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07 告白

「真一君」


「……」


「ちょっと、真一君」


「あ、ごめん、先生。聞こえてるよ。何か言われ馴れなくって……」


 二年生に進級し後輩も出来た。

 同じ苗字の一年生がいた為、先生は僕を名前で呼ぶようになっていた。

 先生とも出会ってから一年が経ったことにもなる。

 仲は良くなってるものの、当たり前だが生徒の域を脱することは出来るはずもない。


 そんな中、ようやく試合にもチラホラ出れるようになった僕に嬉しい出来事があった。

 次の練習試合、初めて先発のメンバーに抜擢されることになった。

 三年生である先輩を差し置いての出場は否が応でも気合が入るものだった。

 ところが、いざ試合が始まると全く予想もしない展開が訪れる。


「沢田!」


「えっ? あっ! すいません!」


 ――バシッ!


「どんまい、どんまい」


 試合前の気合の入った自分はどこかに行っていた。

 緊張と空回りでミスを連発する上に、それを取り戻そうと更にミスを重ねる悪循環。

 交代させられた頃には、もう取り返せない展開になっていた。

 相手は格下の高校。

 普通に戦えば負けることはないだろう。

 敗戦の原因は明らかに自分にあった。


   ◇   ◇   ◇


「すいません。俺のせいで……」


「別にお前のせいじゃないよ」


「そうそう。気にするなって」


 そうは言われても、すべては僕の責任だ。

 しかし、誰も僕を責める者はいなかった。

 それがどんなに悔しかったことか……。

 優しい言葉をかけられるのが逆に辛く感じていた。


 学校に帰った後、一旦は解散したが僕は途中で学校に引き返していた。

 自分の中のイライラを解消すべく、校庭を黙々と走り出していた。

 走らずにはいられなかった。


「真一君! 何してんのよー、もう!」


「……先生」


 僕の姿に気づいたのは学校に残っていた先生だった。


「何か……体……動かしたくて……あぁ、疲れた」


「気持ちは分かるけど無理しちゃだめだよ」


 立ち止まると一気に疲れが襲ってきた。

 水飲み場へ向かうと蛇口に口が付くぐらい勢いよく水を飲んでいた。


「ほら」


 無造作に渡されるタオル。

 先生のタオルからは自分のタオルとは違ういい匂いがしている。


「悔しいのは分かるけど、誰も真一君が悪いって思ってないよ」


「それでも失敗したのは俺だから……。誰も文句言わないのが返って辛いっすよ」


 呆れたような顔で先生は僕を見ていた。


「みんな真一君がいつもがんばってるの知ってるからよ」


「そんなことないっす」


「ううん。私もいつも見てるから分かるよ。真一君はがんばってる!」


 先生の優しい笑顔に救われる思いだった。

 今走っても何も解決しないのは分かってる。

 でも、何かしないといけないのが自分の胸に沸き起こってきて抑えられなかった。


「ふふふ。ホント、バカだね」


「そうっすね」


 先生に諭されるように無茶な走りを止めていた。


   ◇   ◇   ◇


「着替えた? さあ、帰りましょう」


「待っててくれたんですか?」


 着替えをすると待ってた先生がまだ訝しそうに僕を見ていた。


「また走り出しそうな勢いあったからね。ん? ちょっとごめん」


 髪についたタオルの糸くずを取り払おうとする先生の手が僕の頭に近づく。

 手に取るとフーっと息を吹きかけ遠くに飛ばそうとする。

 風に乗って遠くに飛んだ糸くずを見つめる先生の表情に思わず見惚れていた。

 走り終えた後の胸の鼓動の早さは落ち着いたのに、今はまた早くなっていた。


「先生」


「どうしたの?」


 先生が好きな気持ちを抑えられない。

 もう振られてもいい。

 一年間想い続けてきた自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。


「好き……です。先生のことが」


 震えていた。

 体も声も心も。


「……えっ?」


 突然のことに先生が驚いてる。

 真っ直ぐに見つめた先生の顔は笑顔から困惑の表情へと変わっていた。

 やってしまった。

 すぐに後悔していた。


 もしかしたら今までのように先生と接することは出来ないかもしれない。

