09 揺れる想い
夏休みに入ってすぐに行われる恒例の夏合宿。
練習は辛いが学校で宿泊するのはある意味楽しい。
去年は先生と買い物に出掛けられて楽しかったことを思い出していた。
今年は二年生にもなり、そんなことももうないだろう。
練習に集中して頑張りたい。
そう思ってた俺だが全く練習に集中出来ないでいた。
理由は合宿前にある。
◇ ◇ ◇
「先輩、あの……付き合ってる人いますか?」
話しがあると言われて僕を呼び出した瞳。
いつもの元気な姿と違って、妙にしおらしい。
恥じらいの表情を浮かべながら真っ直ぐに僕を見てくる。
何を言われるかは、この時点で想像出来ていた。
「いや、いないけど……」
「あの……私……先輩のこと……」
自惚れではないが、もっと以前からもしかしてという思いはあった。
瞳の普段の接し方も僕と他の男子部員の連中とは違ってる。
瞳に好意を寄せられてるのは薄々感じていたことだった。
「……好きです。良かったら付き合ってもらえませんか?」
告白がどれだけのパワーを使うのかを僕は知っている。
好きな人を想う気持ちも……。
先生に告白した気持ちを覚えているから。
思い切って告白してくれた瞳の気持ちは痛い程理解してるつもりだった。
でも、僕はまだ先生が好きだ。
だから付き合う訳にはいかない。
そう思ってるのだが、すぐに答えが出せないのは何故なんだろう。
「すぐじゃなくていいです。返事考えてて下さい」
「……うん」
答えを出せない僕に気づいた瞳はそう言うと走り去って行った。
どうしてはっきり言えなかったんだろう。
付き合ってる人はいないけど、好きな人ならいると言えなかったんだろう。
◇ ◇ ◇
「はぁ〜」
大きくため息をつく。
断れない理由も薄々気づいてる。
瞳からの告白は素直に嬉しかったんだ。
嫌な女の子からなら、こうは思わないだろう。
そして、先生の気持ちを待つのにかかる時間に痺れを切らしてるせいもある。
先生との恋の現実味がないことを自分自身も感じ始めていた。
このまま瞳と付き合った方が楽しいんじゃないだろうか。
幸せになれるんじゃないだろうか。
それが僕がすぐに答えを出せなかった理由だった。
案の定、練習中もそのことが気になって集中出来ないでいた。
しかも運悪く、それが噂となり部内に広がっていた。
「モテる男は辛いな!」
「どうすんだよ。付き合っちゃえばいいじゃんかよ」
茶化す奴、興味本位に突っ込む奴。
言われることもイラつくが、瞳の気持ちを蔑ろにしてそうで不快に感じていた。
しかし、答えは出さなければならない。
どうするべきか、僕は本気で悩んでいた。
◇ ◇ ◇
合宿の最終日の前日の夜の出来事。
レクレーションを兼ねて肝試しを行うことになった。
男子部員と女子部員が一人ずつペアを組み、夜のランニングコースを歩いていく。
実にシンプルだが楽しそうな企画だった。
「十四番誰〜? 私だからねー」
「げっ! マジかよ。十四だけは勘弁してくれよ」
「何で先生が混じってんだよ」
女子の人数が合わない為に参加することになった先生が張り切っている。
ぼくは自分のクジを見て驚いた。
十四番。
みんなが避けてた先生とのペアの相手は僕だった。
嬉しいはずなのに複雑な気持ちなのはどうしてだろう。
「先生。俺だよ」
引いたクジを先生に見せるとホッとしたような表情を僕に向ける。
「真一君でよかったぁ。実は私ね、暗い所苦手なのよー」
本音を僕の耳元で囁いていた。
「だったら参加するって言わなきゃ良かったんじゃないの?」
「だってね、人数足りないって言うし。それに大人の私が怖がったら格好悪いでしょう?」
先生のかわいいプライドが透けて見えて笑えてきた。
「た、頼むわよ、真一君」
「はい、はい」
始まる前からビクビクする先生を従えて、順番がやって来るといよいよスタートする。
いつも走ってるランニングコースを校舎から見える外灯の薄い光だけを頼りに歩いていく。
蒸し暑い夜の生温かい風が怖い雰囲気を手伝っていた。
僕の後ろにはぴったりと先生が付いてきてた。
「やっぱり怖いわね」
「そう? 大したことないよ」
怖がる先生を見るとやっぱり女の子なんだと思ってしまう。
「何か話してよ。面白い話しとかないの?」
「面白い話しって言われるとハードル上がるなぁ。先生はないの?」
気を紛らす為に話しをしようとする先生。
しかし、改まって面白い話しを、と言われると困るものだ。
少しの間考えてるのか、やはり何も思い浮かばず、僕と先生は黙ったまま歩いていた。
「あ、そう言えば聞いたよ」
先に話しを思いついたのは先生だった。
「何?」
「斎藤さんが真一君に告白したって話し」
「ああ……。そうなんだ」
穏やかな口調で話す。
噂は先生の耳にまで届いていた。
少しは気にしたのだろうか。
僕が告白された話しを聞いて、いったいどう思ったんだろうか。
話しを振って来ると言うことは何かしら感じたからに違いない。
先生の気持ちを聞くチャンスに思えた。