08 後輩
告白後も先生との仲は相変わらず平行線を辿っていた。
良くもならないが悪くもならない。
現状維持を保ったまま時間が過ぎている。
もどかしいと思う部分もあるが苛立ちはなかった。
焦っても仕方ないという、どうしようもない現実を知っていたからだ。
そんな時だった。
「沢田先輩」
突然、一年生の女子に声を掛けられる。
「先輩は緑山中のバレー部でしたよね?」
「え、あー、うん。そうだけど」
後輩のバレー部員の女の子だった。
「私、北中のバレー部だったんですけど、見かけたことあるなって思って」
「あー、そうなんだ。練習試合とかよくしたよね。あれ? そう言えば俺もどこかで見たことあるような……」
「ホントですか?」
確かに見たことあるような、そんな気がした。
一年生の後輩が入っても最初はごちゃごちゃと人数だけはいっぱいだった。
それが少しづつ減り、残ったのはやる気のある者だけとなっていく。
ようやく後輩の顔と名前も少しづつ覚えてき始めていた。
「これからよろしくお願いします」
「あ、うん、よろしく」
「私、斉藤瞳って言います」
ずいぶん気さくに話しかけてくる。
圧倒されるような勢いに押されていた。
後輩の女の子の中でも彼女は一際元気で明るくて目立っていた。
◇ ◇ ◇
「先輩、今日調子いいですね」
「そんなことねーよ。いつも通り」
そんな調子で頻繁に話し掛けてくる彼女が最初は面倒臭いと感じていた。
「ファイトー!」
だが、見たことあると思ってた記憶は間違いなかった。
瞳は今の調子で中学時代も大きな声で声援を送っていただろう。
よく練習試合や大会で相手の耳障りにも似た聞こえてた大きな声は瞳だったと気づく。
だから僕も覚えていたに違いない。
体育館に響く声が、いつの間にか先生よりも多くなっている。
そんな所がどことなく先生に似た印象を受けていた。
いつからか話すのも面倒と思わず、好意的に感じられるようになっていた。
「あれ? 今日は何か静かだな」
「ほら。元気な一年がいないんだろ?」
「あー、そっか」
元気な瞳がいないだけで体育館の雰囲気が違う。
一人いないだけでも静かに感じる程存在感があったことに気づいた。
部活で毎日見かけてた瞳。
いないと気になるのは気のせいか。
彼女の存在が少しだけ大きくなってる。
僕が好きなのは先生だ。
これは間違いない事実。
だが、先生以外に気になる女の子が出来たのは初めてだった。
◇ ◇ ◇
「真一先輩。はい、これ」
「サンキュー。撮ったら明日にでもすぐ返すから」
「レンタル代はジュースでいいですよ」
「うーん、仕方ねーなぁ」
「ふふふ。冗談ですよ」
瞳の人懐っこい性格だったせいもある。
同級生の女子よりも一つ下の瞳と話す方が楽に感じていた。
この間話してた話題は、とある歌手の話しだった。
発売したばかりの新作アルバム。
予約して買った瞳にいつでもいいから貸して欲しいと頼んだ所、すぐに持って来てくれた。
「ありがと」
僕は次の日借りてたCDを約束通りすぐに返した。
「先輩、何曲目が良かったですか? 私は最後のがすっごく好きなんですよ」
「え? ああ、うん。お、俺も最後の曲いいと思う」
「ですよね! 今度カラオケ行きましょうよ」
「そ、そうだな」
無邪気に笑う瞳に対して僕は後ろめたい気持ちがあった。
「……あんまり乗り気じゃないみたいですね」
女の勘、というものなのだろうか。
意外と鋭い。
何かを察した瞳は怪しむような細い目で僕を睨んでくる。
「そんなことねーよ」
慌てて否定していた。
瞳の勘が鋭いのか、僕の態度がヘンなのか。
瞳は発売して間もないCDを快く貸してくれた。
本当の所、実は全く興味がなかった。
借りた理由は先生がそのCDを聞きたい、と言ってたことを覚えてたからだった。
瞳から借りたCDを録音し、それを先生に渡す。
先生と話す口実を作る為に、聞かないCDを僕は借りていた。
瞳は笑顔で快く貸してくれたのに……。
大したことないと思っていたが、僕は罪悪感でいっぱいになっていた。
「先生。はい、これ」
「わっ! ありがと。嬉しいわ」
先生の笑顔が見れて嬉しかったが、その嬉しさも半減していた。
「真一君も聞いた? お薦めとかあるかしら?」
「最後の曲が……いいんじゃないかな」
「?」
「あ、いえ。最後の曲がお薦めですよ」
「そっか。聞くの楽しみにしてるね。ホントにありがとう」
何ともしっくりしない感じだった。
瞳にも先生にも話さなければ分からないことだ。
なのに、僕は自分が許せなくなった。
結局、僕はレンタルで同じCDを借りて録音した。
何回か聞いてる間に、瞳の言う通り最後の曲が一番いいと思えた。
「やっぱ最後はいい曲だな」
数日後、改めて瞳にそう話した。
今度は嘘じゃない。
本当の気持ちだった。
「え? はい。確かにそうって言いましたけど。真一先輩、何かヘンですよ?」
「何でもいいよ。今日も練習頑張ろう」
「はい」
苦虫を噛んだような瞳を横目に、僕の罪悪感は少し消えていた。