番外編:手紙
その夜。
お昼の出来事ーークレイグの悪戯染みたキスに抗議しようと寝室で待ち構えていたルシエンヌは、やってきたクレイグの様子に気勢を削がれた。
「クレイグ、何かあったのですか?」
急ぎ駆け寄ったルシエンヌは、クレイグの手にある手紙の束に気づいて目を瞠った。
その封筒に書かれた字は自分のもの。
ルシエンヌは『やはり』という気持ちと『今さら』という気持ちで複雑になった。
「どこでそれを?」
「クロディーヌ付きのメイドの部屋にあったようだ」
「メイドの?」
ルシエンヌはクレイグの返答に驚いた。
離宮での療養中にレオルドに宛てて書いた手紙に何の反応もないのは、クロディーヌが手を回しているのだろうと予想はしていた。
正直なところ、すでに処分されてしまっていると思っていた手紙は封も切られていなかった。
「この手紙は今日見つかり、私の許へ届けられた。アーメント侯爵一派などの関係者宅や部屋については、証拠隠滅を防ぐために一気に押さえていたのだが、やはり確認作業に時間がかかって、この手紙の発見も遅くなってしまったようだ。すまない」
「いえ、いいんです。まさか残っているとは思っていなかったので、こうして手元に戻ってきただけでも嬉しいです。ありがとうございます」
手紙の束を受け取りながらのクレイグの説明と謝罪に、ルシエンヌは首を横に振って答えた。
押収品の中から不正の証拠になるものなど選り分けるだけでも大変な作業だろう。
その中でこの手紙を見つけ、クレイグの手元に届けてくれた者たちに感謝の気持ちがさらに募る。
何もかもが一段落したら、彼らにもしっかりとした褒賞と休暇を与えようと、ルシエンヌとクレイグは話し合って決めていた。
「投獄されているメイドに話を聞いたが、これらの手紙はクロディーヌに処分するよう言われたようだ」
「でも、処分しなかったんですね」
「ああ。やはり気が引けたらしい」
「そのメイドには、重い罰が下るのですか?」
「いや、彼女は望んでクロディーヌのメイドになったわけではないようだ。これらを処分せず隠し保管していた良心を加味して、帝都からの追放処分とする予定だ」
「そうですか……」
クロディーヌ付きの使用人たちには気の毒な部分もあるが、今まではその立場ゆえの恩恵を享受していたこともあり、何かしらの処罰は受けなければならない。
しかし、帝都からの追放処分なら軽いほうだろう。
クレイグの話を聞いたルシエンヌはほっと息を吐いた。
「問題は、私への手紙まで一部抜き取られていたことだ。私の秘書官は信頼できる者で固めていたが、通書官までは手が回っていなかった。重要書類は秘書官が直接取り交わすようしていたが……あなたからの手紙はどうやらクロディーヌが指示して抜き取られていたようだ」
「それでは……ひょっとして、お花のお礼も?」
「ああ、残念ながら受け取っていなかった。それどころか、クロディーヌがその手紙を読み、私があなたに花を贈っていることを知って、花が届かないように手配していた」
「そこまで……」
回復してから多くの花がクレイグから贈られていたことに、ルシエンヌが驚きつつも書いたお礼の手紙は届けられなかった。
それどころか、それ以来お花が届かなくなったことで、ルシエンヌはクレイグを誤解してしまったのだ。
申し訳なくて俯いたルシエンヌは、受け取った手紙の束の中に一通の見慣れない封筒を見つけて取り出した。
他はルシエンヌからレオルドに宛てたもので封も切られていないが、それだけは封が切られている。
しかも宛名はルシエンヌで、裏返せば差出人はクレイグだった。
「その手紙が届いていないということは、あの花も届けられなかったのだろう。今になって悔やんでも仕方ないが、たとえあなたに会えなくても、直接離宮に届けに行くべきだった」
「……今、読んでもいいですか?」
「ああ」
消沈した様子のクレイグの言う「あの花」が気になり、ルシエンヌは手紙を目の前で読むことにした。
贈られていた花束は庭師などに用意させたものだろうと思っていたが、手紙を読み進めたルシエンヌの手はかすかに震え、ぐっと唇を噛んだ。