 せっかくここまで仲良くなれた関係も終わってしまうかもしれない。

 それでも伝えずにはいられなかった。

 もう後戻りは出来ない。


「ずっと先生のことが好きだったんです」


「私も真一君のことは好きよ。真一君に限らず、生徒はみんな好きだけどね」


 在り来たりの交わし言葉でやり過ごそうとしてる。

 無理に作った笑みを浮かべて答える。

 でも、真面目に伝えただけに、その言葉と態度は切なく感じた。


 先生に合わせて笑って誤魔化せば、このままの関係でいられるかもしれない。

 今まで通りに……。

 だが、それはもう僕の望んでいた結果とは違ってるような気がした。


「そう言うんじゃないよ。俺は……俺は真剣に言ったんだ」


 すぐに先生の言葉を否定した。


「生徒の俺なんかに告白されても困ると思うけど。やっぱり……やっぱり先生のことが好きだから……」


「し、真一君?」


 振られるのは分かってる。

 さっきの困った様子を見れば。

 それでも、ちゃんと伝えたかった。

 自分の本気の気持ちを知って欲しかった。


「俺、ずっと前から先生を一人の女性として見てたんですよ。困った生徒だね」


「……ちょっと待って、真一君」


「先生見てると元気貰えたし、話すと楽しくて。だから……だから俺はっ!」


「ちょっと待ってってば! 真一君!」


 僕が夢中でしゃべる言葉を先生は大きな声で遮断する。


「……ごめんなさい。茶化したりして」


 真剣に伝えたことは先生も分かっていたようだ。

 それでもやり過ごそうとしたのは、気を使った先生の優しさからだろう。


「真一君。私の話し、ちょっと聞いてくれる?」


「いいよ。遠慮なく言っちゃって下さい」


 はっきり振られれば寧ろスッキリするような気がしてた。


「真一君の気持ち……。もしかしてって感じたこと、実はあるわ」


 態度に出てたのは先生にも伝わっていた。

 知らぬは自分ばかりと言った所か。

 格好悪い。


「今はっきりと聞いて戸惑いもあるけど素直に嬉しいって思う」


「……うん」


「私ね、真一君を他の生徒と違った目で見る時があったわ。ヘンな意味じゃなくてよ。生徒の中でってこと」


「そう……なんだ」


「でも、生徒だけど一人の男性として見たらどうなんだろうって思う時もあった。教育者失格ね」


 意外な先生の言葉に僕の胸の鼓動が告白した時と同じぐらいドキドキ高鳴っている。


「いつも一生懸命で頑張ってて。私の目には真一君はいつも輝いて映ってたわ」


「そんなことないよ。俺なんて……」


 先生は首を横に振ってた。


「そうなの。ホントよ」


 何も言い返せなかった。

 そんな風に先生に見られてた事実が驚きだった。


「でも、恋愛の対象なのかどうか、私にもよく分からないの」


「先生。じゃあ、俺と――」


 “付き合って下さい”

 そう言おうとした瞬間遮られるように先生の言葉が続いた。


「今ははっきりした答えが出せないの。言えないの。私自身が真一君を生徒以上として見てるのかが分からないの」


「……」


「ごめんなさい。ズルイ答えで。でも、これが今の私の気持ちなの」


 言われた僕もよく分からない。

 でも、先生が今思う気持ちを誠実に言葉に紡いでくれたのは分かる。


「いつか答えが出せると思うから……」


「うん、分かった」


「ごめんなさい。でも……ありがとう」


 結局、僕は振られたのだろうか?

 そんなことはどうでも良かった。

 先生が僕の告白に、こんなにも真剣に答えてくれたのが嬉しかった。


   ◇   ◇   ◇


「あー、びっくりしたわ」


 こんなことがあったのにも関わらず、何事もなかったように僕と先生は一緒に歩いていた。

 不思議な感じだった。 


「何で?」


「だってね、男の人に告白されたのなんて、初めてだったから」


「それって、やっぱり俺を男として見てるってことじゃないの?」


「さあ? どうなんだろうね」


 誤魔化す先生の含み笑いがズルイ。

 告白したのに今までと変わりなく話せてる。

 予想もしてなかった展開だった。

 それでも今はいい。

 このままで。

 静かに待とう。

 先生の気持ちを。

 もう少し大人になって先生に相応しい男になりたいと僕は思っていた。

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