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 まだ二日、総時間にすれば一日余りしか一緒に過ごしていないが、レオルドが愛情に飢えていることはわかった。

 表現が少々大げさかもしれないが、ルシエンヌの一挙手一投足を気にして、甘えてもいいものか窺っているようなのだ。

 また、クロディーヌの名前を口にすることはなく、ナミア以外の使用人に対して身構えているところもあった。


 朝食の席で、ルシエンヌが何をしたいか訊ねたときも、結局答えは得られなかった。

 そのため、ルシエンヌはレオルドのいつも通りの一日を一緒に過ごして様子を見ることにしたのだ。

 すると、朝食後しばらくして教師がやってきた。

 その授業は七歳くらいの子どもが受ける内容と変わりなかったのだが、レオルドがすんなり理解していることにルシエンヌは驚いた。

 やはり噂通りレオルドは際立った才能があるらしい。

 それは午後からの魔法の修練でも強く実感した。


(でも、遊ぶ時間がないわ……)


 ナミアから聞いたところによると、毎日一日の大半を勉学に費やしているらしい。

 だが、レオルドは特に不満そうではなく、ルシエンヌが見ていると嬉しそうではあった。


(まだたったの二歳なのだから、もっと授業時間を減らしたほうがいいわよね)


 才能があるのだから、伸ばしてはあげたい。

 魔法を上手く扱えるようになれば、体内の魔力操作も可能になる。

 ただ今日の教師たちは、そのあたりに精通しているようには思えなかった。


(クロディーヌが選んだ教師たちらしいけど……)


 子どもの養育係や家庭教師などは母親が選ぶのが慣例である。

 そう考えると、母親代わりであったクロディーヌが教師たちを選んだことに不満はない。

 おそらくクレイグも特に深く考えずに、クロディーヌに任せたのだろう。


(だけど、クレイグも幼い頃から魔力酔いで苦労したのだから……)


 もう少しレオルドの体調に配慮してくれれば、と考えてルシエンヌは気づいた。

 レオルドについては、ハリー医師からは問題ないと診断されており、クレイグ自身の幼い頃の状況とほとんど変わらない。

 クレイグの家庭教師は先代皇妃が選んでおり、その修練で高等な魔法技を早くから扱えるようになっていた。

 だが、先代皇妃はそのときの後悔をぽつりと口にしたことがあったのだ。


(そうよ。それなら――)


 ルシエンヌは先代皇妃の言葉から、ある案を思いついた。

 そのとき、入浴を終えたレオルドが嬉しそうに駆けてくる。


「かあしゃま!」

「レオルド、髪をまだ乾かしてもらってないわね? 風邪をひいてしまうわ」


 飛びついてきたレオルドを抱きとめ、ルシエンヌは叱るように言った。

 だが抱きしめるその腕は優しく、丸い頬に軽くキスをするのだから説得力はない。


「ごめなしゃい」


 レオルドは可愛く謝罪しながらも、きゃっきゃと嬉しそうに笑う。

 その可愛らしさに弛む頬を引き締めて、ルシエンヌはぎゅっとレオルドを拘束して立ち上がった。


「髪の毛をちゃんと乾かすまで、離しませーん!」

「じゃあ、かわしゃないです~」


 ルシエンヌの言葉に、レオルドは喜んでぎゅっと抱きついてくる。

 まったくお仕置きになっていないが、ルシエンヌはさらに強く抱きしめた。

 すると、レオルドが可愛い声で「きゃあー!」と悲鳴を上げる。

 そのまま傍でおろおろしていたナミアに近づき、髪を乾かしてくれるように目配せした。

 ナミアもずいぶんルシエンヌに慣れてきて、軽く頷くと風魔法でレオルドの髪を優しく乾かしていく。

 その間もレオルドはルシエンヌにしがみついたまま。

 レオルドがかなり二歳児らしい言動をしてくれるようになったことで、ルシエンヌは密かに安堵していた。

 昨日のレオルドは怯えと遠慮が見え隠れしており、痛ましいほどだったが、一日でここまで心を許してくれるようになったことが嬉しい。

 アマンが言うには、やはり母子には魔力による特別な繋がりがあるため、レオルドも安心しているのだろうとのことだった。


(明日は学習時間と魔法修練の時間を少し減らして、遊びの時間を作れるようにして……)


