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「――かあしゃま!」
「おはよう、レオルド。お熱は下がったかしら?」
「はい!」
お昼寝から目覚めたレオルドはゆっくり目を開け、何度か瞬きした後、勢いよく起き上がろうとした。
それを制しながら、ルシエンヌはレオルドの額を撫でて熱を測る。
まだほんのり熱いが先ほどよりはかなり下がっており、ルシエンヌは安堵した。
「レオルド、まだ少しお熱があるわよ?」
「だいじょぶです。かあしゃまがいてくれるのでもうなおりました」
にこっと笑うレオルドは二歳児らしく見えた。
それでも、離宮に遊びに来ていた子どもたち――魔力の弱い使用人の子どもたちに比べて、その言動は非常に大人びている。
今思えば、クレイグも出会った頃からかなり大人びており、そんな彼にルシエンヌはくだらない話をずっと聞かせていたのかと思うと恥ずかしくなった。
とはいえ、それは過去のことだ。
レオルドもクレイグもその能力からどうしても精神的に早く成長してしまうのだろうが、だからといって無理はさせたくなかった。
成長すればその立場から何かと制約が多くなるのだから、今はまだ自然体で我が儘でいてくれればいい。
「レオルド、苦しいときはちゃんと言えばいいのよ。母様はこれからずっと傍にいますからね。だから我慢も無理もしなくていいの」
「……ほんとに?」
「ええ、本当よ。約束するわ」
ルシエンヌの言葉にレオルドは大きな目をさらに丸くして、それからぷっくりした唇を震わせながら問いかけた。
そしてルシエンヌがきっぱり肯定すると、レオルドは大きな目から涙をぽろりとこぼす。
その涙を指先で拭ってあげたが、次から次へと涙はこぼれ、ついにレオルドは声を出して泣いた。
「大丈夫、大丈夫よ」
ルシエンヌはレオルドを抱き寄せると、優しくその背を撫で声をかけ続けた。
アマンは心配そうにしていたが、こんなときに自分の体調を気にしてはいられない。
後で倒れることになっても、今だけは絶対にレオルドを離してはいけないのだ。
だが幸いにして、先ほどのような強いめまいもなくレオルドを抱きしめることができた。
おそらく、レオルドの魔力酔いが落ち着いてきているのと、アマンが治療し、苦手な薬湯も飲んだおかげだろう。
「さあ、レオルド。目が覚めたなら、おやつにしましょうか」
「おやつ……?」
「ええ。お熱があるから、少しだけど、夜のご飯までにはまだ時間があるもの。氷菓を用意しているのよ」
「ひょ…か?」
「ええ、氷菓。冷たいから、お熱があっても食べられると思うわ」
ナミアから聞いた話では、レオルドはよく熱を出すのに一度も氷菓は食べたことがなかったらしい。
まだ二歳なので食べ物にもいろいろと制限があるのだろうが、アマンから食べすぎなければ大丈夫だと許可をもらっている。
ただ初めは少しずつ慣らしていかなければならない。
そのため、一番無難な柑橘系のものをいつでも出せるように準備をお願いしていた。
レオルドが起きた時点でリテは寝室から出てナミアに伝えにいっており、すぐにでも食べられるよう手配してくれているだろう。
「さあ、レオルド。お医者さんに診てもらいましょうね」
「おいしゃ、きらいです」
「……レオルド、簡単に『嫌い』という言葉を使ってはダメよ」
「でも……」
「そうね。嫌な気持ちになるのはわかるわ。でもそういう気持ちは母様にだけ、こっそり教えてくれる?」
「わかりました」
先ほど我慢をしなくてもいいと言ったばかりなのに、もう我慢を強いている。
その矛盾に申し訳なくなったが、皇太子であるレオルドの立場で『嫌い』を気軽に口にするわけにはいかないのだ。
「ありがとう、レオルド」
素直に頷いたレオルドにお礼を言って、その額に口づける。
レオルドは嬉しそうにまだ小さな両手で額を押さえ、くすくす笑った。
「それじゃあ、遅くなったけれど、新しいお医者さんを紹介するわ」
「あたらしい……? ハリーではないの?」
「ええ。……こちらはアマン・レクター。母様のお医者さんでもあるのよ」
「よろしくお願いいたします、殿下」
「よろしく、アマン」
ルシエンヌが紹介すると、ずっと静かに控えていたアマンが前へ進み出て、ベッド脇に膝をついて頭を下げた。
レオルドは生真面目な顔で頷き、手を差し出す。
その大人顔負けの態度に、ルシエンヌは目を丸くした。
アマンはくすりと笑って「失礼いたします」と言い、その手を握る。
「……体調はずいぶん落ち着かれたようですね」
「はい。かあしゃまがそばにいてくれるからです。これからもう、ずっと、だいじょぶです」
アマンはレオルドの手を握ったことで、魔力の巡りがよくわかったようだ。
そのことよりも、レオルドがまるですべて理解しているように答えたことにルシエンヌは驚いた。
アマンも同様らしく一瞬目を丸くしたが、すぐに医師らしい微笑みを浮かべる。
「では、私は失礼いたしますね」
「うん」
アマンはわずかに後退して立ち上がると、ルシエンヌに目配せして寝室から出ていった。
それと入れ替わるようにナミアとリテが入ってくる。
ルシエンヌはレオルドがナミアに世話をされ着替えている間にリテを紹介し、手を繋いで寝室を出たのだった。




