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04 夏の出来事

 それは夏休み中に行われた部活での合宿中の出来事だった。

 部活の合宿の寝泊まりは教室ですることになっていた。

 午前の練習が終わり、お昼を食べて一休み。

 午後の練習に備え、みんなでゴロゴロして休んでる所に先生がやって来た。


「ちょっといい? 買出し行くんだけど誰か付き合ってくれる人いない? 荷物持ち大変なのよ」


 マネージャーという存在がなく、お金のかかわる雑用は大人である顧問の先生が行うことになっていた。

 誰も動こうとぜず、そして下手に何かリアクションを取れば連れてかれそうだから黙っている。

 練習で疲れてる上、この暑さだ。

 わざわざ外へ、しかも荷物持ちに行くのが面倒だと誰もが思う所だろう。

 密かに行ってもいいと思ってる僕を除いては。


 しかし、誰も動かない中で一人進んで手を上げるのもおかしな状況と感じてる。

 先生に気があるのがバレたらそれこそ大変だ。

 行きたい気持ちを隠しながら、どうなるか見守るしか出来なかった。


「誰もいないの?」


 ――シーン……


「じゃあ、沢田君。一緒に来て」


「えっ? 何で俺が?」


「誰もいないって言うんだもん。仕方ないでしょ」


 突然のご指名に驚きの声を上げた。

 驚きはほんの一瞬で心の中でガッツポーズを取っていた。

 多くの部員の中から自分を指名してくれたのが嬉しかった。


「行ってこーい、真一」


「気つけてなー」


「頼んだぞー」


 先輩や友達からはすぐにそんな声が飛ぶ。

 自分に面倒な役割が回ってくる事を避けてた証拠だ。


「面倒くせーな」


「いいから、いいから。さあ、早く行くわよ」


 渋々立ち上がってるが、内心はウキウキしてる。

 喜びが顔に出ないように引き締めていた。


   ◇   ◇   ◇


「どこ行くんすか?」


「お弁当屋さんに支払いに行かなきゃいけないし、ポカリの粉末とテーピング。色々と足りない物あるのよね」


「へぇ〜。結構大変そうですね」


「そうなの。一緒に見てくれると助かるわ」


「荷物持ちが一番の理由でしょ?」


「あっ、バレてた?」


 笑って誤魔化していた。

 思いもかけない二人での買い物となった。

 弁当屋、スーパーにスポーツ店と目的の物を買いに出掛ける僕と先生。


「これで良かったかしら?」


「いいんじゃないすか」


「本当?」


「いや、俺は何ないか知らないし。先生、覚えてないの?」


「忘れちゃった。でも、間違ったら半分は沢田君の責任ってことに出来るから、まぁいっか」


「ちょっと! それひでーよ」


「あははっ」


 買い物は終始和やかな時間で過ぎていた。

 まるでデートでもしてるような雰囲気だった。

 そんな中、人込み溢れる店内で時折先生の体が近づく時があった。

 体が触れ合うだけで冷静を保てない程緊張してた。


「週末だから人が多いわね」


「そうっすね」


 それでも先生は気にする素振りもない。

 当たり前だ。

 生徒だからやはり男として意識される訳がない。

 そう考えるとやっぱり悲しいものだった。


「どうしたの?」


「いえ、何でも」


 それでもそんな細かいことがどうでもいいと思える程先生の笑顔に満足していた。


「暑いね」


「今日は特に暑いっすね」


「ねぇ、アイス食べてこうか? 付き合ってくれたお礼にご馳走するわよ」


「いいんすか? やったー」


 すべての買い物を無事終わらせた僕と先生は近くの公園へと立ち寄る。

 ソフトクリームを買うと木陰のベンチに腰掛けるとアイスを頬張る僕と先生。

 だが、そんな一緒に過ごせる楽しい時間も終わりに近づいていた。


「冷たくて美味しいね」


「そうっすね」


 本当はアイスの味なんか分からなかった。