ルシエンヌがレオルドと初めて中庭を散歩したときに、「父様が三回お散歩に連れていってくれた」という言葉を思い出す。
その散歩でレオルドが興味を示し、綺麗だと言った花をクレイグは花束にしてルシエンヌに贈ってくれていたのだ。
それまでに贈った花束に対して何の反応も示さないルシエンヌに、それでも元気づけようとレオルドからの花束として。
それが無残に捨てられていたとしたら――証拠を残さないためにもおそらく処分されたのだろう花束を想い、ルシエンヌはクロディーヌに対しての同情も消えてしまった。
クレイグが悔しがるのもよくわかる。
「……許されるなら、クロディーヌの許へと赴き罵りたいくらいに怒りが湧いています」
「気持ちはわかる」
「ですが、今の私の立場は……クレイグも私も、そのような行動が許される立場ではありません」
「そうだな」
皇帝どころか皇妃までもが、幽閉されている罪人に会うことなど簡単にはできない。
それも、ルシエンヌの今の怒りは私怨でしかなく、謀反人に対して面会する理由にはならないのだ。
「このことをレオルドは知らないのですよね?」
「ああ。あの頃はできるだけルシエンヌの――母親の話題は避けていた」
「ありがとうございます」
あの頃のルシエンヌはレオルドに会うことだけが生きがいだった。
だが、クレイグにしてみれば、息子を拒絶したルシエンヌを信用することはできなかったのだろう。
レオルドからの花束にさえ何の反応もしなかったルシエンヌに、クレイグが再会当初怒りと警戒を滲ませていたのも当然である。
息子を守るための気遣いに、ルシエンヌは気にする必要はないと微笑んでお礼を言った。
手紙にはレオルドのことがたくさん書かれており、贈った花束は初めて庭に出て指さし興味を示した花々だとあったのだ。
「私は……忙しさを理由にあなたに拒絶されることを恐れて直接会話することを避け、疑うべき者を信じ、多くの時間を無駄にしてしまった」
「それなら、私も同じようなものです。それでも、レオルドの存在が私たちにやり直す機会を与えてくれました。ですから、私たちはこれからたくさん幸せになりましょう」
「その通りだな」
後悔することはたくさんある。
だが今は、レオルドを中心に家族三人で過ごすことできるのだ。
それがどれだけ幸せなことか、ルシエンヌもクレイグも身に染みてわかっている。
クレイグの穏やかな微笑みに胸が温かくなったルシエンヌは手紙を封へと戻し、レオルド宛ての手紙とともにチェストへと大切に仕舞った。
それをじっと見守っていたクレイグがぽつりと呟く。
「……レオルド宛ての手紙を渡すかは、ルシエンヌが決めてくれ」
「わかりました。でも今はまだ……いつか、落ち着いたら読んでもらおうと思います」
レオルドは平気なふりをしているが、あの聡い子が今回の騒動に気づいていないはずがないのだ。
そこに、母からの手紙をずっと隠されていた――それどころか処分されていたかもしれないと知ると、きっと傷つくだろう。
それも必要のない自責の念にかられるかもしれない。
「レオルドは……優しすぎますから」
「それは母親に似たんだな」
チェストの前で佇むルシエンヌを、背後からクレイグが抱きしめる。
その逞しくも温かな体にルシエンヌは背を預け、守るように回された大きな手に手を重ねた。
クレイグはルシエンヌの艶やかな髪にキスをし、柔らかな頬へとキスをする。
それから耳にキスされたルシエンヌは、くすぐったさに小さく笑った。
途端に抱き上げられ、驚き慌ててクレイグの首に両腕を回したルシエンヌは、悪戯っぽい笑顔を目にして唇を尖らせた。
すると、今度はその唇にキスが落ちる。
キスは徐々に深まり、気がつけばルシエンヌはベッドへと横たえられていた。
「驚きの展開です」
「嫌か?」
「嬉しい驚きは大歓迎です」
笑いながら答えたルシエンヌは、両手に力を入れてクレイグを抱き寄せた。
クレイグも応えて笑い、二人は幸せに満たされたのだった。
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