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「ご、ごめんなさい! つい何か話題がないかって、焦って余計なことを……! 本当にごめんなさい!」
わざとらしく謝罪するクロディーヌに、その場にいた誰もが嘘だとわかっていた。
それなのに、クレイグはふっと笑う。
ルシエンヌはまた初めて見るクレイグの表情に、泣きたくなった。
「別に謝罪の必要はないだろう、クロディーヌ」
この場にいることがルシエンヌは苦痛だった。
それは他の令嬢たちも同様らしく、皆がそわそわとしている。
だが、拷問のような時間は続く。
「それで、皇妃陛下とはどのようなやり取りをしているんだ?」
「それは……」
こんな場所で言えるわけがない。
また二人きりで話す機会が少しでもあれば、伝えるつもりだったのだ。
ルシエンヌはクレイグの質問に答えることができず、作り笑いを向けるしかなかった。
「……殿下も皇妃様にぜひお手紙を書かれてはどうでしょうか? きっと喜ばれます」
「そうは思えないな」
幼い頃に母親から拒絶された傷はまだ癒えていないらしい。
庭園で初めて会ったときに植物を傷つけていたのは、クレイグも傷ついていたからだ。
それを知っていてなお愚かな提案をしたルシエンヌをあっさり拒否して、クレイグはようやく他の令嬢たちの元へと足を進めた。
それから形ばかりの茶会が始まったが、話すのは令嬢たちばかりで、クレイグはやはり相槌を打つだけ。
三年前までのルシエンヌとのやり取りと何も変わらない。
変わったのは話に聞いていた通り、クロディーヌとは会話すること、口角がほんのかすかに上がる程度の笑みをたまに見せることくらいだった。
これはもうつらすぎる。
どうやら他の令嬢たちも同じ気持ちだったらしく、この茶会を機会に、お妃候補を辞退する者が続出した。
そして、クレイグが十八歳の誕生日を迎えたとき、お妃候補として残ったのは、ルシエンヌとクロディーヌの二人だけだった。
(私も何度も辞退をお願いしているのに……)
辞退が神殿に認められないのは、ルシエンヌの魔力が強く、相性がよいからなのだろう。
従姉妹であるクロディーヌと二人が残るのも理解はできるが、クレイグはすでに選んでいるも同然なのだ。
いくら二人がまだ十五歳で伸び代があるといっても、もう誤差の範囲ではないのか。
クロディーヌをクレイグのお妃にしたい叔父夫妻からは邪険に扱われ、ルシエンヌは皇宮に上がる以外は屋敷に閉じ込められるようになっていた。
せめて他の令嬢たちと親交を持てれば違ったのかもしれないが、叔父たちが出かけることを許さなかったのだ。
――ルシエンヌは両親を亡くしてから鬱ぎがちで、どう接していいか困っている。
そう叔父夫妻は心配するふりで噂を広め、周囲からは皇太子妃として相応しくないのではないかと声が上がっていた。
クロディーヌもルシエンヌを誘うこともなく、一人で招待された催しへと出かけてしまう。
(クロディーヌはきっとクレイグが――殿下が好きで、私が邪魔になってしまったんだわ……)
ルシエンヌの喪が明けてからは、クロディーヌからは明らかに無視されるようになっていた。
ライバル視しなくても、クレイグの態度は明らかなのに、神官たちが認めない限りは安心できないのだろう。
「こんなの、酷すぎます! ルシエンヌ様、皇妃様に訴えられるべきです!」
クロディーヌと叔母が茶会へと出かけていく馬車を部屋の窓から見送っていたルシエンヌを目にして、侍女のリテは我慢できないように吐き出した。
しかし、ルシエンヌは静かに首を横に振る。
「それはできないわ。オレリア様に余計な気苦労をおかけするわけにはいかないもの」
「ですが……」
「心配しなくても、そのうちクロディーヌが殿下のお妃様として選ばれるわ。そうすれば私は誰か別の方に嫁ぐことになる。その日を待てばいいのよ」
そう笑顔で言いながらも、ルシエンヌは内心不安だった。
貴族男性たちもまた魔力の強い女性を妻にしたいがために、皇太子妃候補だった令嬢たちは花嫁として人気である。
しかし、皇太子妃候補が二人だけになってしまった今は、すでに目ぼしい花婿候補は残っていない。
しかも両親が亡くなり後見人である叔父に邪険にされているルシエンヌにとっては、お妃に選ばれなかった未来は暗いものでしかなかった。
(ううん。私はどうとでもなる。どうとでもできるもの。それよりオレリア様とクレイグ……殿下のことよ)
ルシエンヌは落ち込みそうになる気持ちを奮い立たせ、書物机に向かった。
オレリアと秘密の文通をしていることは、いつの間にかクロディーヌに見破られて暴露されていた。
そのため、ルシエンヌは心を決めてクレイグにオレリアの病状を伝えようと何度か試みたのだ。
だが、クレイグと会うときにはクロディーヌが片時も傍から離れず、直接伝えることはできなかった。
手紙で伝えることも考えたが、オレリアとの約束を破っていいのかという葛藤、手紙では他の人の目に触れる可能性もあって、なかなか実行できずにいる。
どうやらオレリアはルシエンヌとの文通を世間に知られたことには気づいていないらしい。
それはルシエンヌが皇妃付きの侍女とも密かに連絡を取っているおかげで知ることができたのだが、同時に皇太子からの手紙がまだ一度も届いていないこと、オレリアもまた手紙を出していないことも知らされていた。
だからこそ、ルシエンヌはオレリアに宛てて何度目かになる願いを綴った。
――どうか、後悔が残らぬよう、クレイグ皇太子殿下にお手紙を書いてください。
今度こそ、オレリアがプライドを捨て、クレイグと少しでも歩み寄ることができればとの願いを込めたその手紙に、返事が返ってくることはなかった。
手紙を出した翌日、オレリアの病状が急変し帰らぬ人となってしまったのだった。