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帝国中が皇妃崩御の喪に服す中、ルシエンヌは今までと変わらず部屋に引きこもっていた。
いつもなら本を読んだり、刺繍をして過ごすのだが、どうしてもぼんやりと皇妃の葬儀のときのことを考えてしまう。
しめやかに行われた皇妃の葬儀には、当然ルシエンヌも参列した。
本当はオレリアが亡くなったショックと、両親が亡くなったときのことを思い出し、心痛のあまり逃げ出したいくらいだったが、だからこそクレイグの傍で慰め励ましたくてそっと近づいた。
両親の葬儀のときに握ってくれた手がとても温かくて力強く、どれだけ励まされたか。
皇太子であるクレイグに公式の場で同じように慰めることはできなくても、何かできるのではないか、せめてお妃候補として傍にいることができるのではないかと思ったのだ。
しかし、クレイグはルシエンヌを見るなり、怒りのこもった目で睨みつけてきた。
「母が――皇妃様がご病気だったことは知っていたんだろう? なぜ私に黙っていた?」
「それは……」
「言い訳もできないのか? それはそうだろうな!」
そう吐き捨てて、クレイグは遠ざかっていった。
そんなクレイグを慰めるように、クロディーヌが駆け寄りその腕を引き寄せ背を撫でる。
クロディーヌを拒むことのないクレイグの姿に、ルシエンヌは自分ができることなど何もないのだと悟って皆の陰に隠れ、傷ついた心も一緒に隠したのだった。
(でも、あの言葉の意味は……?)
クレイグが怒りと同時に吐き出した「それはそうだろうな!」という言葉は意味がわからなかった。
ただ近いうちにお妃候補からは外されるだろうことだけはわかる。
いくら魔力の強さや相性があっても、嫌われていてはそれ以前の問題である。
しかも、最終候補に残っているクロディーヌはクレイグと親しいのだ。
(早く、解放されたい……)
クレイグを好きという気持ちは未だに消えない。
それどころか、クロディーヌに向けられた笑顔を見て胸がきゅっとするのだから、愚かでしかない。
それなら、物理的に離れたい。
両親の喪に服していた三年間は、クロディーヌからクレイグの話を聞かされ、忘れるどころか想いは募っていった。
だが、クロディーヌとも離れられれば、会うことさえなくなるのだ。
もう叔父の魂胆はわかっている。
お妃候補から外れさえすれば、邪魔でしかないルシエンヌはきっと王都から遠く離れた場所へ嫁がされるだろう。
それがかえって好都合に思えて、神殿からの通達をルシエンヌは心待ちにするようになっていた。
しかし、服喪期間中も候補から外されることはなく、ルシエンヌはクロディーヌよりひと足先に十八歳になった。
あとふた月ほどでクロディーヌも十八歳になる。
そうすれば最終の魔力検査を受け、この拷問からも解放されるだろうと、ルシエンヌは考えていた。
その間もクレイグと茶会や会食が催されていたが、クロディーヌの明るいおしゃべりが場を支配するだけ。
クレイグから時折向けられる視線は何か言いたげで、居心地の悪い思いをしていたルシエンヌは、子どもの頃の活発さを失っていた。
(いったいいつまで続くの……)
早く終わってほしい。
だがそれも、あと少しの我慢。
そう思っていたのに――。
神殿でクロディーヌが最終の魔力検査を受けた結果、皇太子クレイグの婚約者に指名されたのは、ルシエンヌだった。
「嘘よ! どうしてルシエンヌなの!? 私のほうがずっと皇太子妃にふさわしいわ!」
屋敷内で荒れ狂うクロディーヌを母親が宥めている。
ルシエンヌも信じられずに、同じくらい叫び出したかった。
魔力の強さも相性も、ここまで判断が遅れるくらいなら大した違いはないだろう。
それなら、想い合っている二人のほうが上手くいくに決まっている。
皇帝と亡くなった皇妃の冷え切った関係からも明らかなのに、神官たちには心がないのかと思えた。
(それとも、愛妾を持てばいいということ?)
その考えを肯定するように、部屋へと押し入ってきたクロディーヌが叫んだ。
「あなたはこれからただのお飾りの妃になるのよ! 殿下は私を愛しているの! 先の皇妃様と同じように、せいぜい離宮に引っ込んでいるといいわ!」
あまりの剣幕にルシエンヌは驚き、何も言えなかった。
それを怯えていると取ったのか、クロディーヌはふんっと鼻を鳴らし、怒りに満ちた顔から満足げな表情へと変わる。
「ルシーは先の皇妃様に取り入って、上手くやったと思っているんでしょうけど、殿下はお怒りのままよ。結婚してもみじめな生活が待っているだけだわ。まあ、せいぜい元気な御子を私の代わりに産んでちょうだい!」
そう言い捨てると、クロディーヌは高らかに笑って部屋を出ていった。
リテが慌ててルシエンヌに駆け寄るが、大丈夫だと言って下がらせる。
(殿下は、オレリア様のご病気のことを黙っていたことを、やっぱりまだ怒っていたのね……)
そしてそれを、クロディーヌは知っているのだ。
ルシエンヌはがっくりとして手近な椅子に倒れるように座り込んだ。
生前の母とかなり親しくしていたオレリアはルシエンヌのことを可愛がり、何度か離宮へと招待してくれ、病に臥してからもずっと気にかけてくれていた。
それが取り入っているように周囲には見えたのだろう。
だが、そんなことよりもルシエンヌにとっては、オレリアとクレイグが関係改善しないまま永遠の別れをしてしまったことに負い目があった。
(今さら謝罪してもどうにもならないのに。私が強引にでも橋渡しすれば……)
手紙でオレリアに訴えたことは間違いだった。
後悔するのはいつも残された人たちだ。
ルシエンヌはこれからのことを考え、深くうなだれたのだった。