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「ルシエンヌ! お前は何ということをしているのだ!?」
「――叔父様、叔母様もお久しぶりです。ですが、今は声を抑えてくださいませんか? レオルドが起きて……」
ルシエンヌが妊娠したと判明したときに、叔父は「よくやった」と言いにきたのを最後に会っていなかった。
叔母に関しては、妊娠前に開かれていたお茶会か何かで「クロディーヌを早くお妃にするよう殿下に進言しなさい」と言われたきりである。
そんな数年ぶりの再会に、叔父夫妻は前触れもなく、突然乱入してきたのだ。
しかもここは皇太子殿下の寝室である。不敬を理由に処罰されても仕方ない。
当然のごとく、レオルドは叔父の怒鳴り声に驚き、目を覚ましてしまった。
「か……かあしゃま……っ、……」
「レオルド、大丈夫よ。驚いたわね……。でも、大丈夫」
ルシエンヌは急ぎ起き上がってベッドまで駆けつけると、しゃくりあげるレオルドを抱きしめた。
レオルドは顔をゆがめて泣くのをこらえているようだ。
この状況でも大声で泣くことのないレオルドに、ルシエンヌの胸は締めつけられた。
クロディーヌの両親であるアーメント侯爵夫妻ならレオルドも見慣れているのではないかと思ったが、まるで初めて見るかのように、幼い顔には恐怖が浮かんでいる。
「叔父様、叔母様、ひとまず出ていっていただけませんか? レオルドが怖がっております」
「まあ、なんてふてぶてしい! 不貞の現場を見つかったからって、殿下を理由に誤魔化そうとしても、無駄ですからね!」
「大きな声を出さないでください。お二人が出てくださらないなら、強制的に退室いただきますが?」
「なんて厚かましい女だ! いいか、ルシエンヌ――」
「リテ、衛兵を呼んでちょうだい」
レオルドに何の配慮もない二人に、ルシエンヌの怒りは強かった。
寝室入口で心配して控えるリテに護衛ではなく衛兵を呼ぶようにと言いつけたのも、レオルドに害を為そうとする二人を排除するためである。
その意味には気づかず、叔父夫妻はいつにないルシエンヌの強気の姿勢に驚いたようだ。
しかし、すぐに気を取り直してルシエンヌへ叱責を始めた。
「ルシエンヌ! この恩知らずが! 誰が親のないお前を育ててやったと思っているんだ! しかも皇妃にまでさせてやったんだぞ! それを――」
「アーメント侯爵! これ以上、殿下の寝室での狼藉は許されません。また皇妃である私への不敬も含め、追って沙汰します。とにかく、今すぐここから出ていきなさい」
「何を――」
叔父の言葉を強い呼びかけで遮り、ルシエンヌは冷静に告げた。
それも、レオルドをこれ以上怯えさせないためだ。
その強く厳しい態度には威厳があり、やってきていた衛兵たちは侯爵よりもルシエンヌの命令に従った。
遠慮がちながらも叔父夫妻を拘束し、寝室から連れ出していく。
叔父夫妻はがなりたてていたが、ルシエンヌはレオルドを抱きしめたまま、器用にその小さな耳を塞いでいた。
やがて叔父夫妻がレオルドの部屋から連れ出され、ようやく室内に静寂が戻る。
「レオルド、ごめんなさいね。驚いたでしょう?」
「だい……だいじょぶ、です。だいじょぶ……」
ルシエンヌの謝罪にも、レオルドは泣き叫ぶこともなく、ただ小さく震えながら自分に言い聞かせるように「大丈夫」と繰り返していた。
その小さな背を優しくゆっくりと撫でていると、徐々にレオルドの体から力が抜けていく。
今までもずっと、レオルドはたったひとりで「大丈夫」という言葉を呪文のように口にして、つらいことに耐えていたのかもしれない。
クロディーヌも叔父夫妻も、とてもではないがレオルドに愛情を持っているようには思えなかった。
おそらく唯一愛情を注いでくれるクレイグもあまりに忙しく、聡いレオルドのことだから甘えることもしなかったのだろう。
「ごめんね、レオルド……」
この二年間、会うこともできずに苦しんでいたのはルシエンヌだけではないのだ。
レオルドは生まれたときから今まで、こんなにも小さな体で孤独に耐えていたのだろう。
ルシエンヌはレオルドの小さな頭にキスをし、さらに柔らかな頬へキスをして、強く強く抱きしめた。
「愛しているわ、レオルド」
「あ、あい……?」
ルシエンヌの愛の言葉を、レオルドは理解できないようだった。
おそらく初めて聞いたのだろう。
そのため、ルシエンヌは優しく微笑み、レオルドの目をじっと見つめて繰り返した。
「ええ、愛してる。レオルドのことをすごくすごく好きってこと。すごくすごく大切ってことよ」
「すごくすごく……すき?」
「大好きよ。母様はレオルドが大切で大好きで、愛しているの」
「ぼくも……ぼくも、かあしゃまがだいすきです。……あい、あいしてるます」
「ありがとう!」
おそるおそる愛を確かめるレオルドはいじらしくも可愛く、ルシエンヌはさらに愛の言葉を告げた。
すると、レオルドは拙くも返してくれる。
ルシエンヌの中でこれ以上ないほどにレオルドへの愛がふくらみ、小さな体をつぶしてしまうのかというほど強く抱きしめた。
途端に、レオルドがまた嬉しそうな悲鳴を「きゃあ!」と上げる。
だが今回は衛兵が押し入ってくることもなく、二人はベッドの上に転がってじゃれあった。
やがて笑い疲れてしばらく無言でベッドに横たわっていたが、その手は繋いだまま。
それからルシエンヌは起き上がると、レオルドの額に口づけて抱き上げた。
「母様はこれからずっと傍にいるわ」
「はい!」
「まずは、魔法の授業ね。もちろん傍で見ていますからね」
「……はい」
母が傍にいてくれるとの約束に、レオルドは元気よく返事をした。
しかし、その後に授業だと聞いて、その返事は勢いをなくす。
それがおかしくてルシエンヌが笑うと、レオルドも恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに笑ったのだった。