 ルシエンヌがレオルドを抱いたままこれからのことを考えていると、いきなり廊下側の扉が開き、クロディーヌが皇宮の衛兵を連れて入ってきた。


「ルシエンヌ! レオルドに何をしているの!?」

「……クロディーヌ、いきなりノックもなしに部屋に入ってくるのは失礼よ」

「そ、そんな場合じゃないでしょう!? 殿下の悲鳴が聞こえたらしいわね! だから急ぎお助けするために駆け付けたのよ!」

「あら、それはありがとう。レオルドを心配してくれたのね。でも大丈夫よ」


 ルシエンヌが突撃するまで、皇太子の部屋だというのに入口を守る衛兵の姿はなかった。

 当然室内にもおらず、その不用心さに苛立っていたが、ルシエンヌがクロディーヌとひと悶着した後は、衛兵が立つようになったとリテから聞いてはいた。

 昨日からルシエンヌはレオルドの部屋を出ておらず、レオルドの傍からも離れていない。

 それどころかナミア以外に常駐している使用人は誰もおらず、アマンやリテたちは余っていた使用人用の部屋を使ってもらっていた。

 そしてルシエンヌは簡易ベッドをレオルドの部屋に持ち込ませ、そこで眠ったのだった。


「それで、急いだと言うわりには、レオルドが悲鳴を上げてからずいぶん時間が経っているのではないかしら?」


 ルシエンヌはレオルドを守るようにぎゅっと抱き直し、衛兵たちに視線を向けて問いかけた。

 レオルドが楽しんで上げた声を悲鳴と聞き取ったなら、なぜすぐに部屋に入ってこなかったのか。

 せめて外から声をかけてレオルドの安否を確認するべきなのに、呑気にクロディーヌに報告したのかとルシエンヌは腹を立てていた。

 しかも、先ほどまで楽しそうにしていたレオルドが、再び怯えたようにルシエンヌにしがみついている。

 警備に関しては早急な課題ではあるが、ひとまずはレオルドのためにこの場を収めるべきだと判断して、ルシエンヌはクロディーヌに向き直った。


「レオルドの無事は確認できたでしょう? 先ほどの声は少しはしゃぎすぎてしまっただけなの。もうレオルドの就寝時間だから、退室してくれないかしら?」

「私をまた追い出そうというの?」

「皇妃の私が出て行ってほしいと頼んでいるの」


 ルシエンヌは微笑みながらも強いまなざしでクロディーヌを見据えた。

 クロディーヌがかすかに怯んだのを察して、ルシエンヌはふっと笑みを深め、衛兵へと視線を移した。

 途端に彼らは視線を逸らして俯く。


「あ、あなたが強くいられるのも、陛下が戻っていらっしゃるまでですからね! このこともしっかり報告させていただくわ」

「ええ、どうぞ。では、おやすみなさい」


 負け惜しみのようなクロディーヌの言葉にも、ルシエンヌは怯むことはなかった。

 クレイグとの対決は避けられないだろうと、すでに覚悟を決めているのだ。

 クロディーヌは脅しが利かなかったことで驚きに目を見開いたが、すぐに睨みつけてきた。


「後悔しても知らないわよ」


 捨てゼリフを残して去っていくクロディーヌたちを見送ると、ルシエンヌはすぐにレオルドに声をかけた。


「レオルド、びっくりしたでしょうけど、大丈夫?」

「……かあしゃまがいてくれるから、だいじょぶです」


 昨日よりも早くレオルドは落ち着きを取り戻しており、ルシエンヌはほっと息を吐いた。

 それでもさらに安心させたくて、ルシエンヌの不変の気持ちを言葉にする。


「ええ、母様は全力でレオルドを守りますからね。任せていてね」

「はい!」

「では、寝ましょうか」

「……まだだいじょぶです」


 元気よく返事をしたレオルドに、気持ちを切り替えて寝るよう声をかけると、いやいやと首を横に振る。

 どうやらまだ眠るより母と一緒に過ごしたいらしい。

 そんな小さな我が儘を態度に出してくれるようになったのが嬉しくて、つい許してしまいそうになってしまう。


「そうねえ……じゃあ、寝室で母様は絵本を読みたいから、レオルドの好きな本を教えてくれる?」

「えほん!? かあしゃまがよむんですか?」

「そうよ。レオルドも一緒に読んでくれる?」

「はい!」


 また元気よく返事をしたレオルドを連れて遊戯室に入ると、並べられたわずかばかりの絵本の中から選ばせた。

 その絵本はルシエンヌが子どもの頃に大好きだったもので、何度も読み返したものだ。

 ルシエンヌは懐かしい気持ちになりながら、レオルドと絵本と一緒に寝室へと向かったのだった。




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