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 ――殿下はもうお言葉を発せられるようになりました。

 ――絵本ならお一人で読むことができるようになりました。

 ――文字を書くことができるようになりました。

 ――最近は養育係への質問が難しく、専門の教師を手配することになりました。

 ――驚くことに、簡単な魔法が使えるようになりました。


 あれから一年と三か月。

 定期的に届く皇宮からのレオルドの成長は、驚くばかりだった。

 レオルドはまだ二歳だというのに、家庭教師がついて勉強しているばかりか、魔法まで使えるようになったらしい。

 クレイグの成長も常人よりかなり早かったとは聞いていたが、レオルドはそれ以上に驚異的な早さだった。


(やっぱり魔力の大きさが関係あるのかしら……)


 ルシエンヌは最新の報告書を封筒に仕舞うと、立ち上がって中庭を見下ろした。

 皇宮から届くのは、オレリアが皇宮で暮らしていた時代からの古参の侍女の事務的な報告書だけ。

 クレイグからはもちろん、文字を読めるようになったと知ってから何通も書いたレオルド宛ての手紙の返事は一度もきたことがなかった。

 ただ悲観はしていない。


(きっとクロディーヌが何か手を回しているのよ……)


 今は離れて暮らしていても、レオルドの実の母であり皇妃なのだ。

 それなのに、レオルドどころか周囲からも何の反応がないなどあり得ない。

 一年前にクレイグが怒りに満ちてルシエンヌに会いに来たのは、クロディーヌの悪質な嘘のせいなのだから、それなら今も彼女がレオルドの傍で何かしらの工作をしていても驚きはなかった。

 きっとクロディーヌにとっては、レオルドの産みの母であるルシエンヌが邪魔なのだろう。

 この二年で、ルシエンヌが選んだレオルドの周囲の者たちが解任されていったことで確信を持っていた。


(クレイグのことはもう諦めたけれど、レオルドは絶対に手放したりしないわ)


 今度こそクレイグの怒りで体調を崩したりしないように、長い時間がかかったが、アマンの指示に従って完全に魔力体力ともに回復させたのだ。

 まだ一度も抱いたことのない我が子のために、寂しくてもつらくてもずっと耐えてきた。


(それでも、もしレオルドに拒絶されたら……)


 この二年間、クロディーヌが母親代わりとして関わっていたなら、いきなり実の母だと名乗り出ても戸惑うだけだろう。

 だから、初めは何も言わずに世話係としてでも傍にいるつもりだった。

 クロディーヌに邪魔をされないために、レオルドの前には突然現れる計画である。

 それもクレイグが留守のときを狙わなければ、レオルドに会う前に阻まれてしまうかもしれない。

 皇妃であるルシエンヌを止めることができるのは、皇帝であるクレイグだけなのだから。


(あと少し……三日後にクレイグは地方視察に出るのだから、それまで……)


 クレイグが十日ほどの予定で視察に出ると知らせてくれたのは、その古参の侍女である。

 それからは、ずっと温めていた計画を実行に移すべく準備を整えていた。

 事前情報で皇妃の部屋には誰も――クロディーヌも立ち入ることなく、そのままにされているらしい。

 レオルドの部屋も、出産前に準備した子ども部屋のままのようだ。

 それなら迷うことなくレオルドに会いにいける。

 とにかく、クロディーヌに知られて先回りされるより早く会わなければ、と何度も頭の中でレオルドの部屋までの最短距離をイメージしていた。


(私が用意していたレオルドの部屋を、クロディーヌがそのまま使っているのは意外だけど……)


 世間の噂では、育児放棄したルシエンヌの代わりに従妹のクロディーヌが献身的にレオルドの世話をしているらしい。

 とはいえ、クロディーヌの性格から考えて、ルシエンヌが準備した子ども部屋をそのまま使うということが信じられなかった。

 彼女なら、自分好みに内装から小物まで一新するだけでなく、部屋まで変えそうなものだ。


(ひょっとして、クレイグが許可を出さないのかも……)


 そこまで考えて、ルシエンヌはまたクレイグに期待していることに気づいて苦笑した。

 皇帝が息子をかなり気にかけているようだ、という噂は聞いている。

 先代皇帝が息子であるクレイグを嫌っていたことは有名なため、皆が父子関係に関心を持っているらしい。

 母親との仲も上手くいっていなかったクレイグにとって、ルシエンヌのことを許せないでいても、息子を動揺させるようなことはしたくないのだろう。


 ルシエンヌは聞こえてくる噂や報告書によって知る我が子の発育に誇らしさよりも、心配が勝っていた。

 元気であることは何より一番嬉しくはあるが、まだ赤子と言ってもいいほどなのに、あまりに早すぎる。

 そのためか、体調を崩すことも多いらしく、周囲からは将来を期待されるとともに不安視もされていた。


(みんな勝手すぎるわ。でも、何もわからない私が外から言うべきでもないわね……)


 子どもの成長はそれぞれなのだが、一度も世話をしたことのないルシエンヌがあれこれ考えても仕方ない。

 だがもうすぐ、会いにいける。

 クロディーヌに懐いているなら、無理に引き離したりするつもりはなかった。

 レオルドが許してくれるなら抱きしめて、ずっと傍にいさせてくれるだけでいいのだ。

 ルシエンヌは緊張と期待で不安に押しつぶされそうになりながら、決行の日がやってくるのを待っていた。




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