触即発。
そこから先は覚えていない。気がついたら、私は弟を助けていて、そして胸元に覚えのない痣ができていた。
そう。私はこの日、勇者になったのだ。
勇者になったと伝えられた時は、実感が湧かなかった。まるで他人の人生を聞いているような、どこか上の空で薄ぼんやりと、御伽噺を聞いているようだった。
でも、王国の偉い人がある日村に訪れてからは違かった。私は勇者として、たくさんの人を助ける存在になるんだと、そう言われた。
誰かのために生きる。
ただの村娘だった私にとって、この謳い文句は魅力的だった。私の力が誰かを救う。幼い頃から聞いてきた英雄になる。これ以上に魅力的なことは無い。
当時の私は真剣にそう思って、王国の偉い人が言うように軍へと入り訓練をした。13歳の頃だった。教えて貰えば貰うだけ、私の体は技術を吸収し、みるみるうちに強くなった。
大人にだって、魔物にだって負けない強さを手に入れた。
そして、魔物を狩って、狩って、狩って、狩って。
人を助けて、誰かのためになって、正義を貫いて。勇者として、勇者であれと望まれた。
私の力が必要とされていると言うことに、最初のうちは満足していた。でも、勇者として活動してから一年ほど経って、私はすり減っていたことに気づいた。
私の功績は、全て勇者のもの。
『勇者』という偶像だけの功績。誰も私を見てくれない。誰もが『勇者』を見ている。
大人顔負けの実力を持つ私は、周りの人からは恐れられ、妬まれ、媚びられた。英雄としての実力を持つ私は、遠く離れた人からは『勇者』という一面で、讃えられ、賛美され、敬われた。
誰も、私の名前を知らない。
『勇者』としての私しか知らない。
魔物を狩るのは苦手だった。生物を殺すという行為は手に嫌な感覚が残るから。だけど、誰かのために、“勇気”を振り絞って戦った。
狩って、恐れられ、狩って、敬われ、狩って、妬まれて。
勇気ある者は、魔物を狩るにも勇気が必要なんだっていうことに誰も気づいていない。それを誰かに打ち明ける勇気すら持っていないのだ。
嗚呼、なんのために勇者をしているんだっけ。
☆
15歳を迎えた日、私は王立魔法学園に入学することが決まった。なんと、同世代に五大英雄が揃っているらしく、今年はとんでもない年だとあちこちで噂されていた。
みんなは英雄に憧れを抱いている。勇者様と声をかけてくる人が数えきれないほどいた。そんな人たちへの対応もこの二年で慣れてしまっている自分がいる。
初めて会う五大英雄も心なしか、私と同じ目をしていた。
うわべだけの関係。学園に入学しても変わらぬ日常に、私は嫌気が指して誰もいない教室へと逃げるように去った。
そして、たまたま入ったそこは既に先着がいた。
見たこともない家具、見たこともない光景。
寝心地が良さそうなソファに寝転がりながら、適当に魔法の開発をしている一人の男子学生がそこにはいた。
「魔法研究部に何か用でも?」
そこからは驚きの連続だった。どうやらこの教室は半ば彼の所有物であり、好き勝手にリフォームしているのだと言うことも知った。
自分の常識を疑うような出来事が目まぐるしく起こっているせいで、気にも留めていなかったけどこの人はよく見たら私を見ても騒がない。
五大英雄が入学したという話は知らない人はいないくらいには有名な話だというのに。
少し興味が湧いて、私はその男子生徒に質問をした。
「あ、あの……。失礼ですけど、お名前は……」
「名前?俺の名前はシェルトだよ。ただのシェルト。平民だからね、苗字は無いんだ」
「へ、平民……」
「そうだよ。ただの平民さ。だけど、この学園じゃ立場による区別は付けないようにって言われているからね。俺の方が先輩なわけだし、敬語は使わないよ?」
シェルト。
聞いたことがあった。入学初日から話題になっていた、変わり者シェルト。変な魔法の開発をして、時間を無駄にしている生徒がいると聞いたことがあった。多分、この人がそのシェルトだろう。
そしてどうやら、私と同じ平民であることも分かった。
なんだか敬語云々について彼なりの持論を展開しているけれど、私だって同じ平民だと言うことを一応アピールしておこうと思って、話し掛ける。
「い、いえ。私も平民ですから……」
「あれ、そうだったの?」
雷に打たれたかと思った。
このシェルトという人は、私のことを全く知らない。私が誰なのかも、どういう立場の人間なのかも全く知らない。
確かに私は平民だけど、その前に勇者だ。貴族すらも逆らえない大英雄。そんな私を前にして、初めて知ったとばかりに私が平民だと本気で思っている。
私を勇者として見ない人が目の前にいる。何も称号を持っていない、ただの平民の娘として見てくれている人が目の前にいる!
そして私は、気が付いたらこの部活に入れてくれないかと頼んでいた。
☆
それから二週間が経過した。
「いや、ルチアって勇者だったんだな。俺びっくりしたわ」
「そうですか?そんなにいいものじゃないですよ勇者って」
「そう?……まあそっか。なんかめんどくさそうだしな」
「そうですよ~」
今は楽しく学園で先輩と二人で魔法の研究という名の自堕落な生活を楽しんでいる。私をルチアと呼んでくれる、ちょっと常識が欠落した先輩と一緒に。
先輩は、私が勇者だと知っても態度を変えなかった。
『勇者?ほへーすごいじゃん。え、俺よりずっと強いってこと?魔法の才能も突出してる?もうこの部活に俺要らなくね?』
勇者だと明かした最初の反応はそんなものだった。その程度だった。勇者と知って、私を『ルチア』と呼んでくれる。それだけで、私は嬉しかった。
「これから、よろしくお願いしますね。先輩?」
「まあ、ぼちぼち気楽にな」
末永く、よろしくお願いしますね?