 ベンチの隣に座る先生に意識が向いていた。


「ありがとね。お陰で助かったわ」


「いえ。俺は別に何もしてないっす」


 確かに何もしてない。

 先生の後を着いて買い物の荷物持ちをしただけだった。

 それでも先生の役に立てたのだろうか。


「いいわね」


 公園にいるカップルを見る先生が呟いていた。


「先生は彼氏いないの?」


「いると思う?」


「さあ?」


 いないで欲しいのが正直な気持ち。


「残念だけどいないんだよねー」


「そうなんだ」


 心の中でガッツポーズ。

 いったい今日は何度このポーズを取ってるんだろう。


「どんな人がタイプなんですか?」


「タイプ? う〜ん、そういうのはあんまりないかな? 好きになったらって感じ。ありきたりかしら」


「いえ、そんなことないんじゃないすか」


 どうも曖昧過ぎる言い方に本音を聞き出すことが出来ない。


「沢田君は彼女いないの?」


「いないっすよ」


「じゃあどんな人がタイプなんでしょう!」


 TVのリポーターの真似をした先生がコブシをマイクに見立てて僕の前に突き出していた。

 行き成りテンションが上がる所をみると、こういう話題は嫌いじゃないみたいだ。

 何答えるべきか、僕は迷っていた。


「先生みたいな人……かな」


 先生の反応を見てみたかった。


「え〜、本当?」


 当たり前だけど全く本気で聞いてない。


「嘘だって。本気にしないでよ」


 冗談で済まそうとすぐ否定するのは今のいい雰囲気を壊したくないからだった。


 ――ビシッ!


「痛っ」


 すぐに先生の突っ込みが頭に飛んできていた。


「ちょっと嬉しかったのになー。モテたことないから、そんな風に言われてみたかったのに……」


 ちょっとだけ寂しそうな表情。


「あ、でもさ。先生みたいな人……俺は好きですよ。これは本当」


「……え?」


 寂しそうな表情から一変し、驚いた表情に変わっていた。


「うふふ。ありがとう。嘘でも嬉しいわよ」


 “嘘じゃないよ”

 その言葉を発する勇気はまだなかった。


「そう言えばさ、先生は何で荷物持ちに俺を指名したの?」


 どうしても聞きたかった理由だった。

 あんなに部員の数がいる中、どうして僕を指名したのだろう?

 大した理由がないにしても聞きたかったのが本音だった。


「だってねー。うふふ」


「何? その笑い」


 先生は理由を話す途中で笑いが込上げていた。


「沢田君がね、ずっと私の方見てたんだよ。先生、俺を指名してーって」


「えっ!?」


「だから一緒に行ってくれる気あるのかな、って思ったの」


 一緒に行きたい気持ちを隠せず、知らず知らずの内にそんな態度を取っていた。

 指名してくれたのは先生にとって特別な生徒だったかもしれないと自惚れてたのが恥ずかしい。


「あはは」


「そんなに笑わなくてもいいじゃないすか」


 先生は照れる僕の態度を見て、また笑い出していた。

 恥ずかしいのは当然だけど、先生のこんなに楽しそうな笑顔を見れて逆に良かったかもしれない。

 恥はあったけど、十分帳消しに出来るぐらい満足だった。


「あー、おかしい」


「もういいでしょう」


「でもね、沢田君は話しやすいからなぁ。沢田君に頼んで良かった」


「そう……ですか」


 恐らく何気ない一言だったろう。

 それでも僕は嬉しかった。

 ちょっとだけ、ほんの少しでもいい。

 自分が先生の中で存在感があっただけで感激していた。


「さあ、買い物も終わったし戻ろうか」


「はい」


 夏の日差しが眩しかった。

 でも、それよりもきっと先生が眩しかった。

 先生との距離がほんの少しだけ近くなったような気がしていた。

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