六
六
姫は瞬きもなさらず、屑屋に顔を睨みつけられてからは、石になったようにお立ちになっています。おやじが立ち去るのをご覧になって、引きつけられるかのようにするすると歩みを進めて後を追いかけなさいましたが、ふと門のところで立ち止まって、こちらを振り返りもしない屑屋の後ろ姿をお見送りになっていらっしゃいました。
腰元はあっけにとられて見ていましたが、姫はお手からすべらせるように羽子板をお落しなさって、脇目もふらず一直線に本堂まで駆け戻ると、
「関」
と保母の名を呼びながら、そのすらりとした腰にしっかりとしがみつき、彼女の胸にお顔をお当てになられました。そのただならぬご様子に、関ははっと胸を打たれて、背中をおさすり申しながら、
「姫様、どうあそばされました。屑屋が何か申しましたか、え、え、姫様」
とまくしたてるように伺いながら、姫を慰めます。
「あやまって、あやまって」
と姫は、絶え入るような声でおっしゃっています。
腰元たちが集まってきて、これまでのいきさつを話しました。
「あれはあなた、有名な、ひどい因業爺でございますの。昔は金持ちだったっていいますが、それにしても根性がねじ曲がっています。かといって何か悪いことをいたしたわけじゃないんでしょうけど、頑固で、恐ろしく強情で、ああやって屑屋をしておりましてもね、無愛想のなんのって、これはいくら、いくらと言うから、もうすこしお買いと言ったら、ふいっと行ってしまうんだそうではございませんか。そんなふうだから誰も相手にいたしません。だからもうひどく貧乏をしていて。米屋だの薪屋だのがきびしく催促でもしようものなら、手前の店の軒で首を吊るからそう思えって、恐ろしい顔をして睨みつけますんですって」
「おっかない人みたいだねえ」
「それから役場からね、人頭税の徴収なんかにいらっしゃるお役人が困るんだそうでございますよ。いくら滞納してるかわからないほどなもんですから、財産を没収するって申しますと、そんなことができるならしてみるがいい、おのれ、家に火をつけて町中焼きまくってやるからって、もう滅茶苦茶なんですね。普段の態度からして、ひょっとするとやりかねないじゃあございませんか。そんなだから税を集める担当者たちが少しずつお金を出し合って、お主に提出する帳尻を合わせてるんですって」
「いやなじじいだねえ。罰あたりにも姫様を睨んでさ。親を睨むとカレイになるっていいますから、あいつはいまにヒラメにでもなるんじゃないでしょうかね」
「姫様、ご機嫌を損じられるまでもありません。もうお許しになられませな。そのかわりあいつには罰があたりますから」
と、見当違いなことを言ってなぐさめる者もいました。
関は腰元らの言うことを、ずっと無言で聞いていましたが、やがて頷いて微笑み、姫のほうに顔を寄せると、自分の胸に埋めなさった姫の顔を差し覗いて、
「これは、よくお気がつきになられました。すぐにお使いをつかわしましょう」
「いいえ」
「はい、それでは私がおわびを申しに参りましょうか」
「いいえ、お前、いっしょに来て。わたしが行こう」
とおっしゃって、涙をためた御目で見上げなさいました。関はしばらく考えていましたが、
「すぐお俥を」
と腰元たちを振り返って命じます。なぜ姫たるお方がそんなことをなさるのか理解できない下女たちが、驚いたのも当然です。