03 出会い
出会いまで遡る過去編が少し続きます。
僕と先生との出会いは高校の入学と同時だった。
一年生で入学した僕と同じ年に新任としてやって来た先生。
第一印象は、眼鏡をかけた堅そうな人だった。
女性にしては身長が高いのも印象深い。
ただバレー部に入ると副顧問になった先生のイメージはすぐに変わっていた。
「何張り切ってるんだろうな」
「顧問の先生より来てるじゃん」
「やる気があるのはいいんだけど、ちょっとうるせーよなぁ」
時間が空くと部活に顔を出す先生の先輩達の評価はそれ程いいものではなかった。
新人の先生なりに、生徒のみんなに打ち解けようとしてるようと張り切ってる。
一生懸命な先生に先輩達とは違って僕は好感を持つようになっていた。
「もっと声出してー!」
一年生よりも声を出してる。
すごく明るくて元気がいい、そして熱心だった。
少しずつ先生がどんな人なのか分かるようになっていた。
しかし、さすがに恋愛感情があるという訳ではない。
先生だけに異性という意識すら薄かったかもしれない。
そんなある時だった。
「あっ!」
「えっ?」
――ドスッ!
一年生の僕は練習中の玉拾いに夢中になっていた。
同じように手伝おうと玉拾いをしてた先生と思い切りぶつかってしまう。
体に感じる痛みと同時に柔らかさを感じていた。
「痛て……」
「ごめんなさい。沢田君、大丈夫?」
僕の体に覆い被さってる先生。
先生の顔が目の前にあった。
押し付けられる大きな体。
感じたことのない柔らかな女性の体の温もりだった。
「だ、大丈夫です。先生は?」
「大丈夫よ。ごめんね」
謝りながらも笑顔は絶えない。
ぶつかった拍子でズレた眼鏡をかけ直すと笑いかけてきた。
――ドク……ドク……
近くで見た屈託のない先生の笑顔に胸の鼓動が高くなる。
女の人とこんなに近づいたのは生まれて初めてだった。
「怪我してない?」
立ち上がろうとする僕に手を差し伸べるが、さすがに恥ずかしくて自分の力で立ち上がった。
「大丈夫です。先生は怪我してないっすか?」
「大丈夫よ」
力こぶでも作るようなポーズで怪我のない様子をアピールしていた。
意外とお茶目な仕草に僕も笑みが零れた。
起き上がった先生はすぐに玉拾いを再開する。
誰よりもコートを駆け回っていたのは先生だったかもしれない。
そんな先生を見ながら、僕は体に残った感触や先生の匂いが頭から離れなくなっていた。
――ドクン……ドクン……
胸の鼓動が益々早くなる。
視線の先は先生にばかりに向けられていた。
大きな体だと思っていたが、実際触れると男とは違い華奢でか弱い。
思い起こすと手に感触ご残っていた。
ただ単に女性に反応していただけだ。
同級生とは違った大人の女性にちょっとだけ僕の胸がときめいていただけだと。
恋の訳がないと思っていた。
◇ ◇ ◇
先生を女性として好意を抱いてると確信したのは初夏の頃になる。
ちょうど三年生が抜けたばかりの部活での出来事だった。
ようやくボールを触って練習出来る喜びから張り切り過ぎた。
ランニングも誰にも負けないように。
練習も人一倍一生懸命に。
気合の入り過ぎてた僕は情けないことに練習の途中で脚が攣ってしまった。
「沢田! 外出て休んでろー」
先輩にも同級生の仲間にも笑われていた。
誰もが僕のオーバーペースを知っていたからだ。
初夏とはいえ、初めての夏日を向えたこの日は体育館の中は蒸し風呂のように暑くなっていた。
僕はフラフラしながら体育館の外に出ると日陰に入り腰を下ろした。
タオルを頭から被り、同じ練習をしてるのに自分だけが攣ってしまったことを反省していた。
――ピタッ
「うわっ!」
額に感じる冷たい感触に驚く。
「張り切り過ぎだよ」
そう言って僕の元へやって来たのは先生だった。
水に浸したタオルと冷たいポカリを差し出す。
「こんなんで攣るなんて思ってなかったんだけどなぁ」
「暑いせいもあるよ。だいたい、ランニングも一人で突っ走ってたでしょ? 無茶し過ぎよ」
噴出す汗を拭きながら渡されたポカリを飲む。
無理に虚勢を張ってる様子がおかしいのか、先生は僕を笑いながら見ていた。
校庭で同じように部活に励む声、そして体育館からも響く声やボールの音が耳に入っていた。
「沢田君はずいぶん気合入ってるんだね」
「そりゃレギュラーになりたいから」
「案外負けず嫌いなんだ」
「そんなことないっすよ」
減らず口を叩いているが、僕の顔はにやけてたと思う。
胸が躍るとは正にこのことを言う。
クラスの女子なんかと話しをするよりも先生とこうして話す方が楽しい。
この沸き起こる気持ちの理由に気づかない訳がない。
「私も高校の時は夢中でやってたなぁ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
目の前にしゃがみながら話す先生。
思ったより近い先生との距離で僕は少し戸惑っていた。
先生の方から風と一緒に運ばれてくる女性の匂いが鼻を擽る。
僕の頭は冷める所か益々熱くなりそうだった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ、いや。大丈夫です」
今出てる汗は、半分は違う汗だった。
「ヘンなの」
首を傾げる先生の仕草も愛嬌が合ってかわいらしいとさえ感じる。
眼鏡の奥のキレイな瞳に自分が映ってるのが不思議だった。
「その元気があれば大丈夫だね。もう少し休んでなさいよ」
先生はそう言うと体育館の方へ戻って行った。
再び日陰に一人残された僕の心臓はドキドキと鼓動が早くなっている。
胸と顔が火照ったように熱いのは暑さのせいと違う。
先生の後ろ姿を目に焼き付けるように見つめていた。
見えなくなってからも、さっきまでの会話の一部始終を思い出している自分がいる。
思わず出る含み笑い。
短い時間だけど楽しくて仕方なかった。
「やっぱり……そうなんだよな」
自分でも納得するしかなかった。
先生のことが好きだという事実を……。