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「――正直なところ、何から話せばよいのか……ルシエンヌ様の許可もなく話してよいものなのか迷ってはおります」


 クレイグがソファに腰を下ろし、テーブルを挟んだ向かいに座るよう促すと、アマンは静かに腰を下ろした。

 それからクレイグが無言で説明を求めれば、アマンはためらいつつも口を開いた。

 だが、言葉通りアマンはまだ迷っているようだ。

 元々口数の多いほうではないクレイグは、急かすことなく静かに待った。


「そうですね……。先に先代皇妃様についてお話します。それならば、ルシエンヌ様との約束を違えるわけではないので」


 考えた末に発せられたアマンの言葉に、クレイグは目を見開いた。

 まさかここで、先代皇妃――自分の母親の話が出てくるとは思わなかったのだ。

 しかし、アマンは先代皇妃の主治医でもあったのだから当然ではある。


「確かそなたは、父親の後を継いで先代皇妃の主治医になったのだったな」

「はい。おっしゃる通りです」


 当時のクレイグは、母についての噂が耳に入ることがあっても、気にすることもなく煩わしいと切り捨てていた。

 それを今、記憶の底から掘り出してみれば、『皇妃様が遊興先で新しい愛人を見つけたらしい』『その者を主治医としたらしい』といったもので、その後に離宮に籠ってしまったのだ。


「……先代皇妃はそなたの父を主治医としたときには、すでに病に侵されていたのか?」

「その通りではありますが、父を主治医とした理由は別にあります」

「どういうことだ?」

「先代皇妃様は、陛下と同じように父の噂を――〝魔力酔い〟を治療できる医師がいるとの噂を聞きつけて、父を訪ねていらっしゃったのです」

「それでは……」

「あの方は、将来的に陛下の御子様が重い〝魔力酔い〟に苦しまれるだろうことを見越して、父の研究を全面協力するお約束で、父に同行を望まれたのです」


 今聞いた話に、クレイグは言葉を失った。

 ずっと自分に――クレイグに興味を持っていない、それどころか嫌っていると思っていた母が、将来の自分のため、その子どものために動いていたのだと知って、クレイグは混乱した。


「母は……私を嫌っていたはずだ」

「いえ、ずっと心配なさっておられました。そして、後悔しておられました」

「後悔?」

「はい。そのことについては……ルシエンヌ様より伺ったのですが……その、幼い頃の陛下を拒絶されたことをずっと後悔されていたようです」

「そんなこと……」

「陛下は一度、魔力を暴走させてしまわれたそうですね?」

「あ、ああ……。ちょうど先ほどのレオルドのようにだが、私は七歳のときだった」


 アマンはルシエンヌから聞いた話をためらったものの、ルシエンヌ自身の話ではないと内心で言い訳して、クレイグに語った。

 ルシエンヌがクレイグに話すことをためらっていたのは、オレリアから病について口止めされていたこと、そして妊娠中から出産についてのリスクだ。


「父の研究と、それを引き継いだ私の研究によって、私たちは〝魔力酔い〟の症状緩和のためには、母親の魔力を必要とするのだと結論を出しております」

「……母親の魔力を必要とするということは、その母親は魔力を消耗するということか?」

「おっしゃる通りです。そのため、魔力が強い子の母親ほど、子の成長期に不調になることが多い。その点に着目した結果、魔力を安定させるためには母親との接触が必要となるということがわかりました。要するに、子が体調を崩したときに手を握って励まし、抱きしめて安心させてもらった子どもほど、魔力が強くても〝魔力酔い〟が軽症傾向にあるのです」

「父親ではだめなのか?」

「陛下が殿下の魔力の乱れを整えていらっしゃったように、まったく効果がないわけではありません。ただやはり、母親の魔力のほうが効果がかなり高いです」


 そこまで聞いて、クレイグは簡易ベッドに横たわるルシエンヌを見た。

 ルシエンヌが今苦しんでいるのは、レオルドの魔力の暴走を抑えたからだ。

 代わりにルシエンヌが魔力を喪失して苦しんでいる。


 視察に出ている間、ルシエンヌがレオルドに接触したという皇宮からの報告に怒りを覚えたが、同時にレオルドが〝魔力酔い〟を起こしたという報告がないことに安堵してもいた。

 それはすべて、ルシエンヌが自身の魔力をレオルドに触れ合うことで補っていたからなのだ。


(それなのに、私は何をした……? いや、今まで何をしていた?)


 ルシエンヌが皇宮に戻ったという報せに焦りはしたが、とにかく目的を果たさなければと視察という名目で旅を続けた。

 それは仕方ないと自分でもわかっている。

 だが、レクター医師に同行を断られたことへの苛立ち、皇宮に戻るなり耳にしたクロディーヌたちの訴えを真に受け、ルシエンヌを強く責めたのだ。

 そのうえ、アマンがルシエンヌに触れたことで怒りを爆発させ、レオルドの魔力の暴走を招いた。


(私がきちんと、ルシエンヌの話に耳を傾けていれば……)


 クレイグはルシエンヌの話をもう何年も聞いていなかった。

 昔は――ルシエンヌの両親が事故で亡くなる前までは、会うたびに聞く他愛ないおしゃべりを楽しみにしていたというのに。

 ルシエンヌが両親の喪に服して会えなくなってしまってから、自分がどれだけあの時間を大切にしていたか気づいたのだ。

 そのため、ルシエンヌに会えない時間を従妹であるクロディーヌに会うことで誤魔化した。

 正確にはクロディーヌが語るルシエンヌの話が楽しみで、進んで話を聞いていた。

 クロディーヌは話し上手で、ルシエンヌのあれこれを面白おかしく話してくれたので、他の婚約者候補よりもかなりの時間を過ごすようになっていたのだ。

 それが周囲にどう思われるかにも考えが至らず、気がつけば喪が明けたルシエンヌをも遠ざける結果になってしまっていた。


(あの頃はまだ、ルシエンヌは両親の死から立ち直っていないのだと……だから、仲がいいクロディーヌといれば、必然と一緒に過ごせるだろうと呑気にも考えていたんだったな……)


 三年ぶりに会ったルシエンヌは、すっかりおとなしくなっており、昔のようなおしゃべりもなくなってしまった。

 それでも、妃候補にはクロディーヌではなくルシエンヌを望むようになっていたのだ。

 クロディーヌについては妹がいればこんな感じだろうかと思うことはあったが、異性として意識したことはない。

 そのため、ルシエンヌが妃に選ばれたときには内心でかなり喜んだ。

 そのときになって、クレイグは初めてルシエンヌのことが好きだと自覚したのだった。




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― 新着の感想 ―
うん、無理だわ。こんなん離縁一直線だよ。
え、陛下無理なんだけど。 今さら気づいたところで遅すぎでは…? 息子は気にかけていたとしても、奥さんの事ここまで酷い女と思い込んで蔑ろにして勝手に嫌ってて、産前産後にも関心を持たず、馬鹿では? …
やっとルシエンヌの真実を知った以上、クロディーヌやその両親(現アーメント侯爵夫妻)のルシエンヌに対する悪意にも気づくはず。 今後、クロディーヌや現アーメント侯爵夫妻をそばに近寄らせない様に、具体的には…
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