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 まず姫が戸口をお出になられると、(せき)も後を続きました。すでに(くるま)の準備が整い、車夫は踏み台の(ちり)を払って待っています。このあたりは町の場末で、たくさんの小さな家が建ち並び、人々は皆、姫のお姿を拝もうとして、軒先(のきさき)に立つ人も数多い上に、羽織(はおり)(はかま)を身につけた新年の挨拶回りをする通りがかりの者や、賀辞(がし)言祝(ことほ)門附(かどづけ)芸人らしき、烏帽子(えぼし)素袍(すおう)姿の者、法被(はっぴ)股引(ももひき)姿や、子を背負う者、孫の手を引いている者、荷物を抱えている者など、所狭しと集っていましたが、いざお出ましと見た人々が波を打ってサッと分かれて空けた道を、五、六メートルほどお歩きになった姫は、お(くるま)近くにお寄りになりました。


 それからすこし時間をおいてのこと。

 (すす)で黒ずんだあばら屋のなかから、よぼよぼと出てきたのは屑屋(くずや)です。

 おやじの身の回りからは、うってかわって殺気が()せて、恐ろしい表情も崩れてしまっています。笑いたい、泣きたい、何かを訴えたいという、なんともいえない表情を浮かべ、腰を(かが)めぎみに這うようにして、先に家から出てこられた姫様と関の後について出てきました。

「お乗りくださいませ」

 と(せき)が申して、御帯(おんおび)にそっと手をかけ、帰りの(くるま)にお乗りになる姫をお助け申すあいだ、車夫は手を地に付けています。

 そこへ人混みを押し分けて、小荷物を脇に抱えた一人の娘が小走りでやってくると、家の前の様子を見て、うろうろしながらためらっていました。屑屋はその姿を見ると、付いていた両手を上げて、

「おう、雪か。ちょっとこちらに」

「あい、あい」

 と進み寄ったその娘を、おやじは(そば)に引きつけながら笑顔を向けて、また頭を下げ、

「ええ、ええ、これが、先ほど申しました一人娘でござります。はい、な、な、なにとぞよろしくお願いいたします。この子の身の振り方が決まりましたら、もう何も思い残すことはありません」

 と、ただただ声をふるわせています。

「いい娘さんですね」

 関は俥に乗りかけながら、

姫様(ひいさま)

 とお顔を見ました。

「これ、ええ、ご挨拶を申さぬか。ぼんやり者め」

 と、屑屋はどぎまぎしている娘をしかりつけています。

 姫は振り返ってご覧になり、

年齢(とし)は?」

姫様(ひめさま)のほうがお二つばかりお年上でいらっしゃいます」

「うむ」

 と(うなず)いて微笑みなさいました。

 屑屋はそのお顔にしみじみと見入って、

「ええ、もったいない。虫けら同然の屑屋風情(ふぜい)が、お姫様にお(つむり)を下げさせました。ば、(ばち)があたります。この身に罰もあたれと思うほど、ようこそ、おいで下さりまして、おわびなされてくださりました。あやまられまして泣きまする」

 と人目も恥じずに感激をあらわにして、老いの身を道路に投げかければ、あれを見ろ、日本一の因業(いんごう)おやじが涙を流して泣いているぞと、群集がどよめきます。そこに高崇寺(こうすうじ)から三人の迎えの腰元が俥を飛ばしてやって来ると、その場で乗り捨てた俥の左右にばらばらと立ち並びました。

 姫ははればれとしたご様子。花やかにさす夕陽の光に、そのお顔をサッとお染めになられました。目にも晴れやかなそのご様子を、周囲の人々はまばゆく思うほどです。手なぐさみにお持ちになり、胸のあたりにお当てなさっていた扇を半ば開いて、御顔(おんかお)におかざしになったとき、車夫が梶棒(かじぼう)をスッと上げました。ふたたびハッと(こうべ)を垂れてお見送りをする、老人と娘、そして腰元たちが寄せる敬愛の念を、姫はその目でお受けとめになられる。(おん)後ろ姿の首筋は白く、銀地の扇はきらきらと月の光が流れるようで、矢よりも早く行ってしまわれます。


(了)


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