七
七
まず姫が戸口をお出になられると、関も後を続きました。すでに俥の準備が整い、車夫は踏み台の塵を払って待っています。このあたりは町の場末で、たくさんの小さな家が建ち並び、人々は皆、姫のお姿を拝もうとして、軒先に立つ人も数多い上に、羽織袴を身につけた新年の挨拶回りをする通りがかりの者や、賀辞を言祝ぐ門附芸人らしき、烏帽子、素袍姿の者、法被、股引姿や、子を背負う者、孫の手を引いている者、荷物を抱えている者など、所狭しと集っていましたが、いざお出ましと見た人々が波を打ってサッと分かれて空けた道を、五、六メートルほどお歩きになった姫は、お俥近くにお寄りになりました。
それからすこし時間をおいてのこと。
煤で黒ずんだあばら屋のなかから、よぼよぼと出てきたのは屑屋です。
おやじの身の回りからは、うってかわって殺気が失せて、恐ろしい表情も崩れてしまっています。笑いたい、泣きたい、何かを訴えたいという、なんともいえない表情を浮かべ、腰を屈めぎみに這うようにして、先に家から出てこられた姫様と関の後について出てきました。
「お乗りくださいませ」
と関が申して、御帯にそっと手をかけ、帰りの俥にお乗りになる姫をお助け申すあいだ、車夫は手を地に付けています。
そこへ人混みを押し分けて、小荷物を脇に抱えた一人の娘が小走りでやってくると、家の前の様子を見て、うろうろしながらためらっていました。屑屋はその姿を見ると、付いていた両手を上げて、
「おう、雪か。ちょっとこちらに」
「あい、あい」
と進み寄ったその娘を、おやじは傍に引きつけながら笑顔を向けて、また頭を下げ、
「ええ、ええ、これが、先ほど申しました一人娘でござります。はい、な、な、なにとぞよろしくお願いいたします。この子の身の振り方が決まりましたら、もう何も思い残すことはありません」
と、ただただ声をふるわせています。
「いい娘さんですね」
関は俥に乗りかけながら、
「姫様」
とお顔を見ました。
「これ、ええ、ご挨拶を申さぬか。ぼんやり者め」
と、屑屋はどぎまぎしている娘をしかりつけています。
姫は振り返ってご覧になり、
「年齢は?」
「姫様のほうがお二つばかりお年上でいらっしゃいます」
「うむ」
と頷いて微笑みなさいました。
屑屋はそのお顔にしみじみと見入って、
「ええ、もったいない。虫けら同然の屑屋風情が、お姫様にお頭を下げさせました。ば、罰があたります。この身に罰もあたれと思うほど、ようこそ、おいで下さりまして、おわびなされてくださりました。あやまられまして泣きまする」
と人目も恥じずに感激をあらわにして、老いの身を道路に投げかければ、あれを見ろ、日本一の因業おやじが涙を流して泣いているぞと、群集がどよめきます。そこに高崇寺から三人の迎えの腰元が俥を飛ばしてやって来ると、その場で乗り捨てた俥の左右にばらばらと立ち並びました。
姫ははればれとしたご様子。花やかにさす夕陽の光に、そのお顔をサッとお染めになられました。目にも晴れやかなそのご様子を、周囲の人々はまばゆく思うほどです。手なぐさみにお持ちになり、胸のあたりにお当てなさっていた扇を半ば開いて、御顔におかざしになったとき、車夫が梶棒をスッと上げました。ふたたびハッと首を垂れてお見送りをする、老人と娘、そして腰元たちが寄せる敬愛の念を、姫はその目でお受けとめになられる。御後ろ姿の首筋は白く、銀地の扇はきらきらと月の光が流れるようで、矢よりも早く行ってしまわれます。
(了)