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 この世界の子は大なり小なり、魔力を持って生まれてくる。

 しかし体の成長と共に増幅する魔力が大きすぎると、体内で魔力の制御ができずに発熱などの症状が出るのだ。

 それが〝魔力酔い〟と呼ばれ、今までは耐えるしかないと――対処する方法はないとされていた。

 しかし、アマンの父親は様々な症例を診ているうちに、魔力酔いにも対処法があるのではないかと考え、研究を始めたのだった。


 母親が体調を崩して寝込むことが多い家庭の子は、魔力が比較的大きいと気づいたのがきっかけだったらしい。

 その結果、母親と接触の多い子――よく抱きしめられている子は魔力が大きくても魔力酔いの症状が軽いことを発見した。

 そこから、母親の魔力が子の〝魔力酔い〟の症状を抑えているのならば、父親の魔力でも症状の緩和ができるのではないかと考えたようだ。

 だが残念ながら、父親の魔力では母親のような劇的な症状の緩和はみられなかった。

 それでも他人の魔力よりは効果があることは確かである。

 そのため、軽度の〝魔力酔い〟なら、父親でも緩和することができるとわかった。

 レオルドが体調を崩したときに、クレイグが魔力の乱れを抑えたというのは、やはり魔力の繋がりが強いからなのだろう。

 しかし、今後レオルドが成長するにつれて〝魔力酔い〟はさらに酷くなるだろうと、アマンは予想していた。

 だからこそ、ルシエンヌは体調を万全に整えて戻ってきたのだ。

 しかし、もしレオルドが自分で魔力を制御できるようになれば、自身の苦しみもルシエンヌの魔力の消耗も抑制できるのではないかと、アマンはこの二年でずっと研究を続けていた。


 その成果は、今回のレオルドへの授業で得られたようだった。

 はじめはいつもと違う授業内容に戸惑っていたレオルドも、終わる頃には楽しそうに笑っていたのだ。


「アマン、おべんきょうは?」

「これがお勉強ですよ」

「てをつないでおべんきょうするの?」

「はい」


 向かい合って座ったアマンから手を差し出すように言われ、素直に従ったレオルドは不思議そうに首を傾げて質問していた。

 授業を受けるのに、アマンと――教師と手を握り合うなど大人でも理解不能であるのは間違いない。

 しかし、レオルドはそれ以上を質問することなく、素直にアマンの指示に従った。


「殿下、まずは目を閉じて、つないだ私の手へと意識を――気持ちを向けてみてください」

「……うん」


 おそるおそるといった感じではあったが、レオルドは目を閉じて、無意識なのかぎゅっとアマンの手を強く握った。

 それからしばらくして、レオルドは驚いたようにぱっと目を開ける。


「あたたかい……」

「ええ、そうですね。そう感じるのは私の魔力です。殿下は体の中にあるその熱を追いかけるように気持ちを向けてくれますか?」

「……わかった」


 いくらアマンが幼い子にもわかるような優しい言葉を使っているにしても、本来なら二歳児には理解できないだろう。

 だが、レオルドは最初こそ戸惑っているようだったが、すぐに目を閉じた。

 その眉間にはきゅっとしわが寄っており、その真剣さが伝わってくる。

 ルシエンヌはそんな二人を緊張した面持ちで見守っていた。


(アマンの魔力――あの温かな熱は心地よくて、無意識に追ってしまうものだけど、最初の頃はどうだったかしら……)


 ルシエンヌは妊娠してから初めてアマンの治療を受けたことを思い出していた。

 あのときは体中から力が抜けていくようで、息苦しく、吐き気もあって、ベッドに横になっているだけでもつらかった。

 それがアマンに手を握られ、温かな熱を感じた途端にわずかに楽になれたようで、自然とその熱に追い縋ったのだ。

 それがどうやら自身の魔力の乱れを整えることに繋がっていたらしい。

 本来は血縁関係にない他人の魔力には大小あれど拒否反応が出るのだが、アマンの一族の魔力は特別らしく、他人の魔力に馴染むことができるのだ。

 おかげで、ルシエンヌは妊娠中からこの二年間もどうにか生き延びることができた。

 それどころか、こうしてレオルドを腕に抱き、慈しむことができる。

 だからどうか、レオルドも魔力の乱れをアマンの魔力で導いてもらえますようにと祈っていた。


「……殿下、いかがですか?」

「うん……ふしぎなかんじがする」

「体が熱くはありませんか? 痛かったり、つらかったりしませんか?」

「ううん。だいじょぶ。ぽかぽかするだけ」

「それはようございました」


 アマンはレオルドに優しく微笑みかけると、ちらりとルシエンヌに視線を向けた。

 応えて、ルシエンヌが頷く。


「では、本日の授業はここまでです」

「これでおわりなの?」

「はい。ですが、この感覚を覚えておいてください。それが次の授業までの課題です」

「……わかった。がんばる」


 レオルドは手を握るだけの短時間の授業に困惑していたが、アマンから課題を告げられ、力強く頷いた。

 その姿は頼もしくも愛らしい。


「ありがとう、アマン。レオルドも頑張ったわね」

「ぼくは……」

「はじめてのことで驚いたでしょう? でもちゃんとアマンの言うことを聞いて、できたんだもの。頑張ったわ」

「はい!」


 ルシエンヌがアマンにお礼を告げ、続いてレオルドを褒めたのだが、当人は納得いかないようだった。

 そのため、どう頑張ったのかルシエンヌが説明すると、嬉しそうに答えた。

 どうやらレオルドは褒められることに慣れていないらしい。

 これからはたくさん褒めようと――意識しなくても、いくらでも誉め言葉は出てきそうだが、ルシエンヌは決意した。


「さあ、いらっしゃい」

「かあしゃま!」


 ルシエンヌが膝をついて両手を大きく広げると、レオルドは急ぎ椅子から下りて飛び込んでくる。

 そのままぎゅっと抱きしめてもルシエンヌの魔力が乱れることもなく、レオルドを思う存分抱きしめることができた。

 レオルドはわずか二歳にして己の魔力を制御する方法を、アマンに導かれて拙いながらも身につけたようだ。

 この先もっと練習すれば、さらに魔力制御の精度は上がっていくだろう。

 ルシエンヌは感謝の気持ちを込めて、レオルド越しにアマンを見つめた。

 アマンもこのわずかな時間でレオルドが魔力制御の方法を未熟ながらも習得したことに気づいているらしく、ルシエンヌの感謝が伝わったようだ。

 また達成感もあるのか、嬉しそうに笑った。


「殿下は本当に素晴らしい才能をお持ちですね。ですが、ご無理をする必要はありません。少しずつ、できること、やりたいことを学んでいきましょう」

「ありがと、アマン」


 レオルドはアマンにもすっかり心を許したようだ。

 アマンに向けた笑顔は子どもらしい無邪気なものだった。




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