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 頭ががんがん痛み、まぶたがとても重くはあったが、ルシエンヌは目を開けなければと頑張った。

 でなければ、泣いているレオルドを慰めることができない。

 枕元で聞こえるレオルドの泣き声に反応して、どうにか目を開けたルシエンヌは次に手を伸ばして愛しい息子に触れようとした。

 その手に小さな手が触れる。


「かあしゃま?」

「……レオ、ルド? 何を、泣いているの?」

「かあしゃま! ごめんなしゃい!」


 現状が理解できないまま息子の手を握り返して問いかければ、レオルドはさらにわっと泣き出した。

 そこにアマンの顔が見え、ルシエンヌはほっと息を吐いた。

 これで状況が理解できる説明が聞けるはずである。


「ルシエンヌ様は、殿下の魔力の暴走を抑えられ、三日間眠ったきりだったのですよ」

「それで……レオルド、は、大丈夫なの?」


 声がかすれて上手く話せないでいたが、ルシエンヌは息子の無事を確認しようと懸命に体を動かそうとした。

 しかし、頭さえ重くて動かせない。

 そんなルシエンヌの気持ちを理解してか、アマンがレオルドをそっと抱き上げて枕元に座らせる。

 その間もレオルドはルシエンヌの手を離そうとしなかった。


 ルシエンヌは見える限りの個所での息子の無事を確認できて、泣きそうになりながらも堪えて微笑んだ。

 ここで泣いては、レオルドはさらに罪悪感を募らせてしまう。

 レオルドは自身が魔力を暴走させたせいで、ルシエンヌが倒れてしまったと泣いているのだ。


「大丈夫よ、レオルド。あなたが無事でよかったわ……」


 少しずつ意識も声もはっきりしてきたルシエンヌは、どうにか体を傾けて、もう一方の手でレオルドを優しく撫でた。

 レオルドはその手もまた掴んで離そうとしない。

 そこで、アマンが見かねて声をかけた。


「殿下、ルシエンヌ様はまだ目が覚めたばかりですからね。きっと喉が渇いていらっしゃるでしょうから、少しだけ離れていただけますか?」

「……うん」


 確かに喉は渇いているが、レオルドと離れるのはつらかった。

 しかも、これから飲まなければならないのは、水だけでなくあの不味い薬湯もあるのだ。

 それでもどうにか顔を歪ませずに微笑んでレオルドを安心させるルシエンヌを見て、アマンはくすくす笑う。

 その笑い声を聞いて、レオルドは不思議に思ったようだ。


「アマン、なにがおかちいの?」

「ルシエンヌ様がお元気になられることが嬉しいのですよ」


 薬湯を飲めば回復は早くなる。

 物は言いようだが、悪戯っぽく言うアマンが恨めしく、ルシエンヌはついに顔をしかめた。


「かあしゃま?」

「レオルド、母様はすぐにでも元気になりますからね。そうしたら、アマンにもいっぱい遊んでもらいましょうね」


 後で覚えていなさいよ、と言わんばかりのルシエンヌの言葉に、アマンはわざとらしく震えてみせた。

 それがおかしくて、ルシエンヌがふふっと笑う。

 すると、レオルドがぱっと顔を輝かせた。


「アマン、ぜったいあそぼね!」

「――ええ、約束します」


 レオルドに念を押されては逃げられず、アマンは生真面目に答えた。

 そこにリテが水を入れたピッチャーと薬湯を持って現れる。

 リテの目は赤くなっており、ずいぶん心配をかけたのだとルシエンヌは気づいた。


「ありがとう、リテ。いつも心配をかけてしまって、ごめんなさいね」


 その言葉に、リテはただ首を横に振って応え微笑んだ。

 リテにはもうずっと心配をかけてばかりだ。

 だがきっと、ルシエンヌが幸せになることが、リテへの何よりの恩返しになるだろうと、もう何も言わずに薬湯を受け取った。


 そこからはちょっとした苦行だった。

