06 バレンタインデー
男なら誰もが期待に胸を膨らませるバレンタインデー。
例年ならば気にもしないイベントだったが今年はちょっと違っていた。
もしかして先生から貰えたりしないだろうか?
密かにそんな期待感を寄せていたからだ。
貰えなかった時はショックが大きいから考えないようにしよう。
貰えたらどんなに嬉しいんだろう。
頭の中は同じことがグルグル回っていた。
そして、いざ当日を迎えることとなった。
「先生ー、チョコは?」
僕が聞きたくても聞けない事をあっさりと聞く部活の先輩方。
好意を持ってないからこそ出来るに違いない。
「ふふふ。用意してあるわよ」
「マジで?」
持ち出した先生の袋から無造作に配られるチョコレート。
百円の板チョコが僕の手元にも渡されていく。
「先生さー、他にもっとなかったの?」
「あんた達ねー。全員の分買うのがどれだけ大変だと思ってるのよ」
確かにそうだ。
義理チョコとはいえ、全員分を用意すれば結構金額も張ったことだろう。
先生から貰えただけでも感謝しなければならない。
と言うのは建前で、みんなと同じなのがやっぱり寂しいと思うのが本音だった。
常々生徒の中でも特別でありたいと思っていても、なかなか現実的には難しいのかもしれない。
「あ、沢田君。ちょっとこれ持ってくの手伝ってくれない」
チョコを配り終えた先生に呼び止められた。
この頃、雑用と言うと僕が頼まれるのはなぜだろう。
尤も、これも一種の特別扱いなのかもしれない。
「先生も大変だね。義理チョコ配るのにもさ」
「そうねぇ。でも、買ったり作ったりするのって楽しいのよ」
「そんなモンなんですかね」
作ったり?
先生の口から出た言葉を聞き逃さなかった。
手作りチョコをあげる人がいるということなのだろうか?
いったい誰にあげたんだろう。
途中から先生の話しかける言葉が耳に入らなくなていた。
「ありがとね」
「あ、いえ。あの、先生……」
「なに?」
“手作りチョコって誰にあげるんですか?”
「すんません。やっぱり何でもないです」
聞けなかった。
聞いてどうする気なのだろう?
もし先生に意中の人がいて、その人の為だったとしたら……。
そんな話し聞きたくもない。
そもそも先生がチョコを誰にあげようとも、先生からすれば知ったことではないだろう。
「沢田君、待って。はい、これ」
「……えっ?」
小さなその包みはいかにも手作り風な包装に見えた。
「久しぶりに作ったから美味しくないかもしれないわよ」
「えっ? えっ?」
照れた表情だけど、どこか威圧的な態度なのは気のせいか。
恥ずかしそうに渡す所はその辺の女の子と変わりなかった。
紛れもなく、先生の手作りチョコは僕の手の中にあった。
「俺だけ?」
「そうよ。クリスマスプレゼントのお返し分も兼ねてね。良かったら食べて。あ、みんなには内緒よー」
「……ありがとう、先生」
本当は飛び上がって喜びたかった。
先生への気持ちが知られないように冷静さを保とうとしたが、顔は勝手に綻んでいたと思う。
◇ ◇ ◇
『いつもありがとう。沢田君の優しさにはいつも助けられてるよ』
中に入った手紙にはそう書いてあった。
一口サイズの丸い生チョコ風の手作りチョコが六つ。
一つ一つ形が少しづつ違うのが 確実に手作りなのを物語っていた。
手紙にはまだ言葉が綴ってあった。
『義理チョコだけど、六つの内の一つ分ぐらいは本当の愛が詰まってる……かもね?』
読んでて自然に顔がニヤけていた。
そのチョコは僕の心も溶かすぐらい甘い味だったような気がした。