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 アマンに訊きたいことはたくさんある。

 だが、クレイグはレオルドの手を握り、酷い魔力酔いのような状態から回復させることに集中した。

 レオルドは発熱もしているようだ。

 それは魔力酔いでもよくある症状のため、今はとにかく魔力の乱れを整えるために、クレイグはかなり消耗している己の魔力をレオルドへと注いだ。


 途中、ルシエンヌの侍女たちが寝室へと入り、あれこれと世話を始めたことには気づいていた。

 ルシエンヌの汗を拭い、レオルドには氷嚢を用意し、アマンやクレイグには冷たいお茶を用意する。

 喉が渇いていたクレイグは、そのお茶を確かめることもせずに一気に飲み干した。

 どうやらハーブ茶らしいそれは、喉ごしがよくすっきりして疲れた体に染み渡っていく。

 それからはかすかに余裕も生まれ、クレイグは室内の様子に目を向け、その変化に驚いた。


 レオルドの寝室は簡易ベッドだけでなく、壁に掛けられた絵画やチェストの上に置かれた人形、そして多くの子ども用絵本が新たに増えていたのだ。

 そこで今までのレオルドの部屋が、いかに子どもらしくなかったかに思い至った。


 正直なところ、子どもらしい部屋というものがどういうものか、本当は知らない。

 クレイグもまた、子ども時代から以前のレオルドの部屋と大して変わらない内装で過ごしてきたのだ。

 それがあまりに当たり前すぎて、レオルドの部屋――子ども部屋について深く考えたことはなかった。

 ただ、ルシエンヌが妊娠中、生まれてくる我が子のために、あれこれと準備をしていたことだけは覚えている。

 ずっと体調が優れず、自身の部屋から出ることもなければ、クレイグと会うことすらしなかったルシエンヌだが、子どものことはきちんと考えているのだなと思ったものだ。

 それなのに自分は、生まれてくる子の部屋がどんなふうに用意されたのか見ようともしなかった。


 目の前で眠るレオルドの呼吸はかなり安定してきている。

 それに比べ、少し離れた位置に据えられた簡易ベッドからは、未だにルシエンヌの途切れ途切れの弱々しい呼吸がかすかに聞こえてきていた。

 ルシエンヌが今どういう状態なのか、目を向けてもアマンの陰に隠れて見えない。

 思わず舌打ちしたくなって、クレイグは慌てて気持ちを抑えた。


「……アマンだったか?」

「――はい、陛下」

「ルシエンヌの容態はどうだ?」

「……あまり芳しくはありません。魔力の喪失が膨大で……」


 プライドを抑えてルシエンヌの様子を訊けば、芳しくない答えが返ってきたクレイグは今度こそ舌打ちした。

 しかし、答えたアマンも具合が悪そうだ。


「アマン、お前は大丈夫なのか?」

「はい。私は己の限界を知っておりますので」


 それは要するに限界まで無理をするということで、クレイグは顔をしかめた。

 もしクレイグと同じように、ルシエンヌの魔力を安定させるためにアマンが己の魔力を使っているのなら、交代することができるのではないかと気づく。


「アマン、レオルドは安定してきている。魔力なら私のほうが多いのだから、交代しよう」

「お気持ちは大変ありがたいのですが……それはできません」

「なぜだ?」

「陛下とルシエンヌ様では魔力の質が違います。そのため、ルシエンヌ様の体内に陛下の魔力を注ぐことはできないのです」

「では、お前はルシエンヌと同質の魔力を持っているというのか?」


 クレイグはアマンの説明に苛立ちはしたが、理解もしていた。

 魔力にそれぞれ質があることは、常日頃から感じていることである。

 レオルドが魔力酔いを起こすたびにクレイグだけが落ち着かせることができたのも、それが理由だろう。

 そこでクレイグははっとした。


「アマン、そなたはレクター家の者か?」

「我が家――我が家系の力をご存じでしたか……」

「正確には、最近知ったのだ。南方地方に〝魔力酔い〟の治療ができる医師がいると」

「……ひょっとして、陛下のこのたびの視察は、その医師を訪ねるためのものだったのですか?」

「大まかに言えば、そうだ」


 アマンはクレイグの返答を聞いて、目を瞠った。

 レクター家は父が先代皇妃の主治医になってからは、アマンの兄が継いでいる。

 もう何年も会っていない兄のことを思い出したアマンは、それどころではないのに懐かしさに浸った。


「兄は……兄たちは元気でしたか?」

「ああ。皆、息災だった。地域の者たちにも慕われ、遠方からも噂を聞いて子を連れてくる親も多くいた」

「そうですか……」


 父親とともにオレリアについて家を発つと決めたのは、兄の後押しがあったからだ。

『きっとこの先、お前の力は必ず皇家に必要になる。それまで、父さんの研究を手伝ってやってくれ』と。

 アマンはルシエンヌを見下ろし、汗の滲む顔を濡れ布で拭いた。

 そのとき、強い視線を感じて顔を上げれば、クレイグと目が合う。

 アマンにとってルシエンヌは妹のような存在だが、世間の噂では愛人関係にあるとされているのだ。

 クレイグの怒りをぶつけられるのも当然だろう。

 だが、アマンもまた怒っていた。

 クレイグの怒りが所有欲からなのか、愛情からなのかは知らないが、今までずっとルシエンヌを放置していたではないか、と。


「……陛下は、殿下の〝魔力酔い〟の治療のために、兄を訪ねられたのですね」

「その通りだが、そなたの兄君には断られたよ。『私では力が及びません』とな。それでもかまわないと告げたのだが、頑なだった。それも、そなたがルシエンヌの傍にいると知っていたからこそなのだろうな」

「そうでしょうね……」


 答えたアマンは立ち上がり、レオルドの許へと近づき、その手を取った。

 クレイグは止めることはせず、アマンの行動を黙って見ている。

 レオルドはやはりかなり落ち着いており、このまま回復していくだろう。

 ほっと安堵の息を吐いたアマンは、リテが用意した軽食が置かれているテーブルへと近づいた。


「陛下、少し休みましょう。殿下は問題ないようですし、ルシエンヌ様は……まだ予断は許されませんが、ひとまずは小康状態にありますから」

「――わかった」


 クレイグはレオルドとルシエンヌにちらりと視線を向け、アマンの提案に頷いた。

 しかし、その内心は心配と後悔と、他によくわからない感情に支配され荒れている。

 アマンが移動したことでクレイグの視界に入ったルシエンヌは、血の気が未だに戻らず、かすかな吐息をたまに漏らす程度で、落ち着いているようには見えなかった。

 それでも、自分が何もできないことを理解して――腹は立つがアマンの指示に従うしかなく、軽食の置かれたテーブルの傍にある、柔らかな椅子に腰を下ろしたのだった。


 


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― 新着の感想 ―
新年からの更新ありがとうございます。 夫としてのクレイグは、黒ディーヌの横槍と何よりクレイグ本人の態度が悪すぎることもあって信頼度はゼロ。   女医が存在しない世界なら、いくら特別な才能があっても、…
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