 今までは苦い薬を飲んで顔をしかめ、文句をぶつぶつ言い、気を晴らしていたというのに、レオルドが心配そうに見守っている今は何てことないふうに飲まなければならない。

 それをわかっていてアマンは楽しそうに見ている。

 ルシエンヌは小さく息を吐くと、一気に薬湯を飲み干した。

 鼻につんときたが、それをどうにか我慢して、リテから差し出されたグラスを受け取り、すぐに水を飲んだ。


「かあしゃま、だいじょぶ?」

「ええ、大丈夫よ。今、元気になるお薬を飲みましたからね。すぐに元気になれるわ」

「むりはだめです」


 やはりルシエンヌが我慢して薬湯を飲んだことに気づいたのか、心配そうにレオルドが訊いてきた。

 そこで大丈夫だと答えても、レオルドは大きな目をちょっとだけ細めて首を横に振る。

 そして、枕を叩いてまた横になるようにと示しながら、ルシエンヌに言い聞かせた。

 その大人びた仕草が可愛くて愛しくて、ルシエンヌは薬湯の苦さも吹き飛び、こぼれる笑顔のままレオルドを抱きしめる。


「ありがとう、レオルド!」

「かあしゃま、だいすきです」

「私も大好きよ」


 ルシエンヌは愛しい我が子の告白を受け止めて返し、レオルドを抱きしめたまま横になった。

 レオルドはきゃっきゃと笑いながら、ルシエンヌの腕を抜け出す。

 それから唇を尖らせ、丸い人差し指を精一杯伸ばしてルシエンヌに向けた。


「むりはだめです!」

「はい、わかりました」


 幼いながらもルシエンヌを休ませようと気遣うレオルドに、ルシエンヌも真面目に答えて上掛けを引き上げた。

 レオルドは満足したように頷き、ルシエンヌの肩をやさしくぽんぽんと叩いて、お尻を器用に動かして足からベッドを下りる。

 その仕草に、ルシエンヌだけでなくアマンもリテもきゅんきゅんしながらも、レオルドに手を貸すことなく、見守っていた。


「それでは殿下、ルシエンヌ様をもう少しだけ休ませてさしあげましょうか」

「うん、わかった」


 アマンの言葉に従って、レオルドはベッドを離れる。

 その姿を名残惜しそうに見送るルシエンヌに、レオルドは寝室を出る前に立ち止まって手を振った。


「かあしゃま、おやすみなさい」

「おやすみ、レオルド。またあとでね」

「はい!」


 可愛らしく返事をしたレオルドが出ていくと、途端に室内は静まり返り、ルシエンヌは不安に襲われた。

 改めて、あのときのこと――レオルドが魔力を暴走させたときのことを思い出したのだ。

 クレイグの怒りは少しは収まっただろうかと心配になる。


(さすがにクレイグも私が本調子になるまでは、このままここへ置いてくれるでしょうけど……)


 回復すれば皇宮から追い出されるかもしれず、レオルドと会うことも許されないかもしれない。

 その予想がどうか外れますようにと願うルシエンヌの手を、アマンが握る。


「ルシエンヌ様、お顔の色が悪いですが、ご気分はどうですか?」

「心配しなくても、魔力は落ち着いているわ。ただ……陛下は何かおっしゃっていない? 私はこのままレオルドの傍にいることを許されているの?」

「もちろんでございますとも。陛下とはまだ……お体のご負担があるやもしれませんので、お会いになれませんが、ルシエンヌ様の意識がお戻りになったことは伝えております。陛下もきっと安堵されていることでしょう」

「……レオルドから離れなくていいのなら、それでいいの」


 心配したアマンは、ルシエンヌの顔色の悪さの理由を知って、安心させるように微笑んだ。

 アマンが気休めを言っているわけではないと、長い付き合いでわかったルシエンヌは、ほっとして体から力を抜いた。

 レオルドの傍にいられるなら、それでいい。

 その願い以外に、今のルシエンヌの希望は何もなかった。




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