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 ルシエンヌの決意も虚しく、魔力は思ったようには回復しなかった。

 アマンが言うには、これでもずいぶん早いらしいのだが、産後半年経ってようやく椅子に短時間座れるようになっただけ。


「ねえ、アマン。まだレオルドには会えない?」

「残念ながら、ルシエンヌ様が完全に回復されるまでは許可できません」

「でも、少しくらいなら……」

「正直に申しますと、私も実は少しくらいなら、とは思っておりました。ですが、どうやらレオルド様は陛下以上にお力が――魔力が強いようなのです。陛下が幼い頃にその魔力の強さで大変なご苦労をされていたことはご存じでしょう? だとすれば、未知数の魔力を秘めておられるレオルド様が母であるルシエンヌ様にどれほど影響されてしまうのか、また影響を与えてしまうのかがわかりません。ですからどうか、ご辛抱ください」

「……わかったわ」


 ルシエンヌはアマンの訴えを聞いて、素直に引き下がった。

 未知数の魔力を持つというレオルドのことが心配でならないが、それならなおのこと自分がしっかり回復しなければと理解したからだ。

 アマンはルシエンヌの愛人だ何だと噂されているが、実際はオレリアの主治医だったのだ。

 正確に言えば、オレリアが離宮へと居を移す前の旅で出会い主治医にと招請した医師の子であり、高齢の父親から引き継いだのである。

 そのため、アマンはオレリアの存命中からルシエンヌに乗り換えた狡猾で不義な男性だと陰口を叩かれているのだが、当人はまったく気にしていなかった。

 それどころか、ルシエンヌやリテたち真実を知る者の間では笑い話になっている。

 なぜなら、アマンは男装した女性だからだ。


 魔力を持つ女性は、成長するとともに強い魔力を持つ子を産むために魔法を使うことを、上流階級の女性たち同様に禁止されることが多い。

 だが、アマンはそれをよしとせず、父のような医師に――治癒魔法を扱える医師になりたいと学び続けたのだ。

 父親もアマンの意思を尊重してくれはしたが、女性が医師として働くためにはやはり性別を偽る必要があり、父親の勧めもあって男装することになったのだった。

 アマンが二人の皇妃の愛人と思われているのも、その美しい容姿も理由の一つだろう。


(アマンも女性の姿になれば、絶対モテモテになるでしょうに、そんなことよりも自分らしく生きることを選んだのよね……)


 ルシエンヌはアマンを医師として信頼しているだけでなく、自分らしく生きる女性として、憧れの存在でもあった。

 だからこそ、アマンの指示にはきちんと従っているのだ。

 たとえどんなに愛する息子に会いたくても我慢するしかなかった。

 しかも、アマンは母子の魔力の相関性を父親から学び受けよく知っており、その判断に間違いはないはずである。



 それからひと月あまり経った頃。

 部屋の中なら歩けるほどに回復したルシエンヌは、その日もリハビリがてら書架の本を取るためにゆっくりと立ち上がった。

 そのとき、部屋の外がにわかに騒がしくなる。

 ルシエンヌがいったい何事かと振り向くと同時に、扉が勢いよく開かれた。


「なんだ、元気じゃない!」

「……クロディーヌ」

「ええ、あなたの従妹のクロディーヌよ。もうずっと会っていないから忘れられたかと思ったわ」


 忘れたくても忘れられるはずがない。

 それでもどうにか心の奥へと押し込んでいたのに、油断していたせいで一気に心に嫉妬と羨望が広がっていく。

 同時に魔力が乱れて倒れそうになったが、書架に手をついて必死に自身を支えた。


「ルシエンヌ様! 申し訳ございません!」

「あら、リテ。久しぶりね。それで、何を謝っているの? まさか私がルシーのお見舞いに来たことに、何か問題でもあるの?」

「それは――」

「リテ、お茶を淹れてくれる? 先触れがなかったからって気にしないわ」


 ルシエンヌはクラクラしながらもリテを庇い、何てことないとでもいうようにソファへとゆっくり歩いて座った。

 目の前は霞がかかったようにぼんやりし、頭もぼうっとする。

 それでも必死に声を絞り出して、クロディーヌに椅子を勧めた。


「どうぞおかけになって、クロディーヌ」

「ありがとう。でも、あまり長居をしては悪いから、もう帰るわ。いつまで経ってもレオルドに会いに帰ってこないから心配したけど、元気そうでよかったわ。レオルドはもう一人で立てるようになったのよ。すっかり私に懐いてくれて、本当に可愛いわ。レオルドを産んでくれて、ありがとう。おかげで私は苦しまず体型も崩すことなく、母親になれたわ」

「違うわ! レオルドの母親は私よ!」


 にっこり笑うクロディーヌの優しい言葉を受け入れかけたルシエンヌだったが、とんでもない発言に思わず立ち上がって悲鳴のような声を上げた。

 怒りのせいか目の前がちかちかする。

 そんなルシエンヌを見て驚くでもなく、クロディーヌは余裕の笑みを浮かべたまま反論した。


「あら? いったいあなたのどこが母親だというの? 産むだけで母親になれるわけじゃないのよ? 子育てって本当に大変なの。特にレオルドはよく熱を出すし……。まあ、ここでのんびり静養といいつつ自由を満喫しているあなたにはわからないでしょうね」

「そ、それは……」

「だって、一度も抱いてあげていないんでしょう? 本当にあの子が気の毒だわ」


 クロディーヌの言葉は鋭い刃となってルシエンヌに刺さり、返す言葉もなかった。

 血の気が引いて荒く浅い呼吸をするルシエンヌを心配することなく、今度は満足げな笑みを浮かべると、お茶も飲まずに立ち上がった。


「ルシー、あなたは薄情な母親だけれど、無理をする必要はないわ。レオルドはあなたの存在を知らないんだもの。だからこのまま私がレオルドの母親として、立派に育ててあげるわ。じゃあね」

「ま、待って……」


 言うだけで言って去っていくクロディーヌを引き止めたいのに、動くことさえできない。

 ルシエンヌはどうにかクロディーヌを追いかけようとして、一歩前へ震える足を踏み出し倒れてしまった。

 そこに慌てた様子で部屋に入ってくるリテとアマンをぼんやり認めて、ルシエンヌは気を失ったのだった。




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