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とっさにアマンがルシエンヌへ覆いかぶさってくれたのはわかった。
それでも一瞬感じた衝撃は自分だけでなく、大きな被害を周囲へ及ぼすだろうと頭の片隅で考える。
だがすぐに、自分もアマンも室内でさえも傷ついていないことに気づいた。
瞬間、ルシエンヌはアマンを押しのけ、レオルドの許へ急いだ。
「レオルド!」
自分が引き起こした魔力の暴発に驚き立ち竦むレオルドへ、ルシエンヌは駆け寄り抱きしめた。
つい先ほどまで気を失いそうなほどに不調だったことも忘れ、レオルドの小さな体を触って怪我がないか確かめる。
「――かあしゃま……ぼく……」
「大丈夫よ、大丈夫」
ルシエンヌは必死にレオルドを落ち着かせようと声をかけた。
しかし、ぼんやりしたレオルドの目に光はなく、そのまま意識を失ってしまった。
「レオルド! 嘘でしょう!?」
ルシエンヌは強くレオルドを抱きしめ、その小さな体を懸命にさすった。
それだけの行動でルシエンヌの体から魔力が失われていく。
まるで妊娠中のような魔力の乱れ、出産後の魔力の喪失、再会後の魔力の流出すべてが一度に起きているようだったが、ルシエンヌはかまわずにレオルドを抱きしめ続けた。
「ルシエンヌ様! それ以上はルシエンヌ様が――」
「私はレオルドのために生きているの!」
これだけルシエンヌの体から魔力が失われていくのは、それだけレオルドが魔力を必要としているからだ。
このまま自分可愛さにレオルドから離れれば、どうなってしまうのか怖くてそれ以上は考えられなかった。
そんなルシエンヌとレオルドを、クレイグは呆然として見ていた。
レオルドの魔力の暴走による被害を防いだのはクレイグである。
だが、防ぐだけで精一杯で、魔力の暴走そのものを止めることはできなかった。
それが意味することを、クレイグ自身がよくわかっているのだ。
幼い頃、クレイグもまた魔力を暴走させたことがあるのだから。
あのときは生死の境をさまよった。
しかし、どうにか回復することはできたが、心の傷はずっと残ったままだったのだ。
それを癒してくれたのが、ルシエンヌで……。
そこまでぼんやり考えていたとき、ルシエンヌの主治医であるアマンから怒鳴りつけるように声をかけられた。
「陛下! ぼうっとしていないで、力を貸してください!」
通常ならあり得ない無礼な言葉ではあるが、我に返ったクレイグは気にもとめずに愛する息子の許へと駆けつけた。
そして、レオルドとルシエンヌを目にして息をのむ。
レオルドは気を失っているだけのように見えるが、息子を守るように抱きしめるルシエンヌは血の気がなく呼吸さえもしていないようだった。
そんなルシエンヌの手をアマンは握りしめたまま、クレイグに厳しい視線を向ける。
「陛下、二人を抱きしめてください! 私が陛下の魔力を導きますから!」
その言葉の意味を理解するよりも前に、クレイグは言われたままにルシエンヌをレオルドごと抱きしめた。
途端にクレイグは経験したことのない魔力の流れを自身の中に感じて身構える。
だがそれが「魔力を導く」ことで、クレイグの魔力がルシエンヌとレオルドに流れていることに気づき、そのままアマンに身を任せた。
異変に気づいて衛兵やルシエンヌの護衛たちが部屋へと駆け込んできたが、クレイグは厳しい視線だけで彼らを制した。
状況がのみ込めないまでも、護衛たちはクレイグに従いその場で待機する。
衛兵は誰も立ち入らせないようにするため、部屋から急ぎ出ていく。
どうやらクロディーヌたちがやってきたようだったが、衛兵たちに止められたのか、怒りを含んだ騒がしくも甲高い声が次第に遠ざかっていった。
アマンはルシエンヌとレオルドの魔力を安定させることに集中しつつも、意識の片隅でクレイグの判断に感心していた。
何も説明していないにもかかわらず、クレイグはアマンに身を任せて己の魔力の流出を受け入れている。
それどころか、邪魔が入らないように周囲に視線だけで命じてくれたおかげで、かなり神経を使う他者の魔力制御にアマンは集中することができていた。
クレイグの魔力は強大で、ルシエンヌにとっては毒にもなり得る。
だが、血縁関係にあるレオルドにとってはルシエンヌの魔力ほどでなくても喪失した魔力を補える力となるのだ。
その分、ルシエンヌの負担が軽くなり、急激に喪失した魔力をアマンの魔力で補うことができた。
その複雑な魔力の受け渡しに、アマンは全神経を注いだ。
やがてルシエンヌの止まりかけていた脈が弱々しいながらも動き始め、わずかに血の気が戻る。
レオルドもまた気を失っているだけで、魔力の乱れも落ち着いてきたようだった。
「……どうにか……持ちこたえた、ようです……」
息を切らしながらアマンは呟き、握っていたルシエンヌの手を離した。
ルシエンヌは未だにレオルドを抱きしめたままで、クレイグもまたルシエンヌを離そうとしない。
それがルシエンヌの腕の中にあるレオルドのためなのか判断がつきかね、アマンはクレイグに試すように声をかけた。
「陛下、殿下をお願いします。私はルシエンヌ様をベッドまで運びますから」
その言葉にクレイグは一瞬不快そうに顔をしかめ、渋々といった様子でルシエンヌの腕をそっとほどいてレオルドを抱き上げた。
続いてアマンがルシエンヌを抱き上げると、睨むような鋭い視線で見つめてくる。
アマンは「おや?」と思いながらも、すぐにルシエンヌとレオルドに集中した。
本来なら出産後のように二人は離して療養したほうがいい。
だが今、お互いを引き離してしまっては、逆に精神的負担が大きくなってしまうだろう。
それでは回復するのも遅くなる。
そう判断したアマンは、ルシエンヌをレオルドの寝室へと運び込んだ。
「陛下、殿下もこちらへ」
ルシエンヌは皇宮に戻ってきてから、レオルドの寝室に簡易ベッドを持ち込んで一緒に寝起きしていた。
簡易ベッドといっても、通常のベッドと何ら変わりはなく、体を休めるのには十分である。
むしろ無駄に大きくない分、看病はしやすいだろう。
そのベッドにルシエンヌを寝かせると、後から入ってきたクレイグは眉を寄せた。
「殿下はそちらのベッドへお願いします」
クレイグは一度もアマンに答えることはなかったが、黙々と指示に従っている。
今もまた、次はどうすればいいのかというように、じっとアマンの行動を見守っていた。
アマンは意識のないルシエンヌをベッドへ横たえると、その脇に膝をついて手を握り、魔力の乱れを調べてかすかに息を吐いた。
まだまだ油断はできないが、ひとまず危機は脱したようだ。
続いてレオルドに向き直ると、同じようにその手を取った。
幸いにして、レオルドは魔力の乱れはあるものの、暴走したことによるショックで意識を失っているだけのようだ。
しかし、レオルドの体内を巡る魔力のほとんどがルシエンヌのものである。
「陛下、魔力酔いのときのように、しばらく殿下の手を握って、魔力の乱れを整えてさしあげてください」
「……ルシエンヌは?」
「ルシエンヌ様は……私が治療にあたります」
「……そうか」
クレイグはルシエンヌをちらりと見て気にしつつも、アマンの指示に再び従い、レオルドの手を握った。
そして、愛する息子の魔力の乱れを整えるために、集中したのだった。




