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「――相変わらず、あの医師はずいぶん横柄でしたね」

「ええ、昔と変わらないわ。それに、診断内容も変わらないようね」


 しばらくしてレオルドが深い眠りに入ると、ルシエンヌとアマンはベッドから離れて話し始めた。

 寝室は広く、ちょっとしたくつろぐために置いてある長椅子にルシエンヌは腰を下ろし深く息を吐き出す。


「ルシエンヌ様も横になられたほうがよいのではないでしょうか?」

「大丈夫よ。少し疲れただけ」

「無理もありません」


 長椅子の脇に膝をついたアマンはルシエンヌの手を握った。

 その姿を見れば二人の仲を怪しむ噂が流れるのも当然に思えたが、寝室には誰も入れないようリテに伝えている。

 もう少ししてルシエンヌの体調が戻れば、ナミアを招き入れてレオルドについて話を聞くつもりだった。


「少しは楽になられました?」

「ええ。ありがとう、アマン。だけど、思っていた以上に……」


 苦しかった、という言葉をルシエンヌはのみ込んだ。

 たとえよく眠っているとはいえ、レオルドの前で口にしたくなかった。

 レオルドが最近頻発している発熱が、ハリー医師の診断通りに〝魔力酔い〟なのは、アマンも同意しているので間違いない。

 強すぎる魔力が幼い体では受け止めきれず、発熱や嘔吐などを引き起こすのだ。

 とはいえ、たいていは体の成長とともに治るので、医師もさほど重大視していない。

 だが、膨大な魔力を持って産まれた子は、長い間苦しむことになる。――クレイグのように。

 それなのにハリー医師は、クレイグも耐えたのだから大丈夫だろうと言わんばかりの態度だった。


(クレイグがどれほど苦しんでいたか……)


 当時を知るルシエンヌは、あの頃と何も変わっていないハリー医師の態度に怒りが湧いた。

 クレイグは四歳くらいから症状が出始めたと聞いていたが、レオルドはまだ二歳になったばかりなのだ。

 これからどれほど苦しむことになるのか、ルシエンヌはレオルドの将来を考えるだけで、胸が苦しくなった。

 しかし、だからこそルシエンヌはこの二年間を耐え、クレイグにどう思われようが――嫌われようがかまわないと、この皇宮に戻ってきたのである。


「……もっと早く、先代皇妃様が――オレリア様がアマンのお父様に出会えていればよかったのにね」

「そうですね……。とはいえ、陛下が〝魔力酔い〟を発症したのが四歳だとすれば、父も治療方法については研究途中でしたから、多少の症状緩和のお役には立てたかもしれませんが……。皇太子殿下の治療となると難しかったかもしれません」

「それもそうね……」


 アマンの父親は当時地方の無名の医師だったため、いくらオレリアの推薦だったとしても皇太子の治療に当たるには大きな反発が起きただろう。

 しかも治療方法が研究途中であるなど、許されるはずがない。

 ルシエンヌはアマンの言葉に納得し、残念そうにため息を吐いた。


 アマンの父親との出会いは、オレリアが地方への遊行で体調を崩したことがきっかけだとされている。

 その後、オレリアの主治医となってどこへいくにも同行したため、あらぬ噂を生むことになったのだ。

 だが、当人たちはまったく気にしておらず、オレリアが離宮で暮らすことになっとき、ルシエンヌはアマンの父親とまだ見習いだったアマンに紹介されたのだった。


『ルシエンヌ、二人はきっとあなたにとって必要な人になるわ』


 オレリアにそう言われたとき、その意味を今ひとつ理解していなかった。

 しかし、おそらくルシエンヌがクレイグの妃に選ばれることをオレリアは予見していたのだろう。

 実際、アマンがいなければ今頃ルシエンヌは――レオルドさえも生きてはいられなかったかもしれない。


(オレリア様はやっぱりクレイグのことをわかっていらっしゃったのだわ……)


 神殿でクレイグと魔力の相性がいい妃として、ルシエンヌは選ばれた。

 だが、母親であるオレリアはクレイグと魔力が同質のため、ルシエンヌと相性がいいとわかっていたのだ。


(だから、あんなに気にかけてくれたのかしら……)


 オレリアとルシエンヌの母親とは親友だった。

 母親が――先代アーメント侯爵夫人が事故で亡くなったときには、酷く悲しみ、親族と同じように長い期間喪に服し、ルシエンヌを慰めてくれた。

 それは叔父である現アーメント侯爵よりもずっと。

 正式にルシエンヌがクレイグの妃として神殿で選ばれたとき、叔父たちには酷い剣幕で詰られたものだった。


 ――皇妃様に取り入って、神殿に手を回させたのだろう!

 ――クロディーヌと殿下は想い合っているのに、二人の仲を裂くつもりなの!?

 ――お前は育ててやった恩も忘れて、酷い娘だ!

 ――本当にそうよ、この恩知らず! 今すぐ辞退しなさい!


 そう詰られている間、クロディーヌは両親の傍で大げさに泣いていた。

 しかし、どんなに詰られようとも、神殿の決定をルシエンヌが覆せるわけもなく、針の筵のような侯爵家を出て皇宮で暮らすことになったときは、どれほど安堵したことか。

 ところが、皇宮ではまた別の苦しみが待っていた。


(それでも、レオルドを授かったことを思えば、すべて大したことではないわ)


 ルシエンヌはベッドで眠るレオルドに視線を向けて微笑んだ。

 本当はもっと一緒に過ごしたい。もっと触れたい。抱きしめたい。


「……レオルドの目が覚めたら、また抱きしめてもいいかしら?」

「先ほどのように、ずっとではなければ」

「わかったわ」


 ルシエンヌがアマンに問いかけたのは、今度こそ寝込むことがないように気をつけているからだ。

 ハリー医師は子どもの〝魔力酔い〟について、体が成長すればやがて治まるものとして、特別な処置が必要だとは思っていない。

 おそらく大半の医師がそうだろう。

 だが、時には〝魔力酔い〟に耐え切れず亡くなる子もいるのだ。

 それを運が悪かった、といって見捨てることなく、ずっと研究していたのがアマンの父親だった。

 アマンの家系では、本来不可能とされる異質な魔力――他人の魔力に干渉することができる。

 そのため、魔力を消耗した者を治療する過程で、魔力酔いの子を多く診ることになったらしい。

 そして様々な症例を学び、回復に至った経緯、重症化した例などから出した結論が、同質の魔力をもってすれば、子どもの体内で乱れた魔力を緩和できるというものだった。


 ルシエンヌもレオルドを妊娠してからアマンに聞いた話なのだが、オレリアはクレイグを抱くたびに気分が悪くなってしまい、いつしか触れることも避けてしまっていたらしい。

 クレイグの魔力酔いが発症した四歳の頃には、手を触れることもなく、ただ苦しむクレイグをハリー医師に任せるしかなかったのだそうだ。

 しかし、それも子どもの魔力酔いに同質の魔力が――母親の魔力が子へ与えられることで緩和する効果があるとは知らなかったためで仕方ないことだった。

 要するに、子の〝魔力酔い〟を緩和するために母親は魔力を消耗しなければならず、それが体調不良へ繋がるのだ。

 それでも、オレリアはアマンの父親から魔力酔いの治療方法を聞いたとき、後悔に打ちのめされていたらしい。


(私も……もし知らなかったら、先ほどのようなめまいが続けば、レオルドを抱くことをためらうようになったのかも……)


 ひょっとして、オレリアは自分の体調よりも、クレイグの体調まで悪くなるのではと心配したのかもしれない。

 それは予想でしかないが、ルシエンヌはプライドの高いオレリアのことを思い出し、小さくため息を吐いた。

 オレリアには彼女なりの考えや信念があったのだろうが、それでもクレイグは傷ついていたのだ。


(私は絶対にレオルドを傷つけたりしないわ……)


 レオルドが魔力酔いになるだろうことはわかっていたので、そのためにルシエンヌは万全の体調に戻すためにこの一年間――レオルドを産んでからの二年間を耐えてきたのだ。

 もちろん無理をするつもりはない。

 それでは逆にレオルドを傷つけてしまうことになるかもしれないからだ。


「ありがとう、アマン。あなたがいなければ、今頃はこうしてレオルドと再会することもできなかったわ」

「ルシエンヌ様が耐え抜かれたからですよ」


 ルシエンヌが改めてお礼を言えば、アマンは優しく微笑んで答える。

 アマンの家系はどうやら特別な魔力を有しているらしく、こうして手を握ってアマンの魔力を注ぐことで、欠如した魔力を補ってくれるのだ。

 彼女がいなければ、妊娠期間も無事に過ごすことはできなかっただろう。

 それでも、ルシエンヌは生死の境をさまようほどで、無事にレオルドが生まれたことにどれほど感謝したかわからない。


「やっぱりお礼は言っても言っても足りないくらいよ」

「そうでしょうか? 私はもっと力が強ければと思わずにはいられません。もし私が男だったら――」

「アマン」


 悔しそうなアマンの言葉を、ルシエンヌは強い口調で遮った。

 そして、もう片方の手もアマンの手に添えて言い聞かせる。


「男性だからって、必ず魔力が大きいわけじゃないわ。単なる相対的な統計であって、個々の差はあるんだもの。そのこともわかっているでしょう? アマンはアマンだからこそ、今の力があるの。とても素晴らしい力よ」

「……ありがとうございます」


 今度はアマンがお礼を言い、結局二人で小さく笑った。

 ルシエンヌもずいぶん体調がよくなっている。

 そこでリテを通じてナミアを呼び入れ、小声でレオルドのことを事細かに質問していったのだった。




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