番外編:家族団欒
ヘルツオーク帝国内を揺るがす謀反計画を阻止し、トランジ王国との交渉も終わって皇宮内も落ち着いてきた頃。
寝る間も惜しんで働いていたクレイグも、愛する妃のルシエンヌと息子のレオルドとの時間をようやくゆっくり取れるようになっていた。
最近はルシエンヌもクレイグを支えるため、皇妃として執務を担っている。
そのため、レオルドと過ごす時間が減ってしまったのは残念ではあったが、食事と午後の遊びの時間は必ず一緒にとるようにしていた。
そして今日は、昼食にクレイグも参加するのだ。
ルシエンヌは昼食の時間が近づき、いったん仕事の手を止めると、レオルドの部屋へと逸る気持ちを抑えて向かった。
「レオルド、今日はどんなお勉強をしたの?」
「かあしゃま!」
ルシエンヌが顔を見せると、レオルドはぱっと顔を輝かせて駆け寄る。
その姿を教師はにこにこしながら見守り、ルシエンヌに頭を下げて退室していった。
ルシエンヌもまた軽く頷いて教師を見送ると、レオルドを抱き上げ微笑んだ。
「きょうは、あめとかわのながれをべんきょうしました!」
「それは難しそうね?」
「そうですねえ。あめがふって、たすかることもあれば、こまることもあるって、たいへんです」
もうすぐ三歳になるとはいえ、幼い子には難しすぎる授業内容だが、レオルドはきちんと理解できてしまうらしい。
本人も楽しんでいるので、それなら制限する必要もないとクレイグと話し合い、レオルドが望むことはどんどん教えてあげてほしいと教師たちにはお願いしていた。
ただし、今はまだ政治経済的なものは避けている。
そのうち嫌でも学ばなければならないのだが、さすがにそれは七歳くらいからでも遅くないだろうと判断したのだ。
「でも、せんせいがいってました。とうしゃまはあめもあやつれるって」
「まあ、それはすごいわね!」
「レオルド、ルシエンヌも信じないでくれ。それは先生が大げさに言ったんだ」
「とうしゃま!」
レオルドが得意げに教えてくれたことにルシエンヌが驚いていると、クレイグの困ったような声が割り込んだ。
振り向けばいつの間にかクレイグがやって来ており、喜んで身を乗り出すレオルドをルシエンヌから抱き取った。
そのままレオルドのぷっくりした頬にキスをし、ルシエンヌの唇にキスをする。
途端にレオルドが嬉しそうに声を上げた。
「とうしゃまがかあしゃまにきしゅしました~!」
その可愛らしい報告に、控えていた侍女たちが笑いを堪えている。
真っ赤になったルシエンヌは、それでも何でもないふうを装い、侍女たちに昼食の用意を指示した。
侍女たちは心得たもので、すぐに動き出す。
「レオルド、母様が恥ずかしがっているから、大きな声では言わないであげてくれ」
「ちいさなこえならいいですか?」
「そうだな。いいと思うぞ」
できれば小さな声でもやめてほしかったが、ルシエンヌは口を挟むことなく、クレイグをちらりと見た。
クレイグは楽しげに微笑んでいる。
ルシエンヌにしてみれば少しくらい文句を言いたくはあったが、楽しそうなクレイグを見ると何も言えなくなってしまった。
それどころか、嬉しくさえ思ってしまう。
クレイグがこんなに感情を表に出すようになるなど、少し前までなら信じられなかったからだ。
「さあ、レオルド。手を洗いましょう」
「かあしゃまもとうしゃまも」
「ええ、もちろんよ」
「レオルド、今日は母様と父様の手も洗ってくれるか?」
「はい!」
レオルドは浄化魔法をしっかり操れるようになったので、クレイグのお願いが嬉しかったようだ。
魔法の中では簡単な部類に入るとはいえ、手を浄化するのは繊細な調整が必要になる。
クレイグはレオルドを椅子に座らせてから両手を差し出した。
レオルドは真剣な表情で差し出された大きな手を見つめ、魔法を繰り出す。
「レオルド、上手くできたな。とても綺麗になった。ありがとう」
「すごいわ、レオルド。じゃあ、次は母様の手をお願い」
「えへへ」
大げさではなく、本当に上手く浄化魔法を施すことができたレオルドをクレイグもルシエンヌも明るく褒めた。
レオルドは嬉しそうにしながらも、差し出したルシエンヌの両手を真剣に見つめる。
再び上手に浄化魔法を施し、侍女たちも加わってレオルドを褒め、照れながら自分の手も綺麗にした。
そしてレオルドを中心に家族三人で会話をしながらの食事を楽しんだのだった。
「――それじゃあ、父様は仕事に戻るが、また明日の朝食は一緒にとろう」
「はい! たのしみです!」
食後のお茶を飲み終わるとクレイグは立ち上がり、レオルドよりも先にルシエンヌに手を貸して立ち上がらせた。
その様子をレオルドは嬉しそうに見ている。
それからクレイグに抱き上げられると、今度はレオルドから父の頬へとキスをした。
「とうしゃま、おしごとがんばてください」
「ありがとう、レオルド」
レオルドの励ましに嬉しそうに答えたクレイグは、ルシエンヌをじっと見つめた。
それどころかレオルドまで、ルシエンヌがなぜ父にキスをしないのかというように見つめる。
ルシエンヌが思わず振り返ると、さっと侍女たちが視線を逸らした。
「かあしゃま?」
「ええっと、父様にお仕事を頑張ってもらわないとよね」
「はい!」
母の行動を不思議がるレオルドに答えたルシエンヌがうろたえつつ視線を向けると、クレイグは必死に笑いを堪えているようだった。
この状況でクレイグにキスをするのは、ルシエンヌにとってかなり難易度が高くはあったがやるしかない。
にんまりするクレイグを睨むように見つめたルシエンヌは、えいやと勢いをつけてその頬にキスをした。――つもりだったのに、クレイグが顔を動かしたために、唇へのキスとなった。
再びレオルドの嬉しそうな声が上がる。
「かあしゃまがとうしゃまにきしゅした~!」
今までにルシエンヌからクレイグにキスしたことは何度かあるが、レオルドの前では初めてだった。
レオルドは両手を上げて喜び、クレイグは悪戯が成功したように笑っている。
これでは本当に文句も何も言えない。
まるで子どものようなクレイグの笑顔を目にして、ルシエンヌも堪えきれなくなり、声を出して笑った。
「もう……二人とも仲良しなのはいいことだけれど、そろそろお別れしましょうね」
「は~い」
ちょっとだけ唇を尖らせ、ルシエンヌはクレイグからレオルドを抱き取ろうと手を伸ばした。
レオルドは素直にルシエンヌの首に腕を回す。
その瞬間を逃さず、クレイグは再びルシエンヌの唇にキスをした。
「これでしっかり仕事を頑張れるよ」
クレイグはレオルドの頭を優しく撫でてから部屋を出ていく。
嬉しそうに笑って手を振るレオルドも侍女たちも今の不意打ちのキスには気づいておらず、ルシエンヌだけが耳まで真っ赤になってクレイグを見送ったのだった。
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改稿たくさんしたので読みやすくなっていると思います。また、書き下ろし番外編も収録されていますので、ぜひお求めくださいませ。
そして、各種特典SSもあります。すべて数年後の話ですので、本書を読み終えた後に、さらに幸せなルシエンヌたちを見届けてくださると嬉しいです。
詳しくは活動報告にありますので、よろしくお願いします!




