18 先生の選んだ未来
夏休みは終盤に差しかかっていた。
先生とは当然会う訳にも行かず、しばらく顔も合わせてない。
電話をしても一向に出ない。
ラインをしても既読すらならない。
先生とは音信普通状態といった所だ。
これからどうなってしまうんだろう。
だが不安はあるものの、新学期が始まれば先生に会える。
後半年も経てば僕も卒業して社会人となり、先生と堂々と会っていけることも出来るはずだ。
悲観的にだけはならないようにしていた。
そんなモヤモヤとした時だ。
後輩達の練習相手に、久々に引退した僕を含む三年生が集まることになった。
ただの暇潰しだったり、受験勉強で溜まったストレスを出したかったり、人それぞれ理由はあった。
僕にとってはいい気分転換になると思っていた。
毎日練習してる後輩達と引退して鈍った僕達とは勝手が違っていた。
衰えを目の当たりにしてしまった。
だが、練習に付き合って汗をかき、久しぶりに体を動かすと気持ちいいものだった。
嫌なことも忘れて夢中になれる。
単純に楽しかったんだ。
練習の途中、蒸し暑い体育館を出て外の風に当たる。
何とも気持ちよく、懐かしい気持ちになれていた。
「あー、疲れた。足パンパンだよ」
「俺も」
「こんなに下手くそだったけか?」
「真一なんか、また足攣ってるし」
「うっせーよ」
みんなで笑っていた。
部活にがんばってたあの頃を思い出しながら……。
「急に動くからだよ」
「せ、先生!」
後ろからやってきたのは先生だった。
久しぶりに見た先生の顔に安心と嬉しさが込み上げてくる。
「どうしたの?」
「真一がまた足攣ったんだって。もうちょっとそこで休んでろ」
「いくぞ、いくぞー」
そう言うと、僕を残した友達達は再び体育館に入って行った。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だって。先生、あの……先
生の方こそ、大丈夫だった?」
「何が?」
「何がって……」
いつもと変わらない先生の笑顔だった。
あの時の話しは、これ以上突っ込んで聞いてはならない空気なのは鈍感な僕でも察することぐらい出来た。
「こんなに体力落ちてると思わなかったよ」
「ふふふ。そりゃそうでしょう」
久しぶりにまともに先生と会話が出来ていた。
聞きたいことはたくさんあったが、言葉が出て来ない。
「ねぇ? 真一は地元に残るんだっけか?」
突然変わる話題。
だが、それなら話すことが出来る。
「一応ね。長男だし、そのつもり」
「そう」
「勤めながら資格取れる所もあるみたいだしね」
先生は含み笑いを浮かべていた。
「何? その笑い?」
「何でもない」
「何笑ってんの?」
「社会人になって、スーツ着てる真一を想像したらおかしくって」
そう言った後、先生は僕の頭を叩いてきた。
――ポカッ!
「痛てーな、何だよ」
「ここ学校よ。そして、私は先生なのよ。もう少し目上の人に対する言葉使いを気・を・つ・け・な……さいっ!」
――ポカッ!
もう1発。
今度はさっきより強い。
「だから、何で叩くんだよ!」
「……うん。その元気でがんばるんだよ!」
大声を上げて、先生は笑いながら立ち去って行った。
「……何だよ、先生」
後ろ向きで歩きながら先生は手を振っていた。
僕と先生は何も変わらないんだ。
このまま以前と同じようにいい関係でいられる。
先生の笑顔で、そんな確信が持てた。
夏休みという中にも関わらず、スーツ姿に身を包んだ先生の格好の違和感は感じていた。
“私は先生なのよ”その言葉にも引っ掛かっていた。
気づいていたのにきっと気づかないふりをしてたんだ。
僕が学校で見た先生の最後の姿になるなんて思いもしなかったから……。