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「信じられないのも無理はありません。私は故郷を離れるときに名前を変え、ずっと男として暮らしてきたのですから」
その言葉に我に返ったクレイグは、失礼だとは思いつつも、じろじろとアマンを見つめた。
確かに美しい顔立ちだけでなく、その中性的な雰囲気に、皇宮の女性たちが色めきだっていたのは知っている。
体つきも厚手の服で隠されてはいるが、細身であることは見て取れた。
確かに女性だと言われれば、そのようにも見えるのだが、ルシエンヌの主治医だということでどうしても疑ってしまう自分の頭の固さに、クレイグは戸惑いを覚えた。
「……今もまだ、ルシエンヌは魔力の喪失に苦しんでいる。それをあなたは救えるのか?」
「救ってみせます」
「そなたの父上は、なぜ兄君ではなく、そなたを連れて先代皇妃の主治医となったのだ?」
「……私のほうが、兄よりも力が強かったからです」
「そんなことが……」
通常は同じ親から生まれた子は、女性よりも男性のほうが魔力が強いとされている。
少なくとも、魔法を扱うのは男性のほうが圧倒的に優れているとされており、医療も――治癒魔法もまた同様だった。
そんなクレイグの考えを読んだのか、アマンは苦笑しつつも続ける。
「魔力の男女差は、単なる通説でしかありません。父は実際に兄と私の力の差を目にして、そのことを確信したようです。多くの女性が成人すると魔法を使うことを禁じられますからね」
「それが真実だとして、そなたの父君は魔法を使うことをよく許したな?」
「私は父のおかげで〝魔力酔い〟に苦しむことはありませんでした。ただその治療の際に、父は私の魔力の強さに気づいたようです。そして、治癒魔法を教えてくれました。治癒魔法を扱える者は多ければ多いほどよいから、と」
「なるほど……。だが、それではそなたが結婚しないという理由とは結び付かないだろう? 父君も兄君も、それを望んでいるとは思えないな」
アマンの説明にクレイグは納得したものの、世間の風潮に逆らうレクター家の考えに驚いてはいた。
実際、ルシエンヌが魔法を覚え使えば、その辺の魔法騎士と同等か、それ以上の力を発揮するのではないかと思えたからだ。
それでも、クレイグはアマンほどの力を持つ者が子を産まないことを残念に思い、悪気なく思いついたままの考えを口にした。
途端にアマンの顔が嘲笑を隠すように歪む。
「女性がなぜ成人してから魔法を使わないのかご存じないのですか?」
「それは……知っている」
出産の際に魔力を膨大に喪失すると言われているからだ。
実際にはそこまで喪失することはないのだが、魔力の強い子を産むことで危険を伴うことは稀にある。
またルシエンヌのように妊娠中から魔力が乱れ、無事に出産までたどり着けないこともあるのだ。
クレイグは自分の失言を酷く恥じた。
ルシエンヌとレオルドが生きて今ここにいてくれるのは、アマンが男装してまで医師として修業を積みルシエンヌの傍にいてくれたからに他ならない。
アマンが性別を偽っているのも、世間では女性が魔力を使う仕事に就くことをよしとしない風潮のためだろう。
「言いにくいことを言わせてしまったな、すまない」
「いいえ、謝罪の必要はありません。特に隠していたいわけでもありませんから。ただ、私が女であるがゆえに、ルシエンヌ様が悪様に言われるのを避けたかっただけなのです」
アマンが女性であることを伏せていたのは予想通りだった。
しかも、それはルシエンヌのためでもあったのだ。
そこでクレイグは言葉を変えた。
「――ありがとう、アマン」
「お礼も必要ありませんよ。私は、私の選んだ道を進み、そしてルシエンヌ様と殿下をお助けできたのですから。そのことは私の大きな喜びであり、父も兄も私の望みを後押ししてくれた結果なのです」
クレイグのお礼の言葉に、アマンは本当に嬉しそうに答えた。
その笑顔を見ると、今までごちゃごちゃ考えていたことが馬鹿らしくなってくる。
さらには、嫉妬とくだらないプライドにこだわっていた自分が愚かでしかなかったことに気づいた。
「また、ルシエンヌが回復したら、きちんと話したいと思う。今はまだ……私がいてはそなたもしっかり休めないだろう。ルシエンヌとレオルドのためにも、そなたもまたしっかり休んで回復してほしいからな」
「ありがとうございます」
「それこそ礼には及ばない。もしレオルドのことで手伝えることがあれば、いつでも呼んでくれ。当分は皇宮を離れる予定はない」
「かしこまりました」
クレイグは立ち上がると、ルシエンヌとレオルドのベッドの間に向かった。
そしてレオルドの額を優しく撫で、熱がないこと、魔力が安定していることを確認する。
それからルシエンヌへと向き直り、手を伸ばしたものの、結局触れることはなくその手を下ろした。
「では、二人のことをよろしく頼む」
そう伝えると、クレイグは部屋の外まで見送ろうと歩きかけたアマンを制して、寝室を出ていった。
その後ろ姿を見送り、アマンもまたルシエンヌとレオルドに近づく。
レオルドは穏やかに眠っているだけだが、ルシエンヌの呼吸はまだ荒い。
次にルシエンヌが目覚めたときこそ、どうか心穏やかに過ごせますようにと願わずにはいられなかった